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緑色の友達

作者:石川 翠
NiO様に捧ぐ
 むかしむかしあるところに、大きな森に覆われた小さな村がありました。

 村には不思議な習わしがあります。年に一度、森の近くの大きな岩の前にお供えものをするのです。そうすると翌朝にはすっかりお供えものは消えてしまうのでした。代わりに滅多に取れない薬草や、貴重な鉱物が置かれているのです。その夜は決して森に近づいてはいけませんが、きっと神様がいるに違いないと村人たちは納得しておりました。

 ある年のこと。豊作のおかげで、村人総出でお供えものを納めておりました。贈ったお供えもののぶんだけ、素敵なお返しがあるものですから、みんな一生懸命頑張ったのです。小さな村娘のララもそうでした。だからすっかり疲れて眠りにつくまで気がつかなかったのです。大事な髪飾りを森に落としてきたことに。明日の朝まで待っていたら、お供えものと勘違いされてもう見つからないかもしれません。ララは唇を噛みしめると、そっと家を抜け出しました。

 外は真っ暗。お月さまがほんのり優しい光で、森までの一本道を照らしてくれていいます。もちろんこんな時間に外を歩く人は誰もいません。お化けが出たらどうしましょう。やっとの思いで岩の前に着いたララですが、ここまでの道にも、そして岩の前にも髪飾りはありませんでした。ぽろりとララの目から涙がこぼれます。

「おい、泣くな」

 急に声をかけられて、ララはびっくりしました。目の前にララと同じくらいの人影があります。ぶっきらぼうな声から考えると男の子でしょうか。フードを目深に被っているので顔はよく見えませんが、ララと同じくらいの小さな背丈です。この男の子が、村長さんたちが話していた「神様」なのでしょうか。ララは思わず、泣きついてしまいました。

「髪飾り、なくしちゃった……」

 あれは街に出稼ぎに行ったララのお父さんが買ってくれたものなのです。お父さんが帰ってきた時に、ララが髪飾りをつけていなかったら、お父さんはがっかりしてしまうかもしれません。そんなことをべそべそ泣きながら話すララに、男の子はフードのポケットからそっと髪飾りを出してくれました。その上危ないからと、家のすぐ近くまで送ってくれたのです。ララの知らないことをたくさん知っている男の子に、ララはすっかり夢中になりました。

「オレのことは、誰にも話すなよ」

 男の子は不思議そうなララに向かって、繰り返しそう言いました。どうして話してはいけないのでしょうか。落し物を拾ってくれた上に、家まで送ってくれるなんてとっても優しい神様なのに。口をとがらせるララは、誰にも言わない代わりにまた遊んで欲しいとお願いしました。ララはこういう時、決してあきらめないのです。とうとう男の子は約束してくれました。

「誰も居ない時になら」

 ララはその答えに満足して、家の中に帰りました。翌朝、また村人総出で大きな岩の前に行ってびっくり。今までにないくらいのたくさんのお返しが置いてあったのです。きっと神様もご機嫌になったのだろうと、村長さんは嬉しそうな顔をしていました。

 翌日から、ララは毎日森に遊びに出かけました。けれど何日経ってもあの男の子には会えません。やっぱり神様は年に一度のお供えものがある日でないと会えないのでしょうか。仕方なくララは、お母さんに頼まれた野いちごを摘み始めました。小さなララだって、立派な働き手の一人です。

「やる」

 いきなり目の前にかごいっぱいの野いちごを突きつけられて、ララはこてんとしりもちをつきました。神様はララが欲しいものをすっかりお見通しのようです。ほおを染めながら、男の子のことを「神様、神様」と呼ぶララに呆れたのか、男の子は自分のことは「ギギ」と呼ぶように言いました。

 ギギはとっても物知りです。森のことはもちろん、村のことも、ララのお父さんがいる街のことだって知っています。それなのに、どうしてたった一人でこんな森の中に住んでいるのでしょう。一緒に村で暮らしたら良いのに。森に遊びにくるたびに繰り返し尋ねるララに、ギギは困ったようにこう答えます。

「オレは醜いから」

 神様はみんな綺麗なものだと思っていたララはびっくりしました。だからギギは昼間でもこんなに目深にフードを被っているのでしょうか。袖だって裾だって、指先や足先をおおうほどに長いのです。神様なら、どんなに醜くても気にしないのに。そうつぶやくララに、ギギは冷たく言い捨てます。

「おまえ、牛や鶏は食うか。うさぎはどうだ?」

 どれもめったに口に入らないご馳走です。牛や鶏は歳をとって乳や卵が取れなくなるまで、食べられません。うさぎも罠にかからなければ、食卓に並ぶことはないのです。ずいぶん前に食べた味を思い出していると、よだれが出てきてしまいます。こくこくとうなずくララに、またギギが聞きました。

「じゃあ、犬は? 猫は? ネズミは?」

 その質問にララは困ってしまいました。どれも食べたいとは思いません。だって犬はとても頼りになる番犬です。牛や鶏を飼っているお家では大事な家族ですし、とっても賢い遊び相手でもあります。猫は可愛らしい生き物です。ふわふわの毛並みをはいで食べてやろうとは思いません。ネズミは害獣です。ララのお母さんも、おんぼろな壁に穴を開けるネズミを見るたびに怒りますし、棒で追い回して殺そうとします。でもだからと言ってネズミを食べようとは、ララはどうしても思えません。その理由も何だかよくわからないのです。

「『賢さ』や『可愛さ』なんてあいまいだ。それを区別と呼ぶのか、差別と呼ぶのか、それはきっと立場によって変わるんだ。でも『醜いこと』や『汚れ』はそれだけではっきりとした理由になる。ネズミをためらいなく殺せるように。」

 ギギの話は難しすぎて、さっぱりわかりません。それに食べ物の話と、ギギが醜いことはどう繋がってくるのでしょうか。困ってしまったララを見て、ギギは悪かったなと頭をぽんぽんと軽く撫でてくれました。ちらりと見えたギギのてのひらは、緑色でごつごつした肌をしていました。

 それからしばらく後のことでした。村の中で、おかしな風邪が流行りました。こんこんと咳が続き、高熱が出て、どんどん身体が弱っていくのです。隣のおじさんが倒れました。お向かいのおばさんが倒れました。そして同じ家に住んでいる人も、みんな同じ病気にかかってしまいました。ララのお母さんも倒れてしまい、村の中で元気で過ごしているのは、ララくらいなものです。もしかしたら、ギギなら助けてくれるかもしれません。ララは慌てて森に向かいました。

 話を聞いたギギは、難しい顔をしながら、小さな赤い木の実と見たことのない薬草をかごいっぱいにくれました。これは森の中の特別な場所にしか生えないのだと言うのです。家に持って帰ったララは、まずはお母さんのぶんを作りました。するとお母さんは嘘のように元気になりました。そして今度はお母さんと一緒に、薬草を煎じてみんなに飲ませて回りました。そうするとみんなの熱はあっという間に下がったのです。赤い木の実を食べれば、すっかりいつものように元気になったのでした。

 ところがそれだけでは終わりませんでした。村長さんが、ララにあの薬草と赤い木の実をどこで手に入れたのかしつこく聞いてくるのです。ララはたまたま見つけたと言い張りましたが、もちろん信じてくれません。だんまりを続けるなら、村の井戸は使わせないと言われてしまいました。畑の手伝いもしてくれないと言われては、ララはすっかり困ってしまいます。男手のないララの家は、それでは生活できなくなってしまうのです。良いことをしたのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのでしょう。

 ララは仕方なく、ギギのことを話しました。神様なら、みんな敬ってくれるはずだと思ったからです。ところがギギのことを詳しく話せば話すほど、村長さんたちの目は何だかとてもイヤな感じのものに変わりました。ララに井戸を使わせないと言った時よりも、ずっとずっと意地悪そうな顔をしているのです。

「森に住む知識のある者と言えば、エルフか?」

「いや、この辺りでエルフの話なんて聞いたことがない。ララと同じくらいの背丈で子どものような背格好ならばゴブリンじゃないのか。肌が緑色でごつごつしていたらしいし」

「ローブで顔も素肌もすっかり隠しているそうじゃないか。自分の醜さをよくわかっているだなんて傑作だな」

「捕まえて村で飼おうか。嘘か本当か知らないが、ゴブリンは何でも金に換えられるというじゃないか。いやあ神様なんて言うからどんなものかと思っていたら、まさかゴブリンだったとはなあ。敬って損したぜ」

 みんな何を言っているのでしょう。お供えものをしていた時の優しい村長さんたちはどこへ行ってしまったのでしょうか。これでますます村は豊かになる。もうあくせく働かなくてもいいと笑う村長さんたちは、見知らぬ人のようです。ララは怖くなって、また森へ駆け出しました。きっとこのままではいけない。あんなに優しいギギのことを、どうしてみんなはあんな冷たい目をして話すのでしょう。

「ギギ? どこにいるの? ギギ?」

 かさりと音がしました。ギギでしょうか。ちらりと目に入ったのは、いつものくすんだローブではありませんでした。ゆっくりと振り返るとそこには、とがった耳に、ぎょろりとした目。大きく裂けた口に、ギザギザの歯。そして緑色の肌をした生き物が立っていたのです。ララは思わず悲鳴をあげました。

「いやあああ、お化け!!! ギギ、助けて!!!」

 緑色の生き物は、ぎょろりとした目を一層大きく見開きました。そしてぽつりと言いました。

「だから言っただろう。醜いことはそれだけで『理由』になるって」

 それはいつもの、ぶっきらぼうなギギの声でした。ララとはまったく違う見た目をしていましたが、ギギが傷ついていることはララにもわかります。どこから取り出したのか、ギギはいつものフードをかぶりました。そして何も言わずに、ララに背を向けて歩き出したのです。

 ギギはわかっていたのでしょうか。ララと会い続ければ、いつか正体がばれることに。病気に効く薬草や赤い木の実をララに渡さなければ、村長さんたちに疑われることもなかったでしょう。それでも、こうなることをわかってなおララに力を貸してくれたのだとしたら、ララや村のみんなはどれだけひどいことをしてしまったのかわかりません。ララはすっかり恥ずかしくなってしまいました。緑色の肌をしたギギよりも、ずっと醜いのは、ララたち人間の方でした。

 ギギがたくさん話してくれた物語のお姫様は、魔法にかけられた王子様をキスで元の素敵な姿に戻します。ララはギギを追いかけると、目をつぶってそっとキスをしました。けれどギギの姿は変わりません。やっぱりララがお姫様でないからダメなのでしょうか。ララは涙をいっぱい目にためて、ギギを見上げました。

「これは生まれつきだからな。でもありがとう。元気でな」

 ギギがくしゃっと笑うと、大きな口がますます大きくなりました。でもララは、もうギギの顔は怖くありませんでした。ギギはこの森を離れてどこへ行くというのでしょうか。ララはいつまでもギギの後ろ姿を見守っていました。

 むかしむかしあるところに、大きな森に覆われた小さな村がありました。

 村には不思議な習わしがありました。年に一度、森の近くの大きな岩の前にお供えものをするのです。そうすると、翌朝にはお供えものの代わりに滅多に取れない薬草や、貴重な鉱物が置かれているのです。ところがある年から、ぴたりとそれがなくなりました。ある人は、村人が欲を出すから神様が呆れていなくなったのだと言いました。また別の人は、最初から神様なんていない、これはただの村の儀式だと笑い飛ばしました。そうしていつしか時が過ぎ、小さな村はさびれてとうとう誰もいなくなってしまいました。

 豊かな森もすっかり荒れ果てて、人が入り込めないような深い深い森に育ちました。時々この辺りを通った旅人が、うっかり森に迷い込むことがあります。ところが翌朝には、きちんと森の向こうの大きな街にたどり着くのです。そんな時、旅人の荷物からは何かが二個なくなっています。それは飴が二個だったり、パンが二個だったり。旅人の持ち物に合わせて、たいていちょっとしたものがなくなるのです。その代わりに、荷物の中にはお返しとばかりに新鮮な果物がそっと入っているのでした。

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