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蒼い死神と陛下

「だっからー、どうせ陛下知ってたんでしょ、アリッサが来るって。その上で嫌がらせに私を向かわせたんでしょー?」

「馬鹿言うな、天使共の内情など僕が知る訳ないだろう」

「うっわー、何その楽しそうな笑顔むかつきますねー」

「奇遇だな。僕もお前の間延びする喋り方が気に障って仕方がないぞ、かざり」

「お褒めくださり光栄ですー。っていうかですね、私はそもそも最初から、この任務気乗りしてなかったんですよ」

「ほう。何故だ?」

「嫌な予感がしてたんですってば。わー、かったるそうー行きたくないー、みたいな」

「それを言ったら、お前は仕事に行く前は毎日嫌な予感がしてることになるな」

「むっすー、人をものぐさみたいに言わないでくれますかね」

「ところでかざり、そろそろ訊いても良いか」

「何ですかー」

「何故お前は、学生服を着ているんだ」


 ヒュプノス・キャッスルの『眠りの間』へと、無事帰還した私とアーソルド。私達は早速、チェーザレ・ナイトメアフォードこと陛下への報告を行っていた。


「初学校潜入任務記念のお土産です」


 蒼井千隼の学校の指定制服であるセーラー服を着た私は、その場でくるりと回って見せた。横から上がる、「かざり先輩似合ってるっす!」というアーソルドの賛辞に気分を良くする。


「そんなにコスプレが楽しいか、かざり」

「もー、何カッカしてるんですか、陛下。大丈夫ですよ、陛下用に学ランもちゃんと用意してますから」

「着ない」

「……あ。もしかして陛下もセーラー服着たかったんですかー? すいません、私ってば気遣いが足りなくて、」

「僕を妙な性癖持ちに仕立て上げるな。……とりあえず、それは後で着替えろよ。死神の正装は黒衣だ」

「はいはーい」


 脱いだセーラー服は後でこっそり陛下の自室に置いておこう。


「相変わらず返事だけはいいな……」


 陛下は疲れを滲ませた溜息を吐いてから、アーソルド、私、そして蒼井千隼をぐるりと見回した。


「――さて。お前は僕達に訊きたいことがあるだろう?」


 陛下はその紅い双眸を細め、蒼井千隼を見据えた。その表情に、私やアーソルドも、仕事のスイッチが入る。その身に纏う空気だけで部下を従えられるのだから、陛下はむかつくくらいに優秀な君主だ。『眠りの間』の玉座に堂々と腰を掛ける陛下は、認めざるを得ない程の王者の風格を持ち合わせている。

 一方、陛下にその目で射抜かれた蒼井千隼。普通の人間なら竦み上がっても仕方ないものだが、彼は特に物怖じしていなかった。

 どうやら彼は、人の感情には過敏なようだ。アリッサには恐怖を示していたのに今はそういった様子がないのは、無意識に敵意の有無を見抜いているからだろう。

 アリッサからは彼を殺そうとする明確な殺意が滲み出ていた。しかし、陛下から出ている感情は鋭利ではあるものの危害を加えようとするそれではない。蒼井千隼は、それをきちんと感じ取っている。


「質問を受け付けよう。教えられる範囲では解答する。偽りなく答えると誓ってやる」


 陛下のやけに偉そうな言い方に、蒼井千隼は少し視線を彷徨わせた後、口を開いた。


「……まず、あのアリッサって人は天使らしいけど、だったら貴方達は何者なの」


 少し躊躇いながら投げ掛けられたその疑問は、まあ湧いて当然のものだろう。

 彼の問いに陛下は、足を組み直しながら答える。


「何者、か。一言で言えば死神、という存在になるな。僕はここの死神を統べるヒュプノス・キャッスルの王、チェーザレ・ナイトメアフォードだ」


 まったまたー、陛下ってばカッコつけちゃってー。死神以外にどんな言いようがあるんですか。

 ……と、言いたかったのだが、流石に口には出さなかった。今そんなことを言えば陛下はおこだ。かざりちゃんは楽しいことが好きだけど、空気はちゃんと読むのだ。読んだ上でスルーする場合もあるが。


「あまり驚かないんだな」

「……まあ、あんな戦闘シーン見せつけられれば疑いようがないから。――じゃあ、何で俺が天使に狙われるわけ」

「お前には前世に前科があってな。天使共はお前の御魂を地獄へ堕とすべき、輪廻から外せと騒ぎ立てているんだ」

「前科って……俺は犯罪者ってこと……?」


 蒼井千隼の態度に明らかな不安が宿る。陛下はそれにはっきりと頷いた。しかし、その目は蒼井千隼を擁護するという意志をきちんと伴っていた。


「そうなるな。だが僕達は、前世の罪が、今のお前の罪になるとは思わない。我々死神は冤罪を被ったお前を保護するためにここへ連れてきた」

「何なの、その前世の前科って」

「さあな、僕は知らん」

「……それは教えられない範囲ってことなんだ」


 蒼井千隼の解釈を肯定するかのように笑む陛下に、彼は額に手をやって溜息を吐いた。


「うん……まだ頭が整理し切れてないし考えが追いつかないけど、貴方達が俺を助けてくれたのは分かったよ」

「理解してくれたなら良い。天使共の動きを見て、安全が確保できたと確証が得られるまで、お前にはヒュプノス・キャッスルにいてもらう。――おい、アーソルド」

「……っうぇ!? は、はいっす!」


 ぼうっと意識を飛ばしていたアーソルドは、突然陛下に声を掛けられびくりと反応する。


「蒼井千隼にヒュプノス・キャッスルを案内してやれ。それが終わったらお前の今日の仕事は終わりだ。この案件については、次の朝礼時にかざりと一緒に他の死神達にも報告するように。明日の朝礼はくれぐれも遅れるなよ」

「はいっす! ……っていうか、今朝の朝礼に遅れた原因はオレじゃないような……あれ?」


 阿呆のアーソルドは首を傾げてクエスチョンマークを浮かべている。


「はいはい、そんなことはどうでも良いでしょーが。ほら、早く案内してあげなよ」

「あ、そうでした!改めて初めまして、オレ、アーソルドって言うんす!さっ、行きましょう!」

「えっ、ちょ、」


 戸惑う蒼井千隼の手首を掴み、アーソルドは嬉々と『眠りの間』を飛び出して行った。後に残ったのは私と陛下の二人のみ。

 昼夜関係なく空に浮かぶ月の明かりだけが、ステンドグラスの窓を通して陛下を照らしている。月明かりのみとはいえ、二つとあれば、黒衣を纏った陛下の姿ははっきりと見える。

 かき上げられた金茶の髪だとか、白い首筋だとか、思わず魅入ってしまいそうになりそうな紅い目だとか。


「おい、どうしたかざり?」

「いえ、何でもないですよ。ただ、陛下に見惚れてただけなんで」

「ほう?」

「陛下の弱点って何処かなー、あの首筋かなー、脇腹かなー、擽るのって弱いのかなー?って」

「おい」


 そんなことだろうとは思っていた、といった表情の陛下。

 当然だ、私が死神になってからかれこれ五百年は経っているのだ。陛下の顔などとうに見飽きている。


「それじゃ、私はもうお役御免ですよね?部屋に戻って休むんでー」

「待て、かざり」

「はい?」


 アーソルド達に続き私も『眠りの間』を後にしようと背を向けた所を、陛下止められた。このタイミングで引き留めらるとは思っていなかったので、振り返りざまに首を傾げる。


「何ですか?」

「お前、今日怒っていただろう」

「は?」


 怒っていた?私が?

 いつ怒ったかと思考を巡らす。……ああ、


「なーんだ、アリッサのこと言ってるんですか。そりゃあむかつきますけど、陛下の邪知奸佞は今に始まったことじゃないですしー」

「誰が邪知奸佞だ」


 陛下はちっ、と舌打ちをしながら玉座から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。


「蒼井千隼の前世の罪についてのことだ」

「――ああ、その件ですか」


 アーソルドと一緒に掛けられた、朝礼の後の召集の時のあれか。


「別に、怒ってたんじゃないですよ。今までだって機密事項はあったじゃないですか。そりゃあ、イラっとは来ますけどね。でもまあ……陛下の命令なら、従わない訳にはいかないじゃないですか?」


 何でも、私は貴方の右腕らしいですから、と嘯いて見せると、陛下は噴き出した。


「本当にあれは誰が言い出したんだかな。少しでも無能と判断されれば斬りかかってきそうな右腕など、僕はお断りだぞ」

「むっすー、嫌ですねー。私が陛下に仇なす筈ないでしょー」

「はっ、どうだかな。――だが、その件については悪いと思っている。なんせ、蒼井千隼はイレギュラーでな」


 陛下は更に歩みを進め、私の目の前に立ったかと思うと、ぽんっと頭に手を載せた。

 その陛下の表情は妙に切なげで、私は――


「ちょ、何ですかキモチワルイ」


 鳥肌が立って思わず腕を摩った。

 いやいや、陛下どうしちゃったの。そんなキャラじゃないでしょう。


「お前な……こんな時くらい可愛げのある反応はできないのか」

「まったまたー、私が可愛げのある反応したら陛下の方が、どうした熱でもあるのかー、って言い出す癖に」


 そう言い返せば、陛下は『可愛げのあるかざりちゃん』を想像したらしい、数秒間逡巡してから、何とも言えない微妙な顔をした。


「……ともかく、蒼井千隼の件についてはまだ迂闊に話せないことが多くてな」

「まあ、天使が前世について難癖つけてきたのは初めてですしねー」


 どんなに罪深き御魂であったとしても、その生まれ変わりを罪に問うのは間違っている。これは天使と死神間で共通の認識だ。

 だからこそ天使は、罪を犯した御魂が転生する前に、天誅を下そうと躍起になっている。転生されては罰を与えることができないからだ。

 今回の蒼井千隼に対するアリッサの行動は、その定石に反している。そこまでさせる程、蒼井千隼の前世が犯したことは罪深いのか。


「だが、いつまでも隠し事ばかりしていればお前は拗ねるだろう?」

「はあ? 拗ねませんからー、子どもっぽい陛下と一緒にしないでくださーい」

「そう見栄を張るな。だから、」

「だから?」

「これはお前にだけは、前以て言っておこうと思ってな、かざり」

「と、言いますとー?」

「蒼井千隼を死神として受け入れようと思う」

「……は、」


 蒼井千隼ヲ、死神トシテ受ケ入レル。


「…………」


 理解するのに、約三十秒の時間を要した。そして約三十秒後、


「はああああああっ!?」


 『眠りの間』には、私の叫び声が響いた。窓の縁に止まっていた吸血蝙蝠が驚き、バサバサと飛んで行く。


「五月蝿いぞかざり……」


 至近距離でそれを鼓膜に浴びた陛下は、顔を顰めて耳を押さえている。

 そんな陛下の姿に我に返りはしたものの、未だ頭は混乱している。


「ちょ、ちょっと陛下ー、冗談は止めてくださいよー私ってば疲れてるのかなー幻聴が聞こえるなんて末期ですよねーちょっと湖の方でひと泳ぎしてきます行ってきますさようならまた明日」

「待て待て待て。泳げない癖して妙なこと言い出すな」


 外に出ようとする私の首の根っこを掴み、慌てて制止する陛下。それでやっと落ち着きを取り戻した私は、数度瞬きを繰り返してから問うた。


「……マジですか」

「マジだ」

「……うっわー、何でまたそんなことに」

「蒼井千隼は天使に狙われているからな。勿論僕達でも守護するが、自分でも身を守る術を持っていた方が安全だろう」

「あの高校生を? 人生の酸いも甘いも噛分けるどころかしゃぶってもいない男子高校生を、死神に?」

「……お前は人のことをとやかく言えるのか?」

「私のことはどうでもいいんですよー。そもそも、蒼井千隼はまだ生者じゃないですか」


 そう、死神になる絶対的な条件が達成されていない。生者は死神になる資格を持たないのだ。

 ヒュプノス・キャッスルにいる、陛下を王と仰ぐ死神達は皆、既に生を終えた存在である。無論、私こと月読かざりもその一人、約五百年前、逆十字の槍で刺し殺されたところを、死神として引き入れられたのだ。

 しかし陛下は、お得意の不敵で不遜な笑みを浮かべるばかりである。


「問題ない。何事も特例はあるものだ。それに、ヒュプノス・キャッスルにおいては僕がルールだ。僕が是と言えば是となる」

「うっわー、流石何様俺様死神様ですね」


 ヒュプノス・キャッスルは見事なまでの絶対王政であった。


「そういう訳で、お前には先に話したからな。次は拗ねるなよ」

「だっからー! 拗ねてませんってばっ」


 陛下はどうしても私を子ども扱いしたいらしい。

 あれこれと口で反論をしながら、私の思考は別の方向に向いていた。


 陛下にここまでの特例を認めさせる蒼井千隼は、何者だ?


 彼に関して、陛下に尋ねることは無駄でしかない。独自に調べる必要がありそうだ。いくら陛下に忠誠を誓っていても、絶対服従ではないのだ。

 それは陛下も分かっている筈。お遊びの舌戦に興じながらも、彼は私が何か企んでいると気付いているに違いなかった。

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