08 街ぶらする
そんなこんなで、今では学校のどこかから爆発音が聞こえるのが日課になった。
「今日どっち勝った?」
「引き分けらしい」
「また?」
「というか途中で教師が止めた」
「そろそろ競技場の修繕費やばそう」
「それな」
廊下ですれ違う生徒たちも驚いた様子はなく、今日の天気でも話すような気軽さで勝敗を話題にしている。
最初こそ私がいる場でのみ火花を散らしていたのに、ここ数日は「たまたま廊下で遭遇した」「訓練場で顔を合わせた」「実技授業で組み合わせが被った」など、些細なきっかけだけで自然に霊力戦へ発展している。もはや私を巡る争いというより、単純にライバル認定され始めている気がする。
仲が悪いのか良いのかよくわからないが、少なくとも飽きてはいないらしい。
その日も放課後、訓練場の方角から遠慮という言葉を知らない轟音が響き渡り、少し遅れて歓声や悲鳴が風に乗って流れてくる。「ああ、今日もやってるな……」と半ば無の境地で思いつつ、私は鞄を抱えてひとり校舎をあとにしようとしていた。
窓の外からは鈍い衝撃音が断続的に響き、そのたびに地面が微かに震える。続いて歓声とも野次ともつかない生徒たちのざわめきが風に乗って届く中、人気の少なくなった廊下をゆっくり進んでいく。
すると、不意に進行方向へ細い影が伸び、私は自然と足を止めた。
顔を上げれば、廊下の中央に晶佳が立っている。
まるで最初から私を待っていたかのように静かに佇み、その冷えた視線だけが真っ直ぐこちらへ向けられていた。
汐凪が煉弥の相手をする時間が増え、私の傍を離れている時間も自然と長くなったここ最近、比例するように晶佳とこうして顔を合わせる機会が増えていた。
「実習を見ていたわ」
「くっ……」
前置きもなく切り出された声は冷ややかで、出来の悪い生徒を前にした教師のような、淡々とした指摘の響きが含まれていた。
「霊力の練りが甘いせいで術式の立ち上がりが遅れていたでしょう。あの程度の乱れを自覚できないようでは、基礎から見直した方がいいわね」
「うす……」
「術式の精度も粗い。制御し切れていない霊力が無駄に散っていたし、実戦なら味方術式に影響を与えてもおかしくなかったわ」
「ぁい……」
返事がどんどん小さくなっていく。それでも追撃は終わらなかった。
「火能様の件だって同じよ」
続いた言葉に、私は思わず背筋を伸ばした。
「結局、貴女自身では何も片づけられず、水筑様が前に立って収めているのと変わらない。あの方に尻拭いをさせている自覚はあるの?」
分かっています、気をつけます、次は改善します。
私はただひたすら頷きながら、どうにか彼女の怒りを宥めるしかなかった。
ようやく解放された安堵と反省の重さを抱えたまましょもしょもと肩を落として校門を抜けると、視界の端に見慣れた車が映る。登下校に使われている水筑家の車だった。
運転席の窓から顔を出した汐凪の補佐役、浦霧が私の姿を認めてぱっと表情を明るくする。
「依玖お嬢様、お待ちしておりました」
「ああ、ごめんなさい。遅くなって」
「いいえ。……あの、若様は」
「訓練場にいると思います。まだしばらくかかるんじゃないかな」
その方角を、なんとなく視線で示した。まだかすかに轟音が聞こえている気がする。気のせいかもしれない。
私の視線の方向を見た浦霧は心得たように「ああ」という顔をした。最近のアレは水筑家の修練場でも発生しており、家人たちにも知れ渡っている。
「なので今日は一人で歩いて帰ります。浦霧さんは汐凪様を待っていてあげてください」
「……え?」
浦霧の顔から表情が消えた。
正確には、笑顔が剥がれて困惑が現れた。
「お一人で、ですか」
「はい」
「……お一人で」
「そうです」
「お嬢様が、お一人で」
「念押しがすごいですね」
浦霧はしばらく私と、訓練場のある方角とを交互に見てから、困ったような顔で口を開いた。
「お一人でお帰ししたとなれば、私が若様に怒られます……」
「怒るかなあ」
「怒ります」
断言だった。迷いがない。
私は少し考えた。
穏やかな顔のまま静かに「どうして連絡してくれなかったの」と言われる未来が、わりとありありと想像できた。それはそれで心に来るものがある。
「……でも、駅前でちょっとブラブラしたくて」
「でしょうとも」
浦霧は深く頷いた。ブラブラしたい気持ちは理解してもらえたらしい。
「……どのくらいで、お戻りになりますか」
「一時間もあれば」
「では、お帰りの際に連絡してくださいますか。迎えに上がります」
「歩いて帰れますよ」
「お帰りの際に、連絡してくださいますか」
重ねて言われる。有無を言わさない穏やかさ、汐凪と同じ種類の穏やかさだった。長年仕えているだけある。
これ以上の交渉は無用、という意思表示だとわかったので、私は素直に頷いた。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
浦霧は深々と頭を下げてから、「道中お気をつけて」と付け加える。
私は小さく手を振って、校門を抜けた。
駅前は夕方の人通りで賑わっていた。
特に目的があるわけではない。なんとなく歩いて、なんとなく眺めて、それだけでいい気分転換になる。一日の締めとしては、悪くない時間だと思う。
雑貨屋の店先に、小さな水晶細工が並んでいた。
光の角度によって色が変わる。青にも、緑にも、白にも見える。なんとなく水みたいだと思って、なんとなく足を止めた。
買わないけれど。買わないけれど、少し眺めた。
隣の布地屋を覗く。
秋向けの生地が入ったらしく、落ち着いた色合いのものが窓際に飾られていた。あの色は汐凪に似合いそうだと思って、頭の隅にメモした。
菓子屋の前で足が止まる。
焼き菓子のいい匂いがする。これは買う。
紙袋を提げてまた歩き出す。
干菓子を一つつまみながら、特に行き先も決めずに人の流れに沿って進んだ。これが目的だ。目的のなさが目的だ。
大通りから一本入った小道に、古い書肆があった。
以前から気になっていたので覗いてみる。
植物図鑑の類が充実していて、ついぱらぱらとめくってしまった。買わないけど、汐凪にも教えてまた来よう。
満足して表へ出たところで、広場の方から張り上げた声が聞こえてきた。
「皆さんは神獣に騙されている!」




