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働きたくない死神は、死亡フラグを叩き折る――「俺、この戦いが終わったら……」それ以上言うなああああ!  作者: tomato.nit


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第7話 勇者は死ぬ気で笑う


 黒い羽根が、ミエルの足元に落ちていた。


『勇者は、まだ言っていない』


 文字は、羽根の表面にじわりと浮かんでいる。


 ミエルはそれを見た。


 見なかったことにしようとした。


 もう一度見た。


「……最悪」


 遠くで歓声が上がる。


 砦へ向かって、白い旗が近づいていた。


 王国軍の旗ではない。


 中央に、剣と太陽の紋章。


 その下を、鎧の一団が進んでくる。


 先頭にいる男は、まだ若かった。


 金色の髪。


 傷の入った白銀の鎧。


 背には大剣。


 馬には乗っていない。


 負傷した兵に肩を貸しながら、こちらへ歩いてくる。


 周囲の兵たちが、その姿を見て声を上げた。


「勇者アレンだ!」


「勇者様が来たぞ!」


 空気が緩む。


 肩が下がる。


 誰かが息を吐く。


 ミエルの顔が、どんどん青くなった。


「やだやだやだ」


 鎌を引きずりながら、ミエルは後ずさった。


「勇者って、あの勇者?」


 ロイドが横目で見る。


「魔王を討つと噂される、あの勇者だ」


「噂されてる時点で嫌な予感しかしない!」


「なぜだ」


「人間は“噂される勇者”に、いろいろ背負わせるでしょ!」


 ミエルは羽根を踏んだ。


 靴の裏で、黒い文字がつぶれた。


「背負わせるな! 人ひとりの背に物語を載せるな! 背中を使うのは、潰れたやつ担ぐ時だけで十分なんだよ!」


「前にも聞いた」


「数えるな!」


 勇者アレンが砦の門をくぐった。


 近くで見ると、さらに眩しい。


 煤に汚れた戦場で、そこだけ光が差したようだった。


 負傷兵を座らせ、膝をついて声をかける。


「よく耐えた。ここまで生きてくれてありがとう」


 兵士は泣きそうな顔でうなずいた。


 アレンは立ち上がる。


 そして、周囲の者たちへ微笑んだ。


「皆も、ありがとう。もう少しだ」


 ミエルの肩が跳ねた。


「なんだ、あの眩しい笑顔!」


 ミエルは勇者を指さした。


「勇者ってのは顔までいいのか! むかつく!」


「そこか」


「そこもだよ!」


 ミエルは地団駄を踏んだ。


「そんな顔で周りに感謝を伝えたら、無茶するに決まってるでしょうが! やめろ!」


 ロイドが小さく息を吐く。


「アレン殿」


 勇者がこちらを向いた。


「ロイド。無事だったか」


「ああ。こちらは、ミエルだ」


 アレンの視線が、ミエルへ落ちた。


 黒フード。


 金色の短いツインテール。


 大きすぎる鎌。


 小さな体。


 アレンは、少しだけ言葉を選んだ。


「……死神、なのか?」


「そこは疑問形じゃなくて敬って!」


 ミエルが噛みついた。


「僕はミエル・ザ・リッパー! 二百年働いてる死神! そして今日はもう帰りたい!」


「帰りたい死神」


「そこだけ抜き出すな!」


 アレンは、困ったように笑った。


 その笑顔を見て、ミエルがまた身構える。


「笑うな! 爽やかに笑うな! 危ないから!」


「危ない?」


「その顔で“みんな、ここまでありがとう”とか言ったら、もう駄目なの!」


「さっき言った気がする」


「言うなああああああ!」


 ミエルの叫びが、砦の中庭に響いた。


 アレンは本気で困惑していた。


 負傷者を見る目は優しく、部下の名も覚えている。


 そのくせ、自分の傷は後回しにしている。


 ミエルはそれが気に食わなかった。


 すごく気に食わなかった。


「君、危ないよ」


「俺が?」


「そうだよ! 良い人すぎるし、自分の傷を後回しにする! 一番危ないやつだよ!」


「褒められているのか?」


「怒ってるの!」


 その時、砦の外から、獣の咆哮が響いた。


 門の上にいた兵が叫ぶ。


「東側より魔物の群れ!」


「数が多いぞ!」


 ガルザの敗残兵ではない。


 森の方から、黒い獣たちが押し寄せてくる。


 狼に似ている。


 だが足が六本あり、背中から黒い羽根のような骨が突き出ていた。


 群れの動きが妙だった。


 ばらばらに見えて、門の一点へ集まってくる。


 砦の中に、短い沈黙が落ちた。


 次の瞬間、号令が飛ぶ。


「門を閉じろ!」


「負傷者を中へ!」


「盾を前へ!」


 兵たちが動き出す。


 ロイドも剣を抜いた。


 アレンは外へ向かう。


 ミエルは、その背中を見た。


 黒い線が、足元から伸びている。


 太い。


 まっすぐ。


 最初からそこへ引かれていたみたいに。


「待て」


 ミエルの声が低くなる。


 アレンは振り返った。


「門が閉まりきるまで、誰かが外で引きつける必要がある」


「誰かって言うな」


「俺が残る」


「残るなああああああ!」


 ミエルが飛んだ。


 アレンの胸元に飛びつこうとした。


 届かなかった。


 仕方なく、外套の裾にしがみつく。


「離してくれ。時間がない」


「時間がないのは僕の勤務時間も同じだよ!」


「俺一人で済むなら、安いものだ」


「安くないわ!」


 ミエルの声が、鋭く跳ねた。


 中庭の空気が止まる。


「命の重さは平等じゃないんだ!」


 騎士たちが、わずかに息を呑んだ。


 ミエルはアレンの外套を握りしめたまま、見上げる。


「君が偉いとか、誰かが軽いとか、そういう話じゃない!」


 蜂蜜色の目が、まっすぐ勇者を射抜いた。


「勇者が死んだら、どれだけの運命が狂うと思ってるんだよ! ふざけんな!」


「……俺は、勇者だ」


 アレンの声は静かだった。


「誰かを守るために選ばれた。なら、最後に俺が立つのは当然だ」


「君の役目は魔王を倒すことでしょ!」


 ミエルは叫んだ。


「こんなところで立ち止まってるんじゃないよ!」


 アレンの目が揺れた。


 その横で、聖女らしき女性が杖を握る。


「勇者様。私も残ります。この命に代えても――」


「代えません!」


 若い騎士が叫んだ。


 聖女が驚いて振り向く。


 騎士は自分でも驚いた顔をしていた。


 だが、続けた。


「治療をお願いします! 命は代えずに使ってください!」


 ミエルが振り向く。


「偉い!分かってるじゃないか君!」


 老兵が前に出る。


「ならば、若い者だけでも――」


「全員で戻る」


 ロイドが言った。


 老兵の言葉が止まる。


 ロイドはアレンを見る。


「死ぬ前提の作戦は、立てない」


 ミエルの顔がぱっと明るくなった。


「今の言い方、すごくいい!採用!」


「随分と影響されてしまった気がするな」


「良い影響だよ!今の君の方が、前の何倍も格好いい!」


 門の外で、黒い獣が跳ねた。


 一本目の矢が放たれる。


 獣の肩に刺さる。


 止まらない。


 群れは門へ向かってくる。


 アレンが大剣を握り直した。


「なら、どうする」


「全員で門まで下がる」


 ロイドが即答した。


「盾隊は半円。魔術師は足止め。負傷者は内側。勇者殿は中央で退路を開く」


「俺が殿ではなく?」


「殿にしない」


 ミエルが外套を引っ張った。


「君は最後に残るんじゃない。途中で歩くの!」


「注文が多いな」


「命が助かる注文なら聞け!」


 門の外へ盾隊が出る。ロイド隊も続いた。


 アレンは先頭に立ちかけて、ミエルに裾を引かれて一歩下がる。


 勇者が前に出ない。そのぶん盾が厚くなる。


 ロイドが横を固め、若い騎士たちが隙間を埋め、聖女が内側から治癒を飛ばし、老兵が負傷者を担いだ。


 アレンの大剣は、敵を斬るためではなく、退路を開くために振られた。


 黒い獣が飛び込む。アレンが大剣の腹で受け流し、ロイドが足を払い、盾が押し返す。魔術師が地面を凍らせ、群れの進みが鈍る。


 ミエルはその中を走っていた。


「そこ! 感謝の視線を交わすな! 言いかけたやつは飲み込め!」


「視線も駄目ですか!」


「今は駄目!」


 黒い羽根が、空から降る。


 ミエルは鎌で叩き落とした。


「多い!」


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 羽根が兵士の肩に触れるたび、誰かの口が危ない形に開きかける。


 ロイドがその口を盾でふさいだ。


「むぐっ!」


「今は話すな」


 ミエルが叫ぶ。


「ロイド、上手くなってる!」


「喜んでいいのか分からん」


「いい!」


 門まで、あと少し。


 負傷者はほとんど中へ入った。


 盾隊も下がり始めている。


 アレンはまた最後尾へ残りかけた。


 ミエルが叫ぶ。


「中央!」


「分かっている」


「体が分かってない!」


 アレンがもう一歩内側へ下がった、その瞬間だった。


 空気が変わる。


 黒い羽根が一斉に舞い上がり、門の鎖が勝手に落ち始めた。


「門が!」


 ロイドの足元に黒い線が絡む。


 盾隊の間に隙間ができる。


 全部が、勇者をひとり外へ残す形へ向かっていた。


 アレンは門の外で大剣を構えた。


 獣の群れが迫る。


 彼は笑った。


「大丈夫だ。俺なら――」


「なら、じゃない!」


 ミエルの声が割れた。


 ロイドが走る。


 黒い線を踏み抜くように、アレンの手首を掴んだ。


「全員で戻ると言った」


 若い騎士が反対側から外套を掴む。


 老兵が腰の帯を掴む。


 聖女が杖を投げ捨て、鎧の端を掴む。


「勇者様!」


「あなたも戻ってください!」


「あなたが残ると、我々が怒られます!」


 ミエルが涙目で叫ぶ。


「僕にも怒られるよ!」


 門が落ちる。


 黒い獣が跳ぶ。


 アレンは一瞬だけ外を見た。


 たぶん、それは綺麗な絵になった。


 けれど、アレンは剣を引いた。


「……俺も戻る」


「そう!」


 アレンが内側へ跳ぶ。


 ロイドたちが引く。


 全員がもつれ込むように砦の中へ倒れ込んだ。


 直後、門が落ちた。


 轟音。


 黒い獣の爪が門の外側を叩く。


 内側には、誰もいなかった。


 ミエルは尻もちをついたまま、口をぱくぱくさせる。


「言えた……」


 アレンは息を切らしながら、かすかに笑った。


「俺も戻るって、言えた……」


「もっと早く言って!」


 老兵が担架を起こし、若い騎士が門の閂を確かめる。


 ロイドは剣を収めた。


 アレンはミエルの前に膝をついた。


「助かった。君が止めてくれなければ、俺は残っていた」


「君が死ぬと、僕の仕事が大惨事になるだけ」


「それでも、助かった」


「礼はあと! 感謝もあと! 爽やかに笑うのもあと!」


 アレンが口を閉じる。


 ロイドが空を見上げた。


 黒い羽根は、もうほとんど落ちていない。


 だが、一枚だけ。


 門の隙間から、ひらりと入ってきた。


 ミエルの足元へ落ちる。


 ミエルは嫌な顔で見下ろした。


 羽根の表面に、文字が浮かぶ。


『死神は、まだ言っていない』


 ミエルの表情が固まった。


 さっきまで騒がしかった口が、ぴたりと閉じる。


 ロイドが眉をひそめる。


「ミエル?」


 ミエルは羽根を踏みつけた。


 声は出ない。


 ただ、蜂蜜色の目だけが、ほんの少し揺れていた。



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