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働きたくない死神は、死亡フラグを叩き折る――「俺、この戦いが終わったら……」それ以上言うなああああ!  作者: tomato.nit


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第4話 こんなところにいられるか!


「こ、こんなところにいられるか!」


 奥の廊下から、震えた声がした。


「私は部屋に戻らせてもらう!」


 ミエルが、膝から崩れ落ちた。


「い……」


 金色の短いツインテールが、力なく垂れる。


「言っちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 礼拝室に、死神の悲鳴が響いた。


「ここまで綺麗に言い切る人間、久しぶりに見たよ!」


「ああ! どうしよう、どうしよう!」


 ミエルは床に両手をついたまま、わたわたと左右を見た。


 ロイドが剣を抜く。


「随分と慌てているな」


「そりゃそうだよ!」


 ミエルが顔を上げた。


「このままじゃ、残業が! 協定が! 僕の華金が!」


「命ではなく?」


「命もだよ!」


 ミエルは涙目で叫んだ。


「でも僕の華金もなんだよ! 何回言わせるの!」


 奥の廊下で、足音が遠ざかっていく。


 重い靴音。


 急いでいるのに、震えている音だった。


「もう、間に合わないのか?」


「……」


 ミエルの動きが止まった。


 蜂蜜色の目が、ぱちりと瞬く。


「そうだ」


 ミエルは跳ね起きた。


「まだいける!」


「いけるのか」


「言っただけなら、まだ死んでない! 部屋に戻って、鍵を閉めて、一人になって、蝋燭が倒れて、窓が開いて、壁の短剣が落ちて、天井が軋んでからが本番!」


「だいぶ具体的だな」


「だいたいそうなるの!」


 ミエルは鎌を引きずって走り出した。


「部屋に行く前にとっつかまえれば何とかなる!」


 黒いフードが、背中でばさばさ揺れる。


「いくぞおらああああああああ!」


 ロイドが続いた。


 騎士たちも慌てて礼拝室を飛び出す。


 奥の細い廊下を、太った男がよろめきながら走っていた。


 補給官だった。


 上等な外套の裾は汚れ、髪は乱れ、片手には鍵束を握っていた。


「待て!」


 ロイドが叫ぶ。


 補給官は振り返らない。


「誰も来るな! 私は部屋に戻る! 部屋なら安全だ!」


「安全じゃないいいいい!」


 ミエルが床を蹴った。


 小さな体が跳ねる。


 鎌を引きずっているせいで、速いのか遅いのか分からない。


「ひとりで部屋に籠るな! 鍵なんて掛けさせないからね!」


「うるさい! 私は責任者だ!」


「責任者が死んだら大変でしょうがああ!!」


 叫びだった。


 心からの。


 補給官の足が、ほんの少し鈍る。


 だが止まらない。


「責任者だからこそ、安全な場所へ戻るのだ!」


「怪しい砦の中に安全な自室なんて存在しないんだ!」


 ミエルが鎌を引きずって走る。


「いいから止まれ! 止まって! お願いだから僕の仕事を増やさないで!」


 補給官が扉に手をかけた。


 重そうな木の扉。


 真鍮の取っ手。


 その隙間から、細い黒が漏れていた。


「駄目!」


 ミエルが鎌を投げた。


 鎌は扉ではなく、補給官の外套の裾に引っかかった。


「ぐえっ」


 補給官が前のめりに転ぶ。


 鍵束が床に散った。


 その直後、扉の向こうで何かが落ちた。


 がしゃん。


 硝子が割れる音。


 続いて、重いものが床を打つ音。


 補給官が、床に伏せたまま固まった。


「……今のは」


「今の、扉開けて突っ立ってたら刺さってたやつ」


 ミエルは鎌の柄を踏んで、外套から刃を外した。


「扉の正面に立つな!」


 ロイドが足を止める。


「なら、どう入る」


「横!」


 ミエルは隣の壁を指さした。


「お約束なんかに負けてたまるか。壁も約束も全部ぶっ壊してやる!」


「……大胆だな」


「大胆でも、滅茶苦茶でも構わない」


「余計な仕事が増えないなら、なんだってしてやる」


 ロイドは一拍だけ黙った。


 それから騎士たちを見る。


「壁を壊せ」


 盾持ちの騎士が二人、隣室の壁へ槌を打ち込んだ。


 古い壁が軋み、三撃目で石が内側へ崩れた。


 埃が舞う。


 ミエルはその前に立って、鼻を押さえた。


「よし!」


「よし、なのか」


「扉から入らないだけでかなり偉い!」


 壁の穴から、ロイドが部屋を覗いた。


 中は薄暗い。


 燭台が倒れていた。


 床には油が広がっている。


 壁に掛かっていた短剣が一本、扉の正面に突き刺さっていた。


 もし扉を開けていれば、胸の高さだった。


 窓は開いている。


 風がないのに、カーテンだけが揺れていた。


 机の上では、紙がめくれている。


 誰も触れていないのに。


「入る」


「二人で!」


「分かっている」


 ロイドと盾持ちが、壁の穴から部屋に入った。


 ミエルも続こうとして、穴の縁に引っかかった。


「んぐっ」


 ツインテールが石に擦れる。


 若い騎士が後ろから持ち上げた。


「失礼します」


「持ち上げるな! 死神の威厳が!」


「急ぐのでは」


「急ぐ!」


 ミエルは部屋に降ろされると、すぐに机へ走った。


 補給官は廊下で騎士に押さえられ、なおもじたばたしていた。


「離せ! 私は一人で――」


「一人で、も禁止!」


 ミエルが振り返る。


「一人にしてくれ、も禁止! 誰も入れるな、も禁止! 鍵をかけろ、も禁止! 君、部屋に戻ってから危ないこと全部言うつもりだったの!?」


「私はただ助かりたかっただけで……」


「助かりたいなら喋る内容を選べ!」


 その時、机の上の蝋燭が倒れた。


 油へ向かって転がる。


「蝋燭!」


 ミエルが飛びつく。


 小さな手で蝋燭を押さえた。


 火が指先をかすめる。


「あっつ!」


 ロイドが外套で油を押さえる。


 同時に、壁の短剣が二本目を落とした。


 盾持ちが弾く。


 きん、と音がした。


「短剣は壁にいろ!」


 ミエルが怒鳴る。


 今度は窓が大きく開いた。


 風が吹き込む。


 机の紙が舞う。


「もう嫌だ……誰か、誰か助けてくれ……」


「それは問題ない!」


 ミエルが指を突きつけた。


「助けを呼ぶのは正解だよ! 一人になるよりずっといい!」


 天井が軋んだ。


 上から木屑が落ちる。


 ロイドが補給官の襟を掴んだ。


「出るぞ」


「嫌だ! 外には何か居るじゃないか!」


「残念だが、中にも居るからな」


 ロイドは補給官を引きずった。


 補給官の靴が床を擦る。


 床に散った紙が、ずるずると後を追うように動いた。


 ミエルがその紙を踏む。


 紙には文字があった。


『この砦は終わりだ』


『誰も戻らない』


『私は部屋へ戻る』


『こんなところにいられるか』


 ミエルの目が、机の上に止まった。


 机の上。


 黒い羽根ペンが、インク壺に刺さっている。


 インクではない。


 黒い糸のようなものが、羽根の先から垂れていた。


 紙の上に触れるたび、文字がひとりでに増えていく。


『鍵をかける』


『誰も入れない』


『そこで』


 ミエルが鎌を握った。


「書くな」


 羽根ペンが止まらない。


『そこで、ひとり』


 ミエルの蜂蜜色の目が細くなる。


「書くなって言ってるでしょ」


 鎌が振り下ろされた。


 紙ではなく、羽根ペンの先から伸びる黒い糸を断つ。


 ぷつん。


 小さな音がした。


 部屋中の物音が止まった。


 蝋燭の火が揺れない。


 カーテンも止まる。


 壁の短剣も、もう落ちない。


 黒い羽根ペンだけが、机の上でかたかたと震えていた。


 ミエルはもう一度、鎌を振る。


 羽根ペンが折れた。


 黒い煙が、細く上がる。


 その煙の中に、一瞬だけ印が浮かんだ。


 開いた本。


 その上に置かれた、笑う仮面。


 ミエルの顔がひきつった。


「う、うわぁ」


 ロイドが近づく。


「何だ」


「なんで、死神庁に出すやつがこんなところに」


 折れた羽根の根元には、さっきの印が小さく焼きついている。


 その時、遠くで鐘が鳴った。


 戦場の鐘ではない。


 砦の鐘でもない。


 教会の鐘でもない。


 澄んでいるのに、ひどく事務的な音だった。


 ミエルの肩が、ぴくりと跳ねた。


「……やだ」


 二度目。


 三度目。


 ミエルは折れた羽根を見たまま、首を振った。


「嘘でしょ」


 ロイドが眉をひそめる。


「どうした」


「死神庁から呼び出し」


 ミエルの顔が、ゆっくりと曇る。


「しかも、これ……上に上がるやつだ」


 ミエルは両手で顔を覆った。


「やだやだ」


 鐘が、もう一度鳴る。


「ぼ、僕の華金……」


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