第7話:「誤解と白髪(ネギ)頭、それから夕暮れの不意打ち」
「よおヒロ、ここで何してんだ?」
突然声をかけてきたのは、白く輝く髪に整った顔立ちの男――成瀬ユウトだった。相変わらず街の女子たちの視線を集めるほどのイケメンだ。
「うぇっ!? ユ、ユウト……! なんでここに……」
最悪のタイミングでの登場に、ヒロトは激しく動揺して言葉を詰まらせる。
ユウトの視線が、自然とヒロトの隣へと移動した。そこに佇む、燃えるような赤い髪をした絶世の美少女――シルヴィアを見た瞬間、ユウトの動きがピタリと止まる。
ゴブッ、ゲホゲホッ……!!
飲んでいた缶ジュースを思い切り喉に詰まらせ、ユウトは激しくむせ返った。
「お、お前……ついに、ついにリアル(三次元)の彼女ができたのか……!?」
ユウトはヒロトの肩をがっしりと掴むと、まるで我が子の成長を祝う親のように、目に涙を浮かべて感激し始めた。
「おめでとうヒロ……! 最高のリアル女子じゃないか! ついに二次元の妄想から卒業したんだな、本当に良かった……!」
「待て待て待て! 勘違いするな!! 俺が三次元の負け組女子なんかに魂を売るわけないだろ! 俺の嫁は二次元だけだ!」
ヒロトは必死に否定し、シルヴィアを指差した。
「こ、こいつはミユキ! イギリスから来た俺の親戚だよ!」
「あ、なんだ……彼女じゃないのか」
ユウトがホッとしたのも束の間、シルヴィアの顔がみるみる真っ赤に染まった。
「ちょっと! 私をこんな馬鹿男の『かのじょ』などと呼ばないでちょうだい! 百年経ってもそんな奴の特別な存在になるわけないわ! ただの冴えない凡人のくせに!」
シルヴィアは不機嫌そうに腕を組み、ツンとそっぽを向いた。
「おい、お前まで俺を叩くことないだろ……」
味方であるはずのシルヴィアにまで罵倒され、ヒロトはガックリと肩を落とす。
そんな二人のやり取りを見て、ユウトは耐えきれずに吹き出した。
「ははは! 息ピッタリじゃん。初めましてミユキちゃん、俺は成瀬ユウト。よろしくね」
ユウトがトレードマークの爽やかな笑顔を浮かべ、白い髪をなびかせながら手を差し出した。どんな女子でも一瞬で落ちるような完璧な王子様スマイル。
シルヴィアはフンと鼻を鳴らし、その差し出された手を――
パァンっ!!
と思い切り引っ叩いた。
「何様のつもりよ? この私にそんなに安安と触れ合おうなんて、不届き者が!」
高飛車に言い放つシルヴィアの口を、ヒロトは慌てて後ろから両手で塞ぎ、引き剥がす。
「あははは! ごめんユウト! こいつ、ちょっと人見知りが激しくてさ! ほら、日本に来たばかりで緊張してるんだよ!」
ヒロトの手の中で、シルヴィアは「むぐぐぐっ!」と暴れながら、ユウトとヒロトを同時に睨みつけて呪いの言葉をブツブツと呟いている。
ユウトはそれを見て、またお腹を抱えて笑った。
「ははは! ヒロ、お前の親戚、本当にお前みたいに変わってるな!」
その言葉に、ヒロトとシルヴィアの視線が同時にユウトへと突き刺さる。ヒロトが口から手を離した瞬間、二人は声を揃えて怒鳴った。
「「誰が変わってる(変人)だって!? このネギ頭(タマネギ野郎)!!」」
ピタリと息の合った怒声に、ユウトは思わず一歩引いた。
「うわっ、何その完璧なコンビネーション……」
ヒロトはハッと我に返り、急に気恥ずかしさが込み上げてくる。
(おいおい、何なんだよシルヴィアのやつ……。ゲームの中の清楚なヒロインと全然違うじゃねえか! トラブルメーカーすぎるだろ!)
睨み合う二人の間には、パチパチと目に見えるほどの火花が散っていた。
ユウトは二人をじっと凝視し、顎に手を当てて呟く。
「なあ、ヒロ。ちょっと頭の悪い質問をしていいか?」
「なんだよ?」
「……そのミユキちゃんさ、お前が愛してやまないゲームのキャラ、《シルヴィア》にめちゃくちゃ似てないか?」
ドキン、とヒロトの心臓が跳ね上がった。
「な、ななな何言ってるんだよ! 目の錯覚だろ! ただの親戚だって言ってるだろ、なぁ!?」
ヒロトはユウトとの間に壁を作るように必死に遮るが、ユウトはスマホを取り出し、画面の中のシルヴィアの画像と目の前の少女を比べ始めた。
「いや、マジで瓜二つなんだけど。髪の色とか顔立ちとか……」
その様子を見ていたシルヴィアが、堂々と胸を張って口を開く。
「当然よ。なぜなら私はシルヴィ――」
「はい、お口チャック!!」
ヒロトは咄嗟に、手に持っていた食べかけのアイスクリームをシルヴィアの口へと突っ込んだ。
「むぐっ!?」
口いっぱいに冷たいアイスを詰め込まれ、目を丸くするシルヴィア。
「あはは! こいつ、シルヴィアの熱狂的な大ファンでさ、今日もその『こすぷれ』をしてるんだよ!」
口にアイスを咥えたまま不満そうに睨んでくるシルヴィアを無視して、ヒロトは冷や汗を流しながら言い訳を通した。
「あー、コスプレか。なるほどね」
ユウトは納得したようにスマホを仕舞うと、思い出したように尋ねた。
「で、二人はここで何してんだ?」
「あ、いや……ミユキの服とか、日用品を買い出しに来たんだよ」
「買い出し?」
シルヴィアが口の周りのアイスを拭いながら、余計な一言を付け足した。
「そうよ。これから私はこの馬鹿男の家で『同居』することになったの。昨夜も本当にうるさくて、男のくせに頼りなくて――」
「おいぃぃぃ! 滅多なこと言うな! 周りに人がいるだろ、誤解されるわ!!」
ヒロトの顔は一気に湯気を立てるほど真っ赤になった。
ユウトの目がスッと据わり、無言でヒロトの首根っこを掴んでシルヴィアから少し離れた場所へと引きずっていった。
「ミユキちゃん、ちょっと従兄妹を借りるね」
路地裏の陰に移動するや否や、ユウトはヒロトの耳元で信じられないような低い声で囁いた。
「おい……ヒロ。お前、まさか……『やった』のか? 筆下ろし(チェリーボーイ卒業)しちゃったのか?」
「するわけねぇだろ!!! 100%してねぇよ!」
ヒロトは蚊の鳴くような声で必死に全否定の声を絞り出す。
「あいつはただの世間知らずで、日本語の繋ぎ方がおかしいだけだ!」
ユウトは深いため息をつき、胸を撫で下ろした。
「なんだよ、一瞬お前に先を越されたかと思って絶望したじゃん……」
「先を越されたって……どういう意味だよ?」
ユウトはバツが悪そうに頭をかいた。
「……俺も、現役のチェリーボーイ(童貞)だし」
「ええええええええええっっっ!?!?!?」
ヒロトの驚愕の叫び声が街中に響き渡り、通行人たちが一斉に冷ややかな視線を向けてくる。
「しーっ! 静かにしろバカ! なんでそんな反応すんだよ! 俺だってまだ高校1年生だぞ!? 好きでもない相手とそんなハレンチなことするわけないだろ!」
「いや……お前みたいなイケメンなら、てっきり……」
「お前は俺を何だと思ってるんだ、まったく。……まぁ、それはいいとして、最後に一つだけ大事な質問だ。嘘つくなよ?」
ユウトの真剣な眼差しに、ヒロトは生唾を飲み込んだ。
「……あぁ、約束する」
「リカは……このこと(ミユキちゃんとの同居)を知ってるのか?」
その瞬間、ヒロトの脳裏に「最恐の幼なじみ」の笑顔が浮かび、頭を抱えた。
「……終わった。完全に忘れてた……」
「だと思ったよ。もしリカにバレたら、お前は確実に消されるか、さもなくばリカも『お前の部屋に引っ越す』って言い出すぞ」
「ユ、ユウト……俺はどうすればいい……!?」
「知るかよ。あいつを怒らせたらどうなるか、お前が一番よく知ってるだろ。なんとか隠し通すんだな……まぁ、あのリカ相手じゃ無理ゲーだと思うけど。じゃあな、デートの邪魔者は退散するわ」
「待て、行くな! だからデートじゃねえって!」
ヒロトの制止も聞かず、ユウトは振り返りもせずに片手を振って、爽やかに去っていった。
ヒロトがトボトボとシルヴィアの元に戻ると、彼女は不満げに頬を膨らませていた。
「遅いわよ、ヒロト。あの白髪男、貴方に何を言っていたの?」
「……何でもないよ。それより、服と下着は買ったから、次はシャンプーとか洗剤とか、お前の風呂用品を買いに行くぞ」
二人は大型のドラッグストアへと足を踏み入れた。
並べられた膨大な種類の洗剤や石鹸、シャンプーの棚を見て、シルヴィアは驚きで呆然と口を開けている。
「シルヴィア、お前、果物なら何が好きだ?」
「……オレンジ(橙色)の果実よ」
ヒロトはオレンジの香りのシャンプーを取り、彼女の鼻先に近づけた。「これはどうだ?」
シルヴィアはクンクンと匂いを嗅ぎ、「……嫌、キツすぎるわ」と却下した。
次にレモンのシャンプーを試したが、これも首を振られた。
最後にココナッツの甘い香りのシャンプーを差し出すと、シルヴィアの目が輝いた。
「あ、これ……良い匂いね。これがいいわ」
日用品の買い出しを終える頃には、すっかり夕暮れ時になっていた。
両手に荷物を抱えたヒロトは、帰り道を歩きながら大きく身体を伸ばす。
「はぁー……疲れた。マジで大仕事だったわ……」
並んで歩いていたシルヴィアが、ふと歩幅を緩め、小さな声で呟いた。
「ねえ……ヒロト」
「ん? なんだよ」
「……その、感謝するわ」
「へ? 何の感謝だよ」
「……分からないけれど、もし他の人間だったら、身元の分からない私にこんな風にしてくれなかったと思うの。貴方のことは……その、少しだけ見直したわ。ただの変態バカではなく、いざという時は頼りになる……優しい男なのだと」
夕日に照らされたシルヴィアの横顔は、両頬が林檎のように真っ赤に染まっていた。
ヒロトはその言葉を聞いた瞬間、思わず足を止め、心臓がトクンと跳ねるのを感じた。
(……あ、今のデレ方、俺の知ってるゲームの中のシルヴィアそのものだ……)
しかし、そんな甘い雰囲気は一瞬で打ち砕かれる。シルヴィアは恥ずかしさを隠すように、すぐにツンとした表情に戻ってズカズカと先を歩き始めた。
「な、何立ち止まってるのよ、早く来なさいこのおバカ! 私はお腹がペコペコなのよ!」
「はいはい、分かったよ……」
ヒロトは苦笑しながら、茜色に染まる夏の空を見上げた。
(リカの件はめちゃくちゃ怖いけど……。これからの俺の日常、思った以上に退屈しなさそうだ




