第5話 「推しヒロインと同居生活、開始」
リカが出て行った後、ヒロトは急いで部屋へと戻った。というのも、シルヴィアがクローゼットを激しく叩きながら「出して!ここは暗くて息ができない!」と叫んでいたからだ。
彼は慌てて扉を開ける。しかしその勢いのまま、飛び出してきたシルヴィアが外へと転がり出た。ヒロトはとっさに彼女の体を受け止め、その衝撃を吸収する。
二人の顔は一気に近づいた。
しばらく、互いに見つめ合う時間が流れる。
その瞬間、ヒロトの頭の中で思考が止まった。
(やば……こんな近くでシルヴィアを見るなんて思わなかった……本当に綺麗すぎる……)
だが、その思考はすぐに遮られる。
「……いつまで見てるの、この変態バカ」
シルヴィアはそう言うと立ち上がり、自分の胸元を両手で押さえながら距離を取った。
そして挑発的な声で続ける。
「次に近づいたら、本気で殺すわよ」
「はいはい……わかったよ」
ヒロトは両手を上げて降参のポーズを取る。
シルヴィアはさらに問い詰めた。
「それで、さっきの女は誰?」
「まずここはホテルじゃない。それにリカは幼馴染だ」
「ふーん……じゃあ魔王の部下か何か?」
その言葉にヒロトは盛大に叫んだ。
「どこをどう聞いたらそうなるんだよ!?俺はただの普通の高校生だし、オタクだし、リカはただの幼馴染だ!」
シルヴィアは少し首を傾げる。
「じゃあ、どんな魔法を使うの?地・水・火・風・光?」
「誰もそんなもの使わないって……」
ヒロトは頭を抱えた。
(なんでこいつ、話が全部変な方向に飛ぶんだ……壁と話してる方がまだマシだぞ)
気づけばシルヴィアは部屋の中へ移動していた。
そしてキッチンに置かれていた箱をじっと見つめている。
「……これは何?」
「それは弁当の箱だよ」
「弁当……?つまり食べ物を隠す箱?」
「まあ、そういう感じだな」
シルヴィアは納得していない様子で眉をひそめる。
「この奇妙な模様は何?」
「模様?ああ、それはアニメのデザインだ」
「アニメ?」
その言葉にヒロトの目が輝いた。
「そうだよ、シルヴィア!アニメっていうのは人類が生み出した最高の文化で、日本人が作る物語でさ、無限の想像力と感動が詰まってて、たとえ絵だけでも本物の人間みたいに感じられて——」
ヒロトは一気に語り始める。止まらない。
まるで堰を切ったように熱弁を続ける。
その間に、シルヴィアは弁当箱を開けて中身を見ていた。
そして、何も言わずに食べ始める。
ヒロトはまだ気づいていない。
「つまりアニメっていうのは友情とか戦いとか恋愛とか——」
「……ふーん」
気がつくと、弁当はすでに空になっていた。
ヒロトは固まる。
「おい……全部食べたのか?」
シルヴィアは口を拭いながら淡々と答える。
「空腹だったから」
「いやいや、俺の昼飯だったんだけど!?」
シルヴィアは悪びれもなく肩をすくめた。
「あなたの話がうるさかったから集中できなかった」
「いや、聞いてたのかよ!?」
ヒロトはため息をつく。
(なんなんだこの女……)
そしてふと呟く。
「……本当にシルヴィアなのか?」
「そうだけど?何か問題?」
「いや……俺の知ってるシルヴィアってこんなんじゃなかった気がする」
「私たち、今日初めて会ったんでしょ。さっきから何を言ってるの?」
ヒロトは言葉を失う。
シルヴィアは堂々としたまま、キッチンへと歩いていく。
そこで彼女は奇妙な音を出す機械を見つけた。
「……何この音の出る箱は?」
「コーヒーメーカーだ」
「コーヒー?」
ヒロトは説明しながらボタンを押す。
機械が動き出し、音を立てる。
シルヴィアはその様子をじっと見つめていた。
「豆を砕いてるの?」
「いや、そういう仕組みじゃなくて……」
さらに彼女は冷蔵庫に目を向ける。
そこへ手を伸ばした瞬間、冷気が流れ出した。
シルヴィアは一歩後ずさる。
「……っ、何これ、冷たい!」
ヒロトは振り返る。
「それは冷蔵庫。食べ物を冷やして保存するんだ」
「冷気の魔法箱……?」
「魔法じゃない」
シルヴィアは興味深そうに中を覗き込む。
「食べ物がいっぱい入ってる……すごい」
「だから普通の冷蔵庫だってば」
ヒロトは呆れながら説明する。
「これがあれば食べ物は長く持つ。魔法じゃなくて技術」
「技術……?」
シルヴィアは小さく呟いた。
そして次の瞬間、ヒロトが作ったコーヒー牛乳を勝手に奪う。
「ちょっと待て、それまだ熱い——」
ゴクッ。
一気に飲んだ。
「……っっっ!!!!」
シルヴィアの目が見開かれる。
「な、何これっ!!」
舌を出して涙目になる。
「熱い!口が燃える!」
「だから言っただろ!!」
ヒロトは急いで水を渡す。
シルヴィアはそれを一気に飲み干した。
「……ふぅ」
そして一言。
「あなたのせいでこうなった」
「いや100%お前のせいだろ!」
ヒロトは怒鳴る。
だが、ふと気づく。
「……ってか、それ間接キスになるんだけど」
その瞬間、ヒロトの顔が真っ赤になる。
「えっ……?」
シルヴィアは首を傾げる。
「なにそれ?」
「いや、その……同じコップで飲むってことは……その……」
「戦場では普通だけど」
「ここ戦場じゃねぇ!」
ヒロトは頭を抱えた。
そして深呼吸する。
「……とにかく、ここにずっといるわけにはいかない」
「どこへ行くの?」
「お前の服とか生活用品を買う。今のままだと俺の服着続けることになる」
シルヴィアは腕を組む。
「なぜ?私は別に困ってないけど」
「俺が困るんだよ」
彼は即答した。
「外に出るぞ。買い物だ。誰にも見つからないようにする」
シルヴィアは目を細める。
「なぜ隠れる必要がある?これは暗殺任務?」
「違う」
「じゃあ何?」
「ただの生活だ!!」
ヒロトは叫ぶ。
シルヴィアは少し考えたあと、肩をすくめる。
「まあいいわ。ついていってあげる」
ヒロトは深くため息をついた。
「……俺の平穏、終わったな」
そして二人は、街へと出る準備を始めた。




