新学期、冷酷な教師と窓際の奪還戦
入学式が終わると、生徒たちは一斉に正面の中庭へと流れ出した。クラス分けの掲示板を確認するために。
ヒーローはゆっくりとした足取りで歩いていた。左隣にはリカ、両手でカバンの持ち手をぎゅっと握りながら。そしてユウトは反対側で、希望に満ちた顔をして並んでいた。
リカは掲示板を遠くから眺めながら、夢見るような口調で言った。
「中学の時みたいに、同じクラスになれるといいな」
ユウトも力強く頷く。
「俺もそう思う」
三人は掲示板に近づき、それぞれ自分の名前を探し始めた。ヒーローは口の中で小さく呟きながら、文字を一つひとつ追っていく。
「タンカ……タンカ……」
――そして、止まった。
「あ――タンカ・ヒロト。一年F組」
右を向くと、リカの顔がぱっと輝いた。次の瞬間、彼女は抑えきれなくなったように飛び跳ねながら叫んだ。
「やったやったやった!ヒーローと同じクラス!!」
ヒーローは眉をひそめ、冷静な声で言った。
「リカ……なんでそんなに叫んでるんだ。みんな見てるぞ」
その言葉に、リカは電流が走ったように固まった。そろそろと周りを見渡すと――何十もの視線と、必死に笑いを堪えている口元が目に入ってきた。彼女の頬が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「もう……最悪」
ヒーローはくっと笑いを漏らした。
「小学生みたいだぞ」
そう言ってユウトを探すと――彼は地面に座り込んでいた。足を組んで、虚ろな目で宙を見つめながら。
「なあ、ユウト。お前何組だった?」
ユウトはゆっくりと顔を上げ、力の抜けた声で答えた。
「一年A組……」
ヒーローは軽く肩を叩く。
「そっか、別々か。まあ、来年があるよ」
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教室への移動が始まった。
ヒーローはドアをくぐった瞬間、一気に走り出した。ずっと思い描いていたあの席を目指して――最後列、窓際。風が忍び込んで、空が一番近く見える、あの場所。
着いた。手を伸ばした。
「……くそ」
先を越されていた。
そこには一人の男子が座っていた。大きなヘッドフォンを耳に当て、丁寧に後ろへ流された茶色い髪。目の下には濃いクマ。まるで何年も眠れていないような顔で、ヒーローをゆっくりと振り返った。
「なんで見てるんだ」
ヒーローは後頭部を掻きながら、苦笑いで答えた。
「ははっ、ごめん。その席が欲しかっただけで」
男子はヘッドフォンを耳に戻しながら、淡々と言った。
「次からは、俺より早く来い」
ヒーローはその後ろ姿を見つめ、心の中で呟いた。
*(感じ悪い奴だな……)*
残りの席を探して視線をさまよわせると、どんどん埋まっていく。焦りが胸に滲み始めた時、ふわりと手首を掴まれた。
リカだった。
彼女は黙って、後ろから二番目の席へとヒーローを引っ張り、隣に座らせた。
「ありがとう」
「気にしないで」
リカはにっこりと微笑んだ。
ヒーローは静かに周りを見渡した。真前の席では、ギャルっぽい女子が友達と大声でメイクやネイルの話をしている。一番前の席には、緑色の髪をした爽やかな男子が、もう何人かに囲まれて笑っていた。
*(こいつら、もう友達作ってんのか……)*
――その時、ドアが開いた。
一人の教師が入ってきた。
三十代に見える女性。分厚いノートを抱えて、まるでここが最初から自分の領地だったかのような足取りで歩いてくる。椅子に腰を下ろし、ノートを机に置き――何も言わない。
クラス全体が、自然と静まり返った。
全員が席につく。
女性は細めた目で教室を一瞥して、乾いた声で言った。
「なんでそんな顔で見てるんだ、このバカども」
小声のざわめきが広がる。
*「なんなんだ、この人……」*
*「本当に先生なのか……?」*
一番前の緑髪の男子が、少し挑むような笑顔で口を開いた。
「先生、初日なんだから自己紹介くらいしませんか」
女性は彼を一瞥し、露骨に面倒くさそうな顔をした。
「自己紹介ね。うるさい奴だ……まあいいか」
すっと立ち上がり、チョークを取って黒板に一言書いた。
**【 担任:山田 】**
椅子に戻り、足を組んで彼を指差した。
「提案したんだから、緑の毛の奴、まずお前から」
男子はすっと立ち上がった。背筋が伸びていて、まるで舞台に慣れているみたいだった。
「俺の名前は神代トウヤ。大阪の中学から最近引っ越してきました。友達を作るのと、サッカーが好きです。中学ではサッカー部に――」
「はい十分。よくできました、ユウタだかトウヤだか知らないけど。座れ」
先生は視線を教室全体に向けた。
「他に自己紹介したい人は?」
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リカがすっと手を挙げた。
ヒーローは心の中で叫んだ。
*(リカ、お前正気か……)*
「そこの金髪、どうぞ」
リカは立ち上がり、晴れやかな笑顔で言った。
「私は森戸リリカです!リカって呼んでください。かわいいものと格ゲーが好きで、中学では生徒会に入ってました。みんなと仲良くなれたら嬉しいです!」
クラスのあちこちから、ぱらぱらと拍手が起きた。
先生はつまらなそうに言った。
「まあ、よし」
そして、ゆっくりとヒーローの方を見た。
ヒーローは心臓が跳ね上がるのを感じた。
「お前、自己紹介しろ」
ヒーローは自分を指差した。
「俺ですか」
「他に誰かいるか、このアホ」
ヒーローは立ち上がり、大きく息を吸った。
「えっと……俺は田中ヒロトです。友達にはヒーローって呼ばれてます。ゲームと小説とアニメが好きです。中学ではどの部活にも入ってなかったです。よろしくお願いします」
座った時、自分の緊張がバレていないか不安だった。
先生はじっとヒーローを見て、言い放った。
「つまり根暗なオタクか」
クラスが笑った。
ヒーローは黒板を見つめたまま、言いたいことを飲み込んだ。
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少ししてから、先生は教室の一番後ろ――ヘッドフォンの男子の方を見た。
「そこのヘッドフォン男」
一瞬、間を置いた。
「ヘッドフォンは校則違反だ……だが、お前の無関心さが妙に気に入った。今回は見逃してやる。立って、自己紹介しろ」
男子はゆっくりとヘッドフォンを外して立った。
「篠崎イブキです。音楽が好きで、中学では合唱部にいました。京都から来ました。よろしく……たぶん」
最後の言葉は、もう話すことに飽き飽きしたような声だった。彼はそのまま座り、ヘッドフォンを戻した。
一人の女子が抗議するように言った。
「でも、まだ全員が自己紹介してないんですけど――」
先生はぴしゃりと遮った。
「誰が気にするんだ。休憩時間に自分で話しかければいい」
椅子の背もたれに深く寄りかかって、もう議論の余地などないという口調で続けた。
「教科書を開いて読んでろ。私は少し寝る」
ヒーローは唖然として先生を見た。
*(なんだここ……。学校まで家みたいに地獄じゃないか)*
クラスメイトの顔を一人ひとり静かに眺めていた、その時。
ドアが勢いよく開いた。
一人の女子が飛び込んできた。
短い青い髪。顔には焦りと申し訳なさが混ざり合った表情が浮かんでいる。クラス全員の視線が集まった――神代でさえも、振り返った。
女子は息を切らせながら言った。
「本当にすみません!道に迷っちゃって……私、方向音痴で」
先生は視線を上げずに答えた。
「罰を与えるべきだが……労力の無駄だな。入れ」
女子は教室に入り、空いている席を見つけた――ヒーローのすぐ後ろ。
「罰として、自己紹介しろ」
女子は元気よく言った。
「はい!私は三神サヤです。小説とホラーとゲームが好きです!」
ヒーローはその言葉に思わず振り返った。目が少し大きくなる。
*(やっと……本物が来た)*
目が合った。彼女は微笑んだ。
先生は冷たく言った。
「つまりお前も、前の馬鹿と同じオタクか」
ヒーローは黒板に視線を戻した。目には、すべてを語るような光が宿っていた。
*(誰が馬鹿だ、このえらそうな先生……)*
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*こうして、ヒーローが一度も期待していなかった、人生で一番予想外の一年が始まった。*




