騒がしい新学期と青髪の少女
シルヴィアがリカとユウトに自分の正体を明かしてから、一か月が過ぎていた。
朝六時。
スマートフォンのアラーム音で目を覚ましたヒロは、ふらつきながらベッドから起き上がった。そのまま洗面所へ向かい、冷たい水で顔を洗う。少しだけ目が覚めると、鏡の前で髪を整えた。
そして自室へ戻り、新しい制服に袖を通す。
今日は高校生活最初の日だった。
着替えを終えたヒロはキッチンへ向かい、自分で朝食を用意する。椅子に腰を下ろし、手を合わせた。
「いただきます」
そう言って朝食を食べ始める。
食事を終えると、ヒロはシルヴィアの部屋へ向かった。軽くノックをして扉を開ける。
そこには、ベッドの中で気持ちよさそうに眠るシルヴィアの姿があった。
「シルヴィア。朝ご飯はテーブルの上に置いてあるからな。冷めてたら電子レンジで温めてくれ。あ、それと絶対にスプーンを入れたままレンジを使うなよ」
布団の中から眠そうな声が返ってくる。
「はいはい……分かったから、早くドアを閉めておくれ……」
「じゃあ、学校行ってくる」
「どうでもいいから……早く閉めて、私を一人にしておくれ……」
ヒロは苦笑しながらドアを閉めた。
玄関で靴を履いていると、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。
扉を開けると、そこには女子制服を着たリカが立っていた。
「おはよう、ヒロ!」
「おう、おはよう」
リカはひょいと顔を覗かせて部屋の中を見る。
「シルヴィアさん、まだ寝てるの?」
「ああ」
二人はそのままマンションを出て、学校へ向かった。
歩きながら、リカが尋ねる。
「ヒロ、ちゃんと眠れた?」
「いや、あんまりな。最近さ、寝て起きるたびに体中の骨が痛いんだよ。まるで寝てる間にドラゴンと戦ってたみたいだ」
その言葉にリカは思わず吹き出した。
そんな他愛もない会話をしながら歩いているうちに、二人は学校へ到着する。
目の前にそびえるのは、以前通っていた中学校とは比べ物にならないほど大きな高校だった。
そして校門の前には、一人の少年が立っていた。
白い髪を揺らしながら、スクールバッグを片手で背負っている。
ユウトだ。
その周りには五人ほどの女子生徒が集まり、楽しそうに会話していた。
それを見たヒロが眉をひそめる。
「おい……あれって」
リカはため息をついた。
「うん、ユウトだね」
二人に気づいたユウトは、女子たちへ爽やかな笑顔を向けた。
「すみません。友達が待っているので、失礼します」
そう言って彼女たちから離れる。
すると女子生徒たちは一斉に騒ぎ始めた。
「きゃー! 本当に優しい!」
「しかもすごくかっこいい!」
嫉妬のこもった視線で見つめるヒロのもとへ、ユウトがやって来る。
「おはよう、みんな!」
「おはよう!」
リカが元気よく返す。
「……おう」
ヒロは少しぶっきらぼうに答えた。
ユウトは気にした様子もなく笑う。
「さあ、行こう。入学式が始まるよ」
三人は校舎へ入り、体育館へ向かった。
会場には新入生だけでなく上級生たちも集まっており、多くの生徒で埋め尽くされている。
前方には教師たちが並んでいた。
生徒たちの話し声が響く中、不意に照明が落ちる。
するとステージの上に一人の男性が現れ、マイクの前へ立った。
「皆さん、おはようございます。伝統ある新月高校へようこそ。新入生の皆さん、そして在校生の皆さん、ご家族の皆様を歓迎いたします。では、生徒会長の渡辺結衣さんより歓迎の挨拶をいただきます」
拍手の中、一人の少女が壇上へ上がった。
長い黒髪を持つ少女。
その表情は真面目そのもので、近寄りがたい雰囲気を纏っている。
そして彼女の後ろには、金髪の美男子が立っていた。
生徒会副会長、佐藤蓮だ。
渡辺結衣はマイクを握ると、学校の規則や決まりについて話し始める。
しかしヒロはまったく聞いていなかった。
周囲の生徒たちをぼんやり眺めている。
一方その隣では、ユウトが小声でくだらない冗談を連発しており、ヒロは笑いを堪えるのに必死だった。
その時だった。
バァンッ!
体育館の扉が勢いよく開かれる。
全員の視線がそちらへ向いた。
入口には、一人の少女が立っていた。
短い青髪に眼鏡をかけた少女だ。
肩で息をしながら、その場に立ち尽くしている。
何百人もの視線が一斉に彼女へ注がれた。
少女は顔を真っ赤にして頭を下げる。
「あ、あのっ! 遅れてしまってすみません!」
その瞬間。
生徒会長の渡辺結衣が彼女を見下ろした。
まるで殺意すら感じるほど鋭い視線。
その恐ろしさを理解できたのは、日頃からシルヴィアと暮らしているヒロくらいのものだった。
渡辺は冷静な声で言う。
「構いません。ですが次からは気を付けてください。席についてください」
「す、すみません……失礼します……本当に申し訳ありません……!」
少女は何度も頭を下げながら、生徒たちの間を通り抜けていく。
やがて空いていた席へ辿り着き、腰を下ろした。
それはヒロの隣の席だった。
少女はほっと息を吐く。
「はぁ……運が良かったぁ……」
小さく呟いたその時。
ヒロが何気なく横を見る。
ちょうど同じタイミングで、少女も彼を見た。
視線がぶつかる。
青髪の少女は少し照れたように微笑んだ。
とても優しく、柔らかな笑顔だった。
その瞬間。
ヒロの胸が不意に高鳴る。
顔がみるみる赤くなり、慌てて前を向いた。
壇上では渡辺結衣が相変わらず校則を読み上げている。
だがヒロの心臓だけは、これまでとは違う鼓動を刻み始めていた。
高校生活最初の日。
それは、新たな物語の始まりだった。




