突如として燃え上がった魔痕(まこん)、そして深淵から届く鼓動の声。
海に到着すると、一同の目の前に青い世界が広がった。
リカは「わあ、海が人でいっぱいだよ!」と歓声をあげた。
ヒロも「ああ、本当に人が多いな。それにしても日差しが強すぎる……」と同意した。
一方、シルヴィアは目の前の海の美しさに完全に圧倒されていた。彼女のいた世界では川や谷、湖しか見たことがなく、本物の海を見るのはこれが人生で初めてだったのだ。海岸沿いには食べ物を売る出店や着替えの海の家がずらりと並んでいた。
みんなが話している間に、ユートは先頭に立って荷物を置き、砂浜を掘り始めていた。彼はパラソルを立て、砂をかけてしっかりと固定すると、椅子を並べた。
「おーい、みんな! そこで一日中立ち話でもしてる気か?」
一同が歩み寄る中、ユートは帽子を脱いだ。すると彼の白い髪が露わになり、さらにシャツを脱ぎ捨てた。ハンドボール部の選手である彼の体は、見事なまでに引き締まった筋肉質のスポーツマン体型だった。通りかかる女の子たちがみんな、彼のスタイルの良さと美しさに衝撃を受けていた。
ヒロトは彼を忌々しげに見つめ、(目立ちたがり屋のバカめ……)と心の中で毒づいた。
その時、あまりの暑さにヒロもシャツを脱ごうとした。
しかし、彼がシャツを脱ぎかける寸前、シルヴィアが急に飛びかかって大声をあげた。
「ダメーーーー!!」
全員が驚いて彼女を見つめた。
リカが不思議そうに「どうしたの、ミュウキン? 何かあった?」と尋ねた。
シルヴィアは慌てて「い、いいえ! なんでもないわ。ただ……ちょっとお手洗いに行きたいの!」と言い訳した。
ヒロが「はぁ? なんで俺なんだよ。一人で行けよ」と言うと、リカが「私が連れて行ってあげる」と助け舟を出した。
しかし、シルヴィアはヒロのシャツをギュッと掴みながら、「いいえ、この男に連れて行ってもらうわ!」と言い張り、そのまま彼を力任せに引っ張っていった。
残されたリカとユートは呆然とそれを見送った。
「彼女、どうしちゃったんだろうね?」とリカ。
「さあね」とユートは答えると、自分のタオルを敷いて寝転がり、サングラスをかけて「さて、寝るか」と言った。
リカは「えっ、最初にするのが本当にそれなの!?」と呆れた。
その頃、ヒロとシルヴィアは並んで歩いていた。
ヒロは「トイレに行きたいなら、なんで俺を引っ張るんだよ」と不満を漏らした。さらに、彼が「おい、トイレの道はこっちじゃないぞ」と言いかけると、シルヴィアは彼を海の家の裏へと連れ込んだ。
「この大バカ者! もう少しで正体がバレるところだったのよ!」
「何をお前はわけのわからないことを言ってるんだ?」
「タトゥーよ!」シルヴィアはそう言うと、襟元の服を少しずらして首の後ろを見せた。「昨日、リカがこれに気づいて質問してきたのよ。もしあなたの首にも同じものがあるのを見られたら、絶対に怪しまれるわ!」
ヒロは冷や汗を流した。
「ええっ!? 本当かよ……危うく大惨事になるところだったな」
ヒロはシルヴィアに近づき、彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。
「よくやったな、お手柄だ」
シルヴィアの顔が真っ赤に染まった。彼女は「な、何をするのよ、このバカ!」と言って彼の手を振り払うと、本当にそのままトイレに向かって走っていった。ヒロはそこで彼女を待った。
二人がパラソルの下に戻ると、リカがシルヴィアの手を掴んだ。
「ミュウキン、さあ、水着に着替えに行こう!」
「え、ええ……分かったわ」
ヒロはシャツを着たまま椅子に腰掛けた。太陽の光がジリジリと照りつけている。
日光浴をしていたユートがそれを見て言った。
「おいおい、ずっとシャツを着たままでいる気か? ここは海だぞ?」
「脱ぎたくないんだよ。俺は今、泳いだり日焼けしたりする気分じゃないんだ」とヒロ。
ユートは「はぁ? 冗談だろ? 海に来て泳がない奴がいるかよ」と呆れた。
二人がそんな話をしていると、着替えを終えたリカが戻ってきた。
彼女の水着は真っ白なビキニで、美しい金髪はポニーテールに結ばれていた。
「タダーン! ヒロ、ユート、どうかな?」
ヒロとユートは同時に、生返事で答えた。
「「ああ、うん、いいんじゃない」」
リカは二人の頭をポカッと叩き、「この薄情者たち! 『いいんじゃない』って何よ! あんたたちの同情なんか求めてないわよ!」と怒った。二人はリカの気迫に怯え、思わずお互いにくっつき合った。
しかし、そのリカの後ろからシルヴィアが姿を現した。
彼女はひどく恥ずかしそうに、左手で右腕を隠すようにしながら、おずおずと歩いてきた。彼女が身にまとっていたのは、黒を基調に紫色の刺繍が入ったビキニだった。燃えるような赤い髪がその華奢な体へと流れ落ち、肌は雪のように白く輝いていた。彼女の体つきはとても大人びており、およそ16歳の少女のものとは思えなかった。
それを見たヒロトとユートは、同時に鼻血を噴き出した。
シルヴィアは顔を真っ赤にして、「み、見ないでちょうだい!」と恥ずかしがった。
その瞬間、リカはヒロトの頭に砂遊び用のバケツを、ユートの頭にはビニール袋をすっぽりと被せた。
「次に見たら、本当にぶっ殺すからね」
二人は震え上がりながら、「「ご、ごめんなさい……」」と謝った。
周囲にいた人たちからも、「わあ、あの赤髪の子、めちゃくちゃ美人だな!」「隣の金髪の子もすごく可愛い!」と感嘆の声が漏れていた。
しばらくして、リカが立ち上がった。
「さあ、泳ぐ時間だよ! ミュウキン、行こう!」
「ええ、分かったわ」シルヴィアはリカと手を繋いで海へと入っていった。
ユートも立ち上がり、「さて、俺は『ハンティング』の時間だ」と言った。
「ハンティングって何だよ?」とヒロ。
「お前は引っ込んでろ」ユートはそう言い残すと、自分より年上に見えるお姉さんたちのグループへと向かっていった。ヒロは「本当にお前は救いようのない奴だな……」とため息をついた。
海の方からリカが叫んだ。
「ヒロ、あんたは泳がないの? シャツなんか着てたら本当に暑いよ!」
その時、シルヴィアが海の中からヒロに向けて、明らかに「(脱いだら)殺すわよ」という強烈な殺人レーザーのような視線を送ってきた。
ヒロは冷や汗をかきながら、「いや、いい! 俺は体調があんまり良くないんだ!」と誤魔化した。
リカは「ふーん、まぁいいや、損してるよ!」と言って、また海へと戻っていった。
シルヴィアとリカは海の中で楽しそうに水の掛け合いをして遊び、ユートは年上のお姉さんたちをナンパしていた。一方、ヒロは猛暑の中で一人、汗をかきながら留守番をしていた。
(クソ、なんであいつが楽しんでる間、俺がこんな暑い思いをして隠れてなきゃいけないんだよ……)
愚痴をこぼしたヒロだったが、ふと海の方を見た時、シルヴィアの純粋で無邪気な笑顔が目に留まった。それを見た瞬間、彼のイライラはすっと消えていった。
ヒロはバッグからライトノベルを取り出した。
「念のために持ってきて正解だったな」
彼は小説を読み始め、やがて心地よい波の音に包まれて、深い眠りに落ちていった。
海で遊んでから1時間が経過した。
海から上がってきたリカが言った。
「ミュウキン、もう上がらないの? 私、何か食べ物を買いに行ってくるね」
「私はもう少し泳いでいるわ」とシルヴィア。
「分かった!」
そこへユートも戻ってきた。リカが「終わったの? 連絡先はゲットできた?」と聞くと、ユートは「もちろん」と不敵に笑った。「相変わらず早技ね。じゃあ、一緒に食べ物を買いに行こう」とリカが言い、二人は出店へと向かった。
シルヴィアは一人で海に残り、ヒロは砂浜で眠っていた。
シルヴィアが一人で泳いでいると、突然、ガッシリとした体格の男の体にぶつかってしまった。
男は「おい、前を見て泳げよ」と怒鳴ったが、シルヴィアの顔を見るなり、その表情をニヤつかせた。
「お、めちゃくちゃ可愛い子じゃん。ねえ、一緒に遊ばない?」
シルヴィアは無視して、「ごめんなさい」と言って立ち去ろうとした。しかし、男はすかさず彼女の手首を掴んだ。
「待ちなお姉ちゃん、そんなに急ぐことないだろ? 楽しもうぜ」
シルヴィアは男の手を強く振り払った。
「触らないで! 二度と私に触らないでちょうだい!」
彼女は男たちから距離を置こうと、ゆっくりと後ろに下がり始めた。しかし、パニックになっていた彼女は、自分の足がもう海底の砂に届いていないことに気づかなかった。
突然、シルヴィアの体が水の中に沈み、彼女は激しく溺れ始めた。彼女は泳ぎ方を知らなかったのだ。
「助け……て……!」
シルヴィアは必死に助けを求めたが、男とその仲間たちは、溺れる彼女を冷酷に見つめながらあざ笑った。
「自業自得だな、生意気な女め」そう言い捨てると、男たちは去っていった。
シルヴィアは水中で激しくもがき、息ができなくなっていった。
「助けて……!」
恐怖とパニックのあまり、魔法を使おうとしても意識が集中できず、発動しなかった。
(ヒロ……ヒロ、助けて、ヒロ……!)
しかし、彼女がいるのは海岸から遠く離れた深場であり、ヒロは砂浜で眠ったままだ。
その時、眠っていたヒロは、首の後ろのタトゥーがまるで焼き ironを押し当てられたかのように激しく燃えるような熱さを感じ、飛び起きた。
「シルヴィア……!」
ヒロは本能的に彼女の名を叫び、周囲を見回した。ちょうどユートとリカがフードスタンドから食べ物を持って戻ってきたところだった。
ヒロは二人の肩を激しく掴んだ。
「シルヴィアはどこだ!?」
リカは驚いて「えっ、どうしたの? 彼女ならまだ海で泳いでるよ……」と答えた。
その瞬間、遠くの周囲の人々が騒ぎ始めるのが聞こえた。
「おい! あの奥の方で赤髪の女の子が溺れてるぞ!」
ヒロの顔から一瞬にして血の気が引いた。ユートとリカが慌てて海の方を振り向いたその隙に、ヒロは自分のシャツを勢いよく引きちぎるように脱ぎ捨てた。
二人が見たヒロの首の後ろには、シルヴィアのものと全く同じタトゥーが、不気味に、そして激しく光り輝いていた。
ヒロはそのまま海へと飛び込んだ。その瞬間、不思議なことに、自分の体が信じられないほど軽く、そして強くなっているのを感じた。タトゥーの共鳴が彼に力を与えていた。ヒロは驚異的なスピードで水を掻き分け、シルヴィアの元へと泳いだ。
水面下深くへと沈んでいくシルヴィアの意識は、薄れかけていた。
(私は……こんなところで死ぬのね……)
走馬灯のように、この1ヶ月間にヒロと一緒に過ごした美しい思い出が脳裏をよぎった。彼女は切なく微笑み、ゆっくりと目を閉じようとした。
その時、水面から自分に向かって飛び込んでくるヒロの影が見えた。
(ヒロ……)
シルヴィアは最後の力を振り絞って手を伸ばし、そして完全に意識を失った。
ヒロは彼女の手をガシッと掴むと、力強く水面へと引き上げた。
水面に顔を出したヒロは息を荒げながら叫んだ。
「シルヴィア! シルヴィア、目を覚ませ!」
しかし、彼女からの返答はない。ヒロは彼女を抱え、全力で砂浜へと泳ぎ戻った。
浜辺では、リカとユートがパニックになって待っていた。リカは激しく泣きじゃくっている。
ヒロはシルヴィアを砂の上に寝かせ、すぐに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を開始した。彼女の胸に耳を当て、呼吸を確認する。
「頼む、生き返ってくれ! 起きてくれ、このおバカさん!」
しかし、反応はない。ユートの腕の中で泣き叫ぶリカの姿が視界に入る。もう一刻の猶予もなかった。
ヒロは意を決し、シルヴィアの唇に自分の唇を重ね、力強く息を吹き込んだ。
人工呼吸を1回、2回、3回と繰り返したその時――シルヴィアが激しく咳き込み、口から水を吐き出した。
彼女の目がゆっくりと開いた。
シルヴィアが顔を上げた瞬間、ヒロは彼女の体を折れんばかりの力で強く抱きしめた。彼は大粒の涙を流しながら、声を詰まらせて泣いていた。
「この大バカ者……! なんで俺を置いて行こうとするんだよ……!」
ヒロは人目もはばからず激しく泣いていた。シルヴィアは驚き、信じられないという表情を浮かべたが、やがて彼の背中にそっと両手を回し、彼を強く抱き返した。
そして、彼女の目からも涙が溢れ出した。
「ヒロ……私、本当に怖かった……海が、すごく怖かったの……」
周囲の群衆が静まり返り、砂浜で強く抱き合う二人を静かに見つめていた。




