駅前バトル、そして海へ
午前11時、ヒロは水着やタオルのほか、サングラス、日焼け止め、そして軽食といった荷物をバッグに詰め込んでいた。
ヒロは額の汗を拭いながら呟いた。
「日焼け止めよし、サングラスよし、軽食よし、飲み物よし……。よし、水着も準備万端だな」
今日のヒロは、黒い薄手のスポーツパンツに普通の白いTシャツというラフな格好をしていた。
ヒロは部屋に向かって声をかけた。
「シルヴィア、準備はできたか?」
シルヴィアは自分のバッグを整えながら、「ええ、すべて準備できたわ」と答えて部屋から出てきた。
そして、用意された荷物を見て不思議そうに尋ねた。
「それにしても、どうしてそんなにたくさん軽食があるの? 向こうにお店はないわけ?」
ヒロは彼女の目の前で人差し指を立てて言った。
「あっちの店は物価がめちゃくちゃ高いんだよ! だから自分たちで持っていった方が絶対にいい。よし、行こう」
ヒロがバッグを持ち上げて時計を見ると、時間は11時15分だった。
「12時に待ち合わせだからな」
二人は外に出て歩き始めた。シルヴィアは昨日買った水着の上に白いサマードレスを羽織り、シルクのような赤い髪をなびかせて夏のサンダルを履いていた。
シルヴィアが「ねえ、そっちの海って綺麗なの?」と尋ねると、ヒロは「ああ、この街の海は綺麗で有名なんだ。絶対に気に入るよ」と答えた。
二人が歩いていると、突然、バッグを抱えたリカが後ろからヒロの頭をポカッと叩いた!
リカは今風のオシャレな夏服に、上に花飾りがついた麦わら帽子、そして素敵なサンダルを履いていた。
「ちょっと、このバカ! なんで待っててくれなかったの!?」リカは怒った。
「えっ、リカ? お前、実家に帰ったんじゃなかったのか?」とヒロは驚いた。
「帰ってないよ! 昨日、一緒に待っててって言ったじゃん!」
ヒロはハッと思い出した。昨日の彼は、読んでいるライトノベルに夢中になりすぎて、彼女の話を全く真面目に聞いていなかったのだ。
「あ、本当にごめん……」
リカは呆れて「本当にあんたってバカね!」と言った。
それからリカはシルヴィアの方を向き、優しい声で「ミュウキン、本当に綺麗だよ!」と言って、シルヴィアにぴったりと抱きついた。そしてヒロを遠ざけるようにして自分が真ん中に立ち、三人で歩き始めた。
駅に到着すると、そこにはすでにユートがいた。彼は中国の龍の模様が入った黒いショーツに白いシャツを着て、日よけの帽子を被っていた。
ユートが顔を上げると、帽子から覗く白い髪の毛先が際立って、通り過ぎる女の子たちがみんな彼を振り返るほどの超イケメンだった。
「あ、みんな来たね。ヤッホー、ミュウキちゃん。リカちゃんも元気?」
ユートはそう言うと、今度はヒロの方を見て急に飛びかかり、ぎゅっと抱きついた!
「寂しかったよ、ヒロぉ!」
ヒロは全身を硬直させ、ドン引きしながら言った。
「な、な、何すんだよこのバカ! 日射病で頭がおかしくなったのか!?」
ユートは抱きついたまま、ヒロの耳元で囁いた。
「頼むから話を合わせてくれ! ナンパの女の子たちがしつこくて離れてくれないんだ。男が好きで、彼氏がいるって嘘をついちゃったんだよ……」
ヒロは目を丸くした。
「はぁ!? ユート、それ人生で聞いた中で最低の言い訳だぞ……。まぁいい、合わせてやるよ」
リカはジタバタと地面を足で踏み鳴らしながら、「ちょっとユート! ヒロから離れてよ、気持ち悪い!」と叫んだ。シルヴィアは二人の様子をじっと見つめていたが、何が起きているのかさっぱり理解できていなかった。
そこへ、厚化粧で派手な色のちぐはぐな服を着た、ギャル風の女の子が近づいてきた。
「へぇー、これがアンタの彼氏なんだ?」
ギャルがヒロにさらに近づいてくる。ヒロは一歩後ろに身を引きながら、「あ、ああ、そう。俺がユートの彼氏だけど……」と言った。
その瞬間、リカとシルヴィアの顔が真っ赤になり、二人はギャルの前に立ちはだかった。そして同時に大声を張り上げた。
「「今すぐヒロから手を離しなさい!!」」
ギャルの友達も口を挟んできた。
「おやおや〜? イケメンくんの彼氏さん、ずいぶんとモテモテじゃん?」
すると、リカとシルヴィアの口調が一変し、声を揃えて言った。
「「モテるわけないでしょ! 誰がこんなバカを好きになるのよ!」」
ギャルたちは大爆笑し始めた。
「ウケる! 確かにそうだよね、不細工だし、ただの負け組オタクって感じ。ねえ、イケメンくん、なんでこんなの彼氏に選んだわけ?」
みんながギャルやユートに気を取られている中、ヒロだけは全く別の異変に気づいた。
シルヴィアの手が、怒りでボウッと光り始めていたのだ!
彼女は普段ヒロを嫌って見下しているものの、他世界の人間がヒロを侮辱することだけは、彼女の騎士としてのプライドが許さなかった。彼女は今まさに、魔剣を召喚しようとしていたのだ。
ヒロの顔からサーッと血の気が引いた。魔剣が現れる寸前、ヒロはシルヴィアの手をガシッと掴んだ。シルヴィアは一瞬ビクッとしてヒロを見た。ヒロは青ざめた顔を必死に横に振りながら、「ダメだ、ダメだ! 絶対にここでやるな!」と目配せした。
そこへリカが割り込んだ。小柄なリカは、身長差のあるギャルの前に毅然と立ち塞がり、言った。
「よーく聞きなさい! 確かにヒロはバカで、変態オタクで、何一つ役に立たないかもしれないけど……」
「おいリカ、お前は俺の味方なのか敵なのかどっちだ!?」と後ろからヒロがツッコミを入れる。
「……だけどね! ヒロをバカにするのは絶対に許さない! 彼は私が人生で出会った中で、誰よりも気高くて優しい人なんだから!」
ギャルはリカの気迫と、後ろにいるシルヴィアの鋭い眼光に気圧され、「チェッ、もういいし。趣味悪っ」と吐き捨てると、友達を引き連れて雑踏の中に消えていった。
リカとシルヴィアは深くため息をついた。ユートは深々と頭を下げて謝った。
「みんな、本当にごめん。僕のくだらない嘘のせいで巻き込んじゃって……」
リカは笑顔で「気にしないで、ユート。私たちは友達でしょ」となだめた。
今度はユートがヒロに近づき、今度は本物の友達としてのハグをして、「本当にありがとう、ヒロ。今回はマジで助かったよ!」と感謝した。
ヒロはユートの耳元でボソッと囁いた。
「まぁ気にするな。その代わり、後で俺たち全員分ののアイスクリーム、お前の奢りだからな?」
ユートは苦笑いしながら、「えっ、あはは……分かったよ!」と答えた。
そして、四人は海へと向かう電車に乗り込んだ。ガタゴトと揺れる車内、シルヴィアは窓の外を眺めながら、自分の魔力を止めてくれたヒロの温かい手の感触を、ほんの少し思い出していたのだった。




