第11話:「暴走する固定電話と、波乱のダブルデート!?(仮)」
ガチャリ、と実家のドアが開くと、そこには41歳という年齢を感じさせない、ショートカットの美しい金髪の女性が立っていた。腕にはまだ小さな赤ん坊を抱いている。
「あら、リカ。おかえり、入りなさい」
「ただいま、お母さん。元気にしてた?」
リカは玄関で靴を脱いで上がると、買ってきた荷物をキッチンに置き、リビングのソファへと向かった。家の中はいかにも日本の伝統的な佇まいを残しつつも、どこか現代風にリフォームされた落ち着く空間だ。
母親が赤ん坊をあやしながら、テレビをつけてリカの隣に腰掛けた。
「最近はどう? 元気にやってる?」
「うん、私は別に普通だけど。そっちは?」
「はぁ……聞いてちょうだい。この子が全然寝てくれなくて、お母さん寝不足よ」
「あはは、お母さんも大変だね。そういえば、お父さんとリュウは?」
「ああ、あの二人は近くの公園に遊びに行ったわよ」
「そっか」
リカがスマホをいじりながらテレビを眺めていると、母親が不意に、何気ないトーンで尋ねてきた。
「ねえ、リカ。……ヒロト君は元気にしてる?」
ビクゥッ!! とリカの身体が激しく跳ねた。手から滑り落ちかけたスマホを、空中で必死にジャグリングするようにキャッチする。
「な、ななな、何言ってるのよお母さん!? どういう意味!?」
母親はいたずらっぽくクスリと笑うと、リカの背中をポンポンと力強く叩いた。
「隠さなくてもいいのよ。田中さん(ヒロトの母親)から全部聞いたわ。ヒロト君が高校に通いやすいように、近くのマンションで一人暮らしを始めたって。リカが引っ越した時期と、場所も全く同じなんですってねぇ?」
リカの顔は一瞬で沸騰したように真っ赤になった。
「ぐ、偶然よ! ただの、本当にただの偶然なんだから!」
「あら、本当に偶然かしら? 昔からリカはヒロト君にベッタリだったものねぇ」
「お母さん、もうやめてよ!」
リカは恥ずかしさのあまり、床をドタバタと踏み鳴らした。母親は楽しそうに笑いながら続けた。
「で、彼は元気なの?」
リカはぷいっと顔を背けた。
「……元気よ、相変わらず」
「ふーん。あの子、最近はアルバイトも始めたらしいじゃない。すっかり自立した男の子になっちゃって」
「そこが問題なのよ! バイト代でロクでもないオタクグッズばかり買い漁ってるんだから!」
「ふふ、まああの子らしいわね」
母親は立ち上がり、リカに微笑みかけた。
「さあリカ、夕食の準備を手伝って。お父さんたちももうすぐ帰ってくるわ」
「はーい」
一方その頃、ヒロトの部屋では――。
ヒロトはバイトへ行く準備を整えながら、真剣な顔でリビングを指さしていた。
「おい、よく聞けよシルヴィア」
「何よ?」
シルヴィアが不審そうに近づくと、ヒロトは固定電話(お留守番用の家電)を指し、自分の携帯番号を書いたメモを手渡した。
「これ、文字は読めるか?」
シルヴィアの顔が瞬時に怒りで引きつり、メモをひったくった。
「私をバカにしてるの!? 異世界人だからって無知だと思わないでちょうだい、この無礼者!」
「わかったわかった。じゃあ見とけよ」
ヒロトは電話の使い方を実演してみせた。「いいか、こうやって……よし、試してみろ」
シルヴィアがおずおずとボタンを押すと、ピ・ポ・パ……と音が響き、直後にヒロトのポケットのスマホが鳴り響いた。
シルヴィアは驚愕のあまり目を見開いた。
「す、凄いわ……! 伝書鳩や通信の鷹よりも遥かに速くて正確じゃない!」
「ハハ、そりゃどうも。じゃあ俺は行くから、何かあったらこれに電話しろよ」
ヒロトは自転車に跨り、バイト先へと向かった。
走行中、ポケットのスマホが激しく振動した。
『はい、もしもし?』
『……私よ。本当に繋がるか試してみただけだから』
『わかったから、切るぞ』
バイト先に到着し、制服に着替えた直後、またしてもスマホが鳴った。
『おい、今度は何だよ?』
『私よ、シルヴィアよ。ピザが食べたいわ!』
『おいシルヴィア、いい加減にしろ! 俺は今から仕事なんだ、携帯は禁止されてるの! 帰りに買ってってやるからもうかけるな!』
ヒロトは半ばキレながらスマホをロッカーに放り込み、業務に戻った。
一時間後――。バイトの同僚の女の子が声をかけてきた。
「田中くん、ロッカーの中でスマホがずっと鳴り響いてるよ?」
「す、すみません!」
ヒロトは怒り心頭でロッカーを開け、通話ボタンを押した。
「シルヴィア! いい加減にしろって――」
『……は? シルヴィアって誰だよ。頭大丈夫かヒロト』
聞こえてきたのは、野太い少年の声。ユートだった。
「あ、あれ……ユート? お前かよ……」
『「シルヴィア」って、まさかお前、ゲームのキャラクターが電話してきたとでも妄想してんのか? バイトのストレスでついに狂ったか?』
「あ、あはは……。そう、バイトの疲れだよ。ほら、画面の見すぎ的なさ……」
ヒロトは冷や汗を拭った。
『まぁいいや。お前、明日バイト休みだろ?』
「あ、いや、明日はちょっと――」
『言い訳は却下な。明日、俺とリカと三人でゲーセンで遊ぶ約束だろ。あ、それから「ミユキちゃん」も絶対に連れてこいよ!』
「え? ちょっと待て、ミユキは――」
『じゃあ明日な! 遅れるなよ!』
ブツッ、と非情にも通話は切られた。
「クソッ……危うくバレるところだった……」
夜遅く、バイトを終えたヒロトは約束通りピザを2枚購入し、帰宅した。
ドアを開けると、部屋の中は不気味なほど静まり返っていた。
床を見ると、シルヴィアが力尽きたように倒れている。
「シ、シルヴィア!? おい、どうしたんだ、何があった!?」
ヒロトが慌てて駆け寄ると、シルヴィアはよだれを垂らしながら、弱々しく顔を上げた。
「……お腹が空いて死にそうよ……ピザはどこ……?」
「……人騒がせな奴め、本気で焦っただろ。ほら、買ってきたぞ」
その瞬間、シルヴィアは信じられない瞬発力で飛び起き、ヒロトを突き飛ばしてピザの箱をひったくった。
むしゃむしゃと猛烈な勢いで食べ始める。
ヒロトも呆れながらソファに座り、2枚目の箱を開けて一切れ口に運んだ。
シルヴィアを見ると、口に一切れ、右手に一切れ、左手に一切れという、とんでもない三刀流スタイルで食い意地を張っている。
「……なぁ。普通の人間みたいに食えよ。マジで野生のモンスター(وحش)みたいだぞ」
「むぐも(うるさいわね)」
「それより、大事な話がある。明日、外出するぞ」
シルヴィアはピザを咥えたまま、不思議そうに首を傾げた。
「……どこへ行くのよ?」
「フッ、それは明日のお楽しみだ」
ヒロトの不敵な笑みに、シルヴィアは怪訝そうな視線を向けるのだった




