第3話 バズりの兆しと未知の味
ダンジョンを立て直す――というルリスの突拍子もない提案に、俺は完全に硬直していた。
あまりの衝撃に言葉を失っていると、手元で握りしめていたスマートフォンが、ブルブルと微かに震えたような気がした。
何気なく画面に目を落とした俺は、その瞬間、心臓が口から飛び出るかと思うほどの衝撃を受けた。
(あ、配信を切り忘れてた……!)
画面の向こうでは、さっきまで真っ白だったコメント欄が、信じられないほどの猛スピードでスクロールしていた。
「え、待って、今の腹の虫の音ガチ?」
「ロリっ子かわええええええ!」
「てかインスタント飯に感動するダンジョンマスター草」
「ポカリは魔法の霊薬だった……?」
「おい同接が三十から五百に跳ね上がってるぞ!?」
「まとめサイトから来ました」
スマートフォンが熱を持って処理落ちしそうなほどの勢いで、次から次へと見知らぬ人たちの言葉が滝のように流れていく。
画面の隅にある同時接続数の数字は、さっきまでの『ゼロ』や『一』が嘘のように、瞬く間に三百、五百と跳ね上がっていた。完全にバズっている。
「ど、どういうことだこれ……」
俺が冷や汗を流しながら画面を凝視していると、ルリスが不思議そうに首を傾げた。
そして、俺の足元に置いてあったリュックへとトコトコと近づき、勝手に中身を漁り始めたのだ。
「む? トーキよ、この黒い液体が入った筒はなんじゃ?」
ルリスが引っ張り出してきたのは、俺が自分用に買ってあった缶コーラだった。
「あ、それはコーラっていう飲み物だけど……」
俺が注意するが早いか、ルリスは興味津々といった様子で缶のプルタブに指をかけ、パキッと小気味いい音を立てて引き開けた。
途端に、シュワシュワと音を立てて炭酸の泡が弾ける。ルリスはそれを怪訝そうに見つめたあと、意を決したように缶を傾け、ごくごくと一気に口に含んだ。
「なっ、なんじゃこの黒い泡は……! 毒か? 妾を毒殺する気か!? ……ふぐっ、鼻が痛い! だが、なぜか止まらぬ美味さじゃ!」
ルリスは鼻を押さえて涙目になりながらも、その刺激的な味がすっかり気に入ったらしい。またごくごくとコーラを飲み進めていく。
そのあどけない様子を、俺のヘルメットのカメラがバッチリと捉えていた。チャット欄は『炭酸に敗北するロリ主』『かわいすぎるだろ』と、さらに大盛り上がりを見せている。
コーラを飲み終えたルリスは、今度はリュックの奥から黄色い箱を取り出した。
中のアルミ包装を器用に破り、四角い固形物を引っこ抜く。
「この黄色い棒……。地味な見た目をしておるが、噛めば噛むほど力がみなぎってくるぞ!」
それは、俺が非常食用に入れておいたブロック状の栄養食品だった。
モグモグと小さな口を一生懸命に動かしながら、ルリスはすっかり現代のジャンクフードや携帯食料の虜になっている。口の周りに黄色い食べかすがついているのが、妙に可愛らしかった。
チャット欄の勢いはさらに加速し、同接数はついに千人を超えようとしていた。
しかし、ずっとここにいるわけにもいかない。この部屋は事前のダンジョンマップには載っていない未知のエリアだ。これ以上こんな場所で配信を続ければ、管理組織であるギルドや、他の探索者に目をつけられる可能性もある。
「おいルリス、とりあえずここを出るぞ」
「む? どこへ行くのじゃ?」
「俺の家だよ。このダンジョンをどうにかするにしても、まずは作戦会議だ」
「ふむ、相分かった! では、そなたの城へ案内するがよい!」
ルリスは満足そうに胸を張り、俺の後ろをトコトコとついてき始めた。
こうして、配信を切り忘れた底辺探索者の俺は、真っ赤なジャージを着たダンジョンマスターを連れて、ひとまずダンジョンの外へと向かうのであった。
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