その命にことほぎを② フロリアナ視点
「っ!」
———カシャンッ
ゾクンッと不意に全身を襲った緊張に、手に力が入らなくなり、するりと落ちたカトラリーが皿にあたり不快な音を立ててしまい、一緒に食事をしていた皆さまの注目を集めてしまった。
すぐさま礼を欠いたことを謝罪すべきなのに、息の詰まるような緊張にうまく声を作る事が出来ない。
「フロリアナ、どうしたんだ? 具合が悪いのか?」
「っぃ、え……。大丈夫、ですわ」
絞り出した声は震えていたかもしれないけれど、新しいカトラリーを用意してもらい食事を続ける間も、わたくしは自分ではどうしようもないような、何とも言えない緊張を抱えていました。
それは食事が終わり、珍しく空き時間が重なり皆さまとお茶をしていてもつきまとい、息苦しさが離れることはなかった。
お母様たちが心配そうにわたくしを伺っていることはわかるけれど、家族やヴィアに向ける以外の無表情よりも硬い表情しか作ることができない……。
「……すぅっ」
息を吸わなければ、と無意識で呼吸を繰り返していたら、今度は逆に苦しくなり眩暈もし始めた時、ヴェスペリオンお兄様が「息を吐け」と背中をさすってくれた。
それでも息がうまくできず、目がチカチカとして苦しくなった時、視界の端でドアが開くのだけが、なぜか鮮明に見えた。
お爺様がそれどころではないと、入って来たパパラチャ侯爵追い返そうとしたのを、わたくしは必死に手を伸ばして止めようとした。
聞かなければいけない。ただ、そう思ったから。
わたくしの思いが伝わったのか、お兄様がわたくしの背中をさすりながら要件を話すよう促してくれたのが分かる。
「タンザナイト小公爵夫人が今朝がた産気づいたとの知らせが入りました」
その言葉に、息を吸いすぎて意識が遠のきかけていたわたくしの呼吸が止まったように感じました。
(いかなくては……)
今すぐに、タンザナイト公爵家へ。ヴィアの元に行かなくては。
その考えが浮かべば、自然に呼吸は整い、体はまだふらつくものの「わたくし、タンザナイト公爵家へまいりますわ」と皆様に宣言しておりました。
こんな時に親類とはいえわたくしが行っていいものではないと、お母様やお兄様は止めましたが、絶対に行くと譲らないわたくしに、それまで静観していたお爺様が「よし!」と立ち上がった。
「であれば、わしが共に行こう。なに、ちょうどルクシオンに届ける重要書類があったのだ。そうだな、デスデリム」
そう言って視線を投げたお爺様に、パパラチャ侯爵は渋い顔をして「はあ……まあ……あると言えば、あるような?」と微妙な答えを返したが、一度部屋を出て戻ってくるときには、しっかりと書類を携えていました。
「……本気で行くつもりですか?」
「当たり前だ。重要案件だからのう! さあ、いくぞフロリアナ!」
「は、はい!」
お爺様はそう言って、意気揚々と歩き始めたお爺様にわたくしは慌ててついて行った。
背後ではお母様たちが呆れたようにため息をついていたけれど、とにかくわたくしは胸に巣食う緊張に、早くタンザナイト公爵家へ行くことだけを考えた。
タンザナイト公爵家につけば、先に知らせを受けていたからか、何度も会ったことのある執事長が迎えてくれたけど、その表情には緊張が見えて、わたくしは生まれてくる子供のことよりも、ヴィアは大丈夫だろうかという焦燥感にかられた。
案内された部屋は産室とした部屋から少し離れたところで、扉を開ければすぐさま貴族らしくお爺様とわたくしを出迎えてくれた。
「ヴィアっ」
「フィリー、そんなに慌てて……私はここにいますよ」
にっこりと微笑んでいるヴィア。でも、その口元は硬く見え、顔色もいつもよりすぐれない気がする。
なによりも……。
(震えている……)
握りしめた手が、本当に僅かだけれど震えていることに気づいた。
きっとヴィア本人すら気づいていないかもしれない程度の、本当に僅かな震え。
「ヴィア、大丈夫ですの?」
「大丈夫ですよ?」
いつも通りの笑み、いつも通りの声。けれども、いつもよりも僅かに硬いそれらは、ヴィアが緊張や不安を抱いている証拠だった。
今こうしている間も、タンザナイト小公爵夫人は産室でお産に苦しんでいるかもしれない。
もしかしたら母子ともに命の危険が迫ってしまうかもしれない。
以前、ヴィアの前世の世界では医療というものはとても発展していたけれど、出産が命がけなのは変わらなかったと話していたのを思い出す。
それを知っているヴィアが、医療が発展していないこの世界で母親が弟妹を出産するこの瞬間、不安と緊張を抱かないはずがない。
「……わたくしが、いますわ」
「え? ええ、そうですね?」
(大丈夫、ヴィアの不安も緊張も全てわたくしも共有しますわ)
ソファーに座って、ヴィアの腕が震えないように、離さないというように力を込めて抱き込めば、自然とヴィアの震えが止まっていくのを感じた。
どれだけの時間が経ったのか、時折ヴィアがお茶や食べものを進めてきたけれども、わたくしは無言で拒否し、ただヴィアの震えを受け止めていた。
実際にヴィアはもう震えていなかったけれど、わたくしが離れたらきっとまた気づかれないように震えるに決まっている。
なぜかそう確信できた。
だから、ただただ祈らずに願う。
母子ともに無事であることを……。
「えっと、フィリー?」
ヴィアが再びわたくしに声をかけてきたその瞬間、赤ん坊の泣き声がわたくしの耳に届き、ヴィアの息を飲んで止まったのが分かった。
そして、わたくしも同時に息をつめてしまっていた。
「「っは……」」
ほんの数拍の間止まっていた息は、ヴィアのものと同時に震えて吐き出され、次の瞬間にはタンザナイト小公爵がテーブルに足をぶつけながら駆け出したのが見えた。
ぶつかった衝撃で、テーブルの上に載っていた茶器や皿が落ち、床の上でけたたましい音を立てて割れる。
赤ん坊の泣き声が聞こえる中、部屋の中では誰も言葉を発せずにいたけれど、タンザナイト公爵が「はぁ」と安堵の息を吐き、お爺様が「お前でも緊張することがあるのか」とからかいの言葉を投げてやっと、部屋の中の空気が緩んだように感じる。
「わたくしたちも孫を見に行きましょうか」
タンザナイト公爵夫人がそう言って立ち上がろうとしたけれど、一瞬力が抜けたように腰が落ち、一度深く息を吐いてから再び立ち上がった。
一番平然としていたタンザナイト公爵夫人も、緊張と不安を押し殺していた。ただそう理解できた瞬間だった。
案内された部屋には、ベビーベッドの中でさらに専用の柔らかそうなおくるみに包まれた赤ん坊がいて、ヴィアと一緒に台に乗って覗き込んだわたくしは、思わず歯を食いしばってしまった。
何度も何度もループを繰り返して、たくさんの人と何度も出会ってきた。
嫌われ、愛され、大切にされ、裏切られ、恨まれ、絶望してきた人生のなかで出会ったたくさんの人々。
何度も何度も同じ人々と出会いを繰り返してきた。
けれどこの子は、目の前にある子の存在は……正真正銘、初めて出会う存在。
「初めまして、弟君。私も皆さまも貴方に会うのを待っていましたよ」
優しいヴィアの声に、わたくしは知らずに涙を流していた。
赤ん坊の手に自分の指をにぎらせていたヴィアが「ほら、フィリーも挨拶をしてくださいな」と言うので、わたくしは恐る恐るヴィアの手に自分の手を重ねるように差し出す。
「っ!?」
すぐさま、ヴィアの指ではなくわたくしの指を掴んだ赤ん坊。
「あら、フィリーのことが好きみたいですよ」
少し嫉妬してしまいそうと笑うヴィアに、わたくしはうまく言葉を返せず、じっと赤ん坊を見て無意識に涙を流したまま笑みを浮かべていた。
「初めまして、生まれて来てくれて嬉しいですわ」
その瞬間、カチリと時計の針が動いたような、歯車が回りだしたような音が聞こえた気がした。
アストリアンも初めて会った存在じゃない? という野暮は言ってはいけません。
フロリアナにとってアストリアンは「ヴィアの奪うかもしれない侮れない敵と書いてライバルと読む」存在です。
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こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。
あ、この作品のPVあります。
見ていただけるとヒャッホーーーーーーーーーイって飛び上がった末の感謝の土下座をします(イマジナリーで!)
↓ こちらです。楽曲もオリジナルです!歌詞頑張りました!
https://youtu.be/lGgzV-qP2d4?si=qfMnJDU_K_SPcavB
↓ 曲 2バージョンあります(歌詞は同じです)
https://youtu.be/0_eG4LgSRxc?si=sVh6MfslAAvzeO6r
https://youtu.be/6nR6zqxGNPY?si=SRqlyHR7kBCSOvNL




