無知の罪①
わたくしの最初の記憶は、今となっては刷り込みの無意味な希望に縋っていた人生でしたわ。
正式な皇太子として過ごす上のお兄様に、嫉妬心を燃やす双子の兄と母のストレス発散の対象。
それがわたくしでした。
けれども、耐えていればいつかわたくしを愛してくれると、信じておりましたわ。
機嫌がいい日は、優しくはなくとも暴言を吐かれることはなかったし、暴力を受けることもありませんでしたの。
今となっては、それが当然のはずですのに、幼いころからの刷り込みというのでしょうね。
「お前の髪を見ていると、虫唾が走るのよ。その眼の色もっ!」
そう言って髪を掴まれ、手に持った鋏で切り刻まれた髪。
冷たい刃物がすり合う音、断ち切られた髪が床に無造作に投げ捨てられる音。視界に増えていく自分の金色の髪に、わたくしの心は冷たく凍てついていくのを感じておりましたわ。
いつしか涙すら出なくなった時には、もうあの人から愛情を受けることはないのだとわかっていたのだと思いますわ。
あの人も双子の兄も、色鮮やかな赤い髪に緑色の瞳。
わたくしの金髪にペツォッタイト色の瞳とは全く異なっていて、双子として生まれていなければ、どんな扱いを受けていたかわかりません。
それでも、わたくしは大人しく、二人に言われるがまま過ごしておりましたわ。
第一王女として、日陰に生きていたわたくしでしたが、最初にそんなわたくしに声をかけて下さったのは、オイドクシ公爵家の養女、アウリティアでしたわ。
そう、ヴィアの異母妹、ですわね。
■ ■ ■
「ねえ、わたしたちお友達になりましょう」
あの人に言われて無理に参加させられたお茶会で、第一王女だというのに壁の端に張り付くようにしたまま、ただ時間が過ぎるのを待っていたわたくしに、そう声をかけてくださいましたの。
それまで、離宮の使用人にすら蔑ろにされていたわたくしは、友達になろうという申し出に胸の高鳴りを感じました。
わたくしを好意的に見て下さる人が現れたのは、初めてだったのですもの。
それが、わたくしをただ利用するための言葉だと、わかりもせずに……。
わたくしに友人が出来たとなれば、あの人や双子の兄が黙っているわけもなく、当然アウリティアに接触を始めましたわ。
それが彼女の目的だったのですが、双子の兄は見事にアウリティアの術中にはまり、あっという間に恋人関係になってしまいましたの。
今にして思えば、つたない誘惑に抵抗できない双子の兄にあきれるばかりですが、当時のわたくしは初めての友人が愛している人と想いを通じ合わせることが出来、その相手が自分の双子の兄という事実にただ喜んでおりましたわ。
けれども、それがすでにわたくしの最初の人生の終焉を意味していたのでしょう。
二人が付き合いをはじめてしばらくして、オイドクシ公爵家に一人の令嬢が引き取られました。
そう、幼いころに誘拐されたオイドクシ公爵家の令嬢、ヴィヴィアナですわ。
亡くなった前妻の面影を残す美しい令嬢。オイドクシ公爵の黒髪の内側に隠された青い髪と、タンザナイト公爵家の血筋を意味する青い瞳。
誘拐されて以降、下層民として貧しい暮らしをしていたとはいえ、その品は失われることなく、逆に平民として暮らしていたからなのか、普通の貴族令嬢にはない気安さとでもいうのかもしれませんわね。
男女問わず、多くの方々がヴィヴィアナという令嬢に惹かれていきました。
その中に、わたくしの双子の兄も含まれておりましたわ。
「お兄様……。アウリティアという恋人がいながら、その義姉であるオイドクシ公爵令嬢と二人で出かけたというのは事実なのですか?」
アウリティアが涙を流し、わたくしに双子の兄の不貞を訴えてきたため、わたくしは勇気を出し彼に真偽を問いただしました。
彼女は本気で双子の兄を愛しておりましたので、あの涙は心からのものだったと今でも思っておりますわ。
それが、わたくしを動かすための手段に使うためのものだったとしても……。
問いかけたわたくしに返って来た言葉は、「だから?」という短い冷たい音。
くだらないことに時間を使う事の不愉快さを隠さない声音は、しばらくなかったわたくしへの暴行の気配を思い出させ、思わず心臓に杭を打たれるような寒気が走りました。
双子の兄の言葉には罪悪感はなく、なにも悪いことなどしていないという傲慢なものでしたわ。
婚約寸前とまで言われていたのに、双子の兄の心変わりはあっという間に貴族の間に広まり、アウリティアは悲劇のヒロインと囁かれるようになりましたわ。
ええ、彼女は義姉であるヴィヴィアナが、わたくしの双子の兄を誘惑し、奪ったと吹聴したのです。
それもこれも、長い間オイドクシ公爵家の令嬢として立場を奪うことになってしまっていた、自分への復讐だとそう広めておりましたの。
「仕方がないのよ。だって、お義姉様からしたら、わたしは彼女のものを奪った憎むべき存在。……でも、でも……わたしはっ……」
あの時のわたくしはそう言って涙を流すアウリティアに、心の底から同情をしておりましたが、あの涙には計算も含まれていたのかもしれませんわね。
自分が涙を流せば、わたくしが何か動くとそう確信していたのでしょう。
ええ、そしてわたくしは邪魔者を排除しなくてはと、その考えに囚われ……犯してしまったのですわ。
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あ、この作品のPVあります。
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