伝わっていた
王都から発せられた巨大な光のドームは、遠く離れたベルハイク領さえも包み込んだという。
光が泡沫になり消えた後、光に触れた者達は皆、傷が消え、病が癒え、歩けなかった者は歩けるようになり、目の見えなかった者は目が見えるようになっていた。
ただ……光の中心にいたリナフィアを除いては。
レイスが、意識のないリナフィアを抱えて王宮へと戻ってきてから三ヶ月が経っていた。
しかし、リナフィアは未だ目を覚まさない。王妃宮の寝室で静かに眠ったままである。
もしやこのまま、と思われてもいるが、王族専属医の診断によると、本当にただ眠っているだけという話だった。
「王妃はまだ目を覚まさぬ。もう建国際まで半月というのに。各国の賓客を招いて、我が王国の繁栄と強固さを示威する機会だというのに、聖女である王妃が伏せったままであると分かれば、侮られるやもしれぬな」
「妃殿下がいつ目覚めるか分からない、このような状況では仕方ありませんな。速やかに、新たな王妃様を立てるべきでしょう。幸いなことに、聖女様はもう一人おりますから」
議会の席で、ルーベントの発した言葉に、バルバリード公爵が意気揚々と相槌を打った。しかし、すかさずベルハイク伯爵が反対する。
「しかし、医者の話では妃殿下は眠られているだけとの事。以前、妻に妃殿下が神力を施してくださったときも、丸一日眠られておりましたし、妃殿下の目覚めを待つべきでしょう」
「ハッ! 眠ると言っても限度があるでしょう、伯爵。もし『ただ眠られている』という状態が一年、いや五年、十年と続いたらどうするおつもりか? 目覚める保証がない者に、時間を掛けていれば、それこそ他国に攻め入る隙を与えますぞ」
バルバリード公爵のもっともな意見に、議会の貴族達も賛成する空気を滲ませ始める。
「もちろんその場合、伯爵が責任をもって、侵略者から国を守ってくれるのだろうなあ? なあ、辺境伯殿。最後の一兵が死ぬまで我々を守ってくれる覚悟があって、言っているのだろう? それとも、『愛人』が王妃の椅子にいてくれることが重要なのかな?」
バルバリード公爵はいやらしく口を歪め、顎を上げてベルハイク伯爵を見下ろした。
正聖女派だろう、クスクスと幾人かの貴族達から失笑が漏れる。公爵の『愛人』という発言は、伯爵だけでなくリナフィアへの侮辱にもあたるのだが、場を同じくしているルーベントが怒る気配はない。それどころか、窘めもしないところを見ると、やはり噂を流したのは彼らだということがハッキリする。
いくら慣例で決まった妻だからとしても、ここまで馬鹿にするのか、と伯爵はリナフィアへの同情を禁じ得なかった。
「公爵閣下、私に関してはなんと仰ってもよろしいが、この国を守った方を侮辱するような真似はなさいますな」
「後継をつくりもせず、今まで引きこもっていてなんの役にも立たなかったお飾り王妃が、たった一度、神力を披露した程度ではないか。それに、元々聖女は民のために神力を使うのが役目。であれば役目を果たされただけで、特に敬う必要などあるまい?」
完全にリナフィアを見下した言い方に、机の下で握っていた伯爵の拳に血が滲む。
さすがは貴族の中の貴族であるバルバリード公爵。言葉で語らうより、剣で語らってきた伯爵にとって、舌戦は公爵の方に分があった。
下手にこれ以上発言すると、リナフィアの努力に傷を入れかねないと、伯爵は悔しくも黙するほかないと思ったのだが。
「失礼。妃殿下はなんの役にも立たなかったと聞こえましたが、我が国は、妃殿下がいなければとうに破綻しておりましたよ」
むっくりとした手を控えめに上げた貴族は、財務大臣だった。
この発言には、伯爵や公爵だけでなく、ルーベントまでもが気怠げについてた頬杖から顔を上げて驚きを示した。
議会に参加できる貴族の中でも、大臣という役職が与えられている者は別格である。
直接の国政参与が認められた者達であり、いわば国王の頭脳でもある。とすれば、王妃派か正聖女派かという場合、当然として大臣職の者は皆正聖女派だと思われている。
しかし、今、財務大臣がその共通認識を覆したのだ。
「正直を申しますと、妃殿下の決済要否は的確で、私でも舌を巻くようなこともありました。私以外の大臣もよく訪ねていたようで、彼女の机の上にはいつも、分野問わずの書類が積まれておりましたな」
「それは、王の政務を補佐するのも王妃の務めだから、当たり前だろう!」
ルーベントが財務大臣に噛みつくように、声を荒げた。




