本物の聖女の目覚め
「君たち人間が、ミスラ神と讃えるものの正体だよ」
「え!? でも、ミスラ神は初代の聖女様だったはずじゃ……」
聞こえてくる声は立派に男のものだ。神像は聖女を模しているから、女性の姿をしているのだが。
「人間って馬鹿だよねえ。その初代に力を与えた原初がいるに決まってるでしょ」
「あ、確かに」
すっかり初代聖女を神格化していたから、彼女の持って生まれた力だと思われがちだが、よく考えれば神認定したのは当時のサウザード王国だし、すると元は人間ということになる。
「原初というと、あなたは神……でしょうか」
「まあ、そうだね。君たちの言葉を借りるならそれだよ。にしても本当、人間って馬鹿で愚か。何百年経とうと、ずっと争ってるし。国が違えば争うし、妻の座でも身分の差でも争う。ずーっと喧嘩してばっかりだよね」
神だというに、随分とフランクな喋り方をするものだ。失礼だが、そこらへんの青年と変わらないような気がする。
「あなたが神だというのなら、もしかして、マリアをこの世界に連れてきたのも……」
「そう、僕」
あっさりと言われ腹が立った。マリアが来たせいで、前回は首をはねられ、今回も不愉快な思いをする羽目になっているのだから。
「何故、わざわざ異世界から聖女を連れてきたのです! そのおかげで私がどれだけ苦しんだか!」
姿が見えないため、とにかく上の方へ向かって叫ぶ。姿くらい現せ。なお腹立たしい。
「何言ってんの。全部自分たちの責任でしょ」
「私達のせい?」
「一歩目から間違ってたんだよ。サウザード王国が聖女の力を独占したから、それを狙う他の国と常に戦争になるんだ。もし最初、独占しなかったら? 今頃神力を使える人も増えて、病や怪我で苦しむ人をもっと救えてたかもしれない」
言葉が出なかった。
「でも、それは君たちには今更どうにもできない過去のことだ。だから、僕はもう一度チャンスを与えた。それがマリアだよ。聖女が二人になったんだ。どちらかが……というか、まあマリアの方だけど。彼女をノーディレイ王国に送っていれば、伯爵領の小競り合いもなかったし、一度目で夫人が死ぬこともなかったはずだ」
「それは……」
「結局、全部自分たちの手で平和になるチャンスを潰してるんだよ、人間は。今回の地揺れだって、僕はあらかじめ君には伝えていたはずだよ。二人で協力すれば、君はこんな状態にならずに済んだのに。どうして、人間は全てを争いの種にしちゃうんだろうね。呆れた」
「あらかじめ……って、ああ! そういえば」
この間、教会で祈りを捧げたとき、帰り際に確かに『地揺れ』と聞こえたような気がした。
いや分かるはずがない。せめて単語でなくて、もっと文章で言ってほしいものだ。空耳と思って流してしまった。
「じゃあ、私に二度目の生が与えられた理由は何ですか!? マリアをノーディレイ王国に渡してない今回も、また失敗なんですか!?」
もしかして、もう一度殺され三度目をさせられるのか。マリアがノーディレイ王国に行くまでずっと……首を毎回斬られないといけないのか。
「違う違う。それは君が強く望んだからだよ、リナフィア」
「私が? じゃあ、過去に戻ったのは、私の力?」
「それも少し違う。定命前に死んで神力を使い切らなかった場合、本来使われるはずだった分の神力が溢れ、ひとつだけ奇跡が起こせる――というのは知ってるだろ?」
そうだ。だからその奇跡を目的に、前回は国に蔓延し始めていた流行病を浄化するための生け贄にされたのだから。
「奇跡を起こした神力は僕の力だけど、その奇跡の方向性を定めたのが、君の願いだっただけ。どんな奇跡になるかは、その場で一番強く願われたもので決まるんだけど、君の願いが、あの場の誰よりも強かったんだよ」
思わずリナフィアは鼻で嗤ってしまった。
確かに、自分は『生き返って復讐してやる』とかなり強く思った。だがそれよりも、あれだけ人間が集まっておいて、疫病を浄化してほしいという願いがたったひとりの復讐心に負けるとはお笑い草だ。
どうせ皆、国のことより、自分のことしか考えてなかったのだろう。あの場には、誰よりも国のことを考えなければならない、国王と正聖女がいたはずなのだが。しょせん、あの二人もその程度だったわけだ。
「それで神様。私はこのまま死ぬのでしょうか」
「それは君次第。神力をギリギリまで使ったのは本当だからね。サウザード王国まるごと綺麗すっぽり覆ったんだし」
「王国まるごと!?」
どうやら思った以上に大きい範囲に使ってしまったらしい。確かに細かいことは考えなかったが、それにしても王国全土とは……。
「それじゃあ死ぬわね」
「えぇ、そんな簡単に諦めるの? せっかくやり直しできたのに。また、仕方ないで片付けるつもりなんだ」
どうして先ほどの会話を知っているのかと思うのは、きっと無粋なのだろう。
彼は神なのだから。
「リナフィア、願いなよ。願うことが聖女の本来あるべき姿なんだから」
「願い……」
次の瞬間、ミルク色の世界は光ひとつない夜に覆われた。
◆
どのくらいの間、夜の中にいたのかは分からない。目を開けても閉じても同じ色でつまらないから、ずっと目は閉ざしていた。
ただ、不意にとても良い香りが漂ってきたのだ。甘くて爽やかで優しい香り。
これは――。
「――花、の香り?」
香りに誘われるように瞼を開けると、再び光の世界が広がった。
どうやら自分は寝転がっていたようで、ゆるゆると上体を起こせば、周りには驚きの光景が広がっていた。
一面色とりどり多種多様な花々が精一杯に咲き誇る、美しい花畑。
「ここは……」
どこだろうか、と首を巡らした先、花束を手にして花畑の中に立つひとりの青年と目が合った。彼は藍色の前髪の間から、金色の瞳を、まるで満月のように丸くして覗かせいる夜のような男。
「レイ――」
声を掛けようとした時、ちょうど入り口が開いて、見慣れた女性が入ってきた。彼女の手にも花束がある。
「レイス様、またお花が運ばれてきましたので、こちらも――」
彼女――ミレーネは目の前のリナフィアが起きている光景に、手にしていた花束をぼとぼとと落とした。大きく開いた口は次第にわななき、目は濡れ、眉根がきゅうと絞られる。
「――っ妃殿下がお目覚めになりました!」
踵を返したミレーネは、涙声でそう叫びながら部屋を飛び出ていってしまった。
「ふふ、ミレーネったらあんなに慌てて、どうしたのかしら。ねえ? レイ――」
次の瞬間、リナフィアは青年――レイスの腕の中にいた。
「お帰り……フィア……ッ」
救国の聖女が、三ヶ月の長き眠りから目覚めたという報は、瞬く間に国中へと広まった。




