幕間 王女の誓い
アストリア王国の国王、アズロー・アストリア。
広大な土地を収める権力を持つ彼には、4人の息子と4人の娘がいる。最も大きい者で20代後半、最も小さい者で6歳。
だが、全員が同じ母親から生まれたわけではない。
国王は自分の血を途絶えさせないために、多くの女性と交わって子を残す。
実際、現在の国王アダンには4人の妻がいた。
現在、正室1人で側室3人。
だが噂によれば、側室はもう1人いたらしい。正確には3番目の側室として存在していた女性だ。
だが、その女性は既に死んでいるという。
彼女と国王の間に生まれた子は、数年間に及び存在を隠されていたらしい。国王自ら、隠し子がいると明言した事で存在が発覚したそうだ。
その子の名前は‥‥‥セリカ・アストリア。
「‥‥‥」
突然王族として迎えられた彼女は、何不自由ない生活を送っていた。普通なら幸せだと思うかもしれない。
だが、セリカは違った。彼女にとって、今の生活は苦痛以外の何物でも無かった。
まず、家族を家族と思えない。
第一王子とは、一度も会話をした事が無い。
第一王女も同様だ。
第二王女は顔を合わせる度に嫌味を言われる。
「セリカ、顔色が悪いぞ。王族として、他者に弱みを見せないように意識しろ」
第二王子フリード・アストリア。
彼は比較的普通に話しかけてくるが、生真面目で自他共に厳しい。セリカからすれば放っておいて欲しかった。
「セリカ姉様‥‥‥大丈夫?」
「ええ。でも、遊ぶのは今度ね」
第四王女エフィ・アストリア。
彼女だけが唯一、セリカにとって苦痛無く話せる相手だった。年が幼く純粋で、よく慕ってくれている。
彼女は4番目の側室が産んだ、2番目の子。
「‥‥‥姉様とフリード兄様以外、話すら聞いてくれないの」
彼女もセリカに似て、兄や姉に冷遇されているのだ。はみ出しもの同士、自然と距離が近い。
「あのね、エフィ。全員に好かれようとしても、疲れるだけよ。信頼できる人が1人でもいれば、それでいいのよ」
顔を合わせば、不思議と口から言葉が出る。
王族としての生活で、唯一落ち着ける時間だった。
「それって、エフィにとってのセリカ姉様ってこと?」
「私に聞かれても困るわよ‥‥‥あなた自身の事でしょ?」
セリカは苦笑しながら、見上げてくるエフィの頭を撫でる。彼女だけは妹と思える。
「じゃあ私、調べたいものがあるから。それが終わったら一緒に遊びましょ」
「うんっ!」
もし、この城に災厄が訪れたとしたら。
間違いなくエフィだけは無条件で助ける。
セリカはそう思っていた。
「‥‥‥」
「ぁ‥‥‥」
また第四王子は6歳で最も幼く、話す事も碌にない。セリカは何も言わず、廊下で出会した彼を見ずに歩いていく。
「よう、セリカ。以前にも増して表情が死んでるなぁ。唯一の取り柄である顔くらい、少しは取り繕えよ」
セリカは心の中で舌打ちした。
最も鬱陶しい存在に声をかけられたのだ。
第三王子のジーク・アストリア。
彼には第二王女以上に、毎日しつこく絡まれる。
母親の違う半分だけ血の繋がった兄に、嫌味を言われるのだ。それも毎日、飽きる事なく。
その原因は、セリカ自身にあった。
「‥‥‥‥‥‥」
その兄の事を、全く相手にしないのだ。
嫌いとか腹が立つとか、それ以前の問題。
彼のことを、セリカは虫程度にしか思っていない。
「ちッ、無視すんじゃねえよ!!」
彼に怒鳴られてもセリカは目すら合わさず、淡々と通り過ぎるのみ。ジークと話をする時間ほど、無駄な事はない。
セリカは本気でそう思っていた。
「妹のくせにっ」
だが、今回は一味違った。
痺れを切らしたジークが、セリカの手首を掴んだのだ。
「〜〜〜っ」
セリカの全身に悪寒が走った。人間とも思っていない存在に、身体を触られた。襲いかかる嫌悪感に、気分が悪くなる。
「ッ!!」
セリカは1秒でも早く逃れたいと思い、腕を全力で振り払った。
「うぉぁぁぁッ!!?」
その瞬間、ジークが後方へ吹き飛んでいき、床を転がりながら壁に激突する。セリカの全身から、まるで彼女を包むように魔力が溢れ出していた。
自分の望まない、『勇者』と皆に崇められる力。
その力は、セリカ自身が最も嫌っていた。
そしてセリカは一瞥すらせず、触れられた右手首を振りながら走り出す。
「ふっ、ふざけんなよ化け物女がっ!! せっかく構ってやってるのに、恩を仇で返しやがって!!」
ジークの声は耳が受け付けず、セリカは雑音程度にしか感じていない。
今はそれよりも、右手首だ。ヒリヒリして、どこか痛みを感じる。
セリカは自分の部屋に入りながら、右手首を確認する。
「やっぱり‥‥‥最悪」
触れられた箇所に、蕁麻疹が出来ていた。
セリカは王女として生活するようになって、慣れない環境と多大なストレスに悩まされていた。こうして、身体に症状が現れるほどに。
「‥‥‥アベル」
そして極め付けは、心の支えだった少年の死。
絶望の淵へ落とされても、苦痛だらけの生活は続く。食事がどれだけ美味しくても、豪華な部屋を与えられても、良い服を着させられても。
「死んだら、あなたに会えるのかな‥‥‥」
セリカの心は、少しも癒されなかった。まるで水をどれだけ飲んでも、喉が渇き続けているような状態。
望むものは昔と今も変わらない。
「勇気を出して、全てを捨ててでも会いに行けばよかったっ‥‥‥」
少年と別れたことを、彼女はずっと悔いていた。
意図して突き放したのは、大好きな少年を巻き込みたくなかったからだ。
だが少年は孤児院を飛び出し、冒険者として必死に生き抜いていた。それはおそらく、セリカに会うために。そう思うのは、自惚れかもしれない。
でも、セリカは嬉しかった。写真でも成長した少年の顔が見られて、本当に嬉しかった。
それが、死亡の記事じゃなければ。
セリカは唯一の希望だった、少年との再会を断ち切られてしまったのだ。
「‥‥‥いえ、古代魔術なら可能性はある。表向きは魔王を倒す旅に出て、世界中を探せば‥‥‥」
だが皮肉にも、それで新しい目標が出来た。
普通なら考えない常識はずれの思考。
心のタカが外れた、異質な発想。
「王立学院に入学して、首席で卒業すれば‥‥‥多少の我儘は通るはず」
彼女が生きる理由は、少しだけ大きくなった。
以前は『会いたい』という願望だったが、今は自分に課した使命となっている。
心が満たされるまで、鎖のように心を縛り付けている。それも、自分から望んで。
「待っててねアベル。どんな手を使っても‥‥‥生き返らせてみせるから」
生命の禁忌を犯しても、一向に構わない。
もう、何もかもどうでもいい。
少年に会うためなら、どんな犠牲でも払う。
たとえ自分が死んだとしても、その先で会えるなら別にそれでも構わない。
「死んだ後に会える確証があったらなぁ‥‥‥何年も時間を掛けなくて済むのに」
セリカはもう、他に生きる意味を見出せなかった。
「でもアベル‥‥‥安心して。私の気持ちは何年経っても変わらないから。私の心は、あなただけのもの」
セリカは翌日から、両手に黒の手袋を身に付けることになった。境遇と環境によって歪んでしまった価値観と思想。本人からしたら歪んだ自覚すら無い。
大きく膨れ上がった想いを、彼女は自分の意思で両手に纏う。
「あなた以外の人に、決して触らせないからね」
取り出したのは、青薔薇の栞。
少年との孤児院生活で、思い入れのある大切な宝物。
それを額に付け、目を閉じて誓いを立てた。
彼女の望みが叶う日は、来るのだろうか。
「あと3年で王立学院‥‥‥蘇生できるような手段を探すなら、うってつけの場所」
第三王女セリカ・アストリア。
彼女が進もうとする道も、また茨のような道。




