第72話 ヘイワード家
アストリア王国、最西端の街アラスタン。
他国との国境も近いため、様々な物が集まっている。
見事な住宅街が並ぶ中、セレノアは足を止める。
「ここ、か‥‥‥」
セレノアは独り言を漏らし、視界に広がる家を確認した。自分が過ごした孤児院の倍は大きく、白の塗装で綺麗に塗られた家。
(凄い家だ。これが、貴族の家‥‥‥)
セレノアは呆気に取られ、まじまじと見つめてしまう。
「ーーーあの、家に何か用でしょうか」
すると背後から、女の人に話しかけられた。
セレノアは身体をビクッと震わせつつ、相手を確認するため振り返る。
「ぁ‥‥‥」
綺麗に切り揃えられた黒髪が印象的な、大人びた少女がいた。だが背は高くなく、12歳のセレノアとあまり変わらない。
「似てる‥‥‥」
セレノアは思った事を声に漏らしていた。対峙する少女が「え?」と声を漏らす。
「あっ、すいません。僕、アストリア王国騎士団のセレノアと申します」
セレノアは謝りつつ、自己紹介を始める。そして、単刀直入に尋ねた。
「フィーアさんのご実家は、こちらで合ってますか‥‥‥?」
少女が目を見開き、何も言わずに立ち尽くす。
セレノアは返答を待ちながら、前日の事を思い出していた。
『ーーーノールくんとバンギネスくんは身寄りが無いから良いと思う。だが、フィーアくんは別だ』
それは、ギルド長ファーバの言葉。
セレノア自身、知らなかった驚きの事実。
『彼女は西に領地を持つ、ヘイワード家の次女だった。父親が男爵の爵位を持ち、世襲可能な貴族。だから詳しい話は、実際に尋ねてみるべきだろう』
(爵位の事は正直あまり分かってないけど‥‥‥貴族の事は嫌でも分かる)
セレノアは両手を握り締め、静寂の中で待ち続ける。すると、少女が重そうな口を開いた。
「‥‥‥私、三女のレーナです。あの、どうしてあなたが知ってるんですか。まさか、フィーアが言いふらしてるとか」
あまり歓迎されていない口ぶりだった。
そのため、セレノアは慎重に返答する。
「北の冒険者ギルド『エルトリンデ』、そのギルド長から話を聞きました。どうしても、フィーアさんのご家族にお話しなければならない事が」
「‥‥‥」
レーナは少し黙り込み、じっと見つめてくる。
セレノアはその視線に耐え、気まずい沈黙にも耐えた。
「‥‥‥分かりました。こちらへどうぞ」
やがて彼女が足早に歩き出し、ついてくるよう促される。セレノアは安堵しながら、彼女の後ろを歩いていった。
大きな玄関を抜けて、広い談話室へと入る。
「あら、随分と可愛らしい騎士様だこと。レーナ、この方は?」
椅子に座っていた黒髪女性が穏やかに微笑む。
セレノアは目を見開いて驚いた。
凛とした彼女の顔立ち、長い黒髪‥‥‥フィーアにそっくりだったのだ。
「お母さま。この方はアストリア王国騎士団の、セレノアさん。どうやら、フィーアの事で話があると」
レーナが簡潔に用件を話す。
すると、女性の笑顔は幻のように消えていった。真顔の彼女は、どこか冷たい印象を受ける。明らかに、態度が急変した。
「‥‥‥私はマーファ・ヘイワードです。主人は私用で不在ですので、私に話してください。どうぞ、こちらにお座りください」
「失礼します」
セレノアは言葉に甘え、彼女の対面にある椅子に腰を下ろした。するとレーナが慣れた所作で、紅茶のカップを運んでくる。
「あ、どうかお気遣いなく」
「気遣ってません。当然の礼儀です」
そして淡々と言葉を返しながら机に置いた。その後、彼女はマーファの左隣に座る。
「それで‥‥‥なぜ王国騎士のあなたが、フィーアの秘密を知っているんですか。あの子が教えたのなら、こちらで対処しなくてはいけません」
マーファの声は冷たかった。とても娘に対する言葉とは思えない。セレノアは少し嫌な気分になりながら、口を開く。
「レーナさんにも言いましたが、聞いたのはギルド長からです。僕以外に話が洩れている事はありません。それはお約束します」
意識しながら冷静に、落ち着いて言葉を返す。
対面する2人が、まじまじと見つめてくる。
「‥‥‥そうですか。それは安心しました。あの子はヘイワード家から勘当されていますから、ここへ来る事も出来ません。だからギルド長もあの子ではなく、あなたに何かを託してきたんでしょう?」
マーファが息を吐き、紅茶を手に取る。その所作は洗練されていて、まさに貴族の習慣だった。
もう、話さなくてはならない。
セレノアは心の中で覚悟を決め、口を開いた。
「いえ‥‥‥フィーアさんは、亡くなりました」
ーーーガシャンッ。
机の上で、紅茶が水たまりのように広がっていく。散らばった破片を侵食し、床に溢れるまでに。
「なん、ですって‥‥‥」
「そんなっ‥‥‥姉様がっ」
マーファが両手を震わせ、レーナが目を見開いて立ち上がっていた。落とした紅茶など意識に無かった。
そんな2人の反応を見て、セレノアは心苦しくなる。だが、話さなくてはならない。
「‥‥‥はい。この前のマルタ砦防衛戦で、命を落としました。彼女の仲間だった2人も、同じように」
セレノアは包み隠さず、全てを話した。フィーアの家族である2人には、話さないわけにはいかない。
「嘘よ‥‥‥冒険者になるくらい気の強いあの子が、死んだなんて嘘よっ」
「‥‥‥フィーアさんの遺品は、近くの宿に預かってもらってます。今から取ってきますのでーーー」
セレノアは立ちあがろうとしたが、無理やり立たされる事になった。
「ふざけないでっ! さっきから何を言っているのッ!?」
マーファに両肩を掴まれ、引き寄せられたからだ。隣のレーナは涙を溜めて鼻を啜っている。
「ギルド長から話を聞いて、ここへ来たんです。わざわざ嘘を吐きに来ると思いますか」
セレノアは止まらなかった。目を背けようとするマーファを、正面から見据える。
「僕はフィーアさんを尊敬しています。だから、彼女のご家族にも会ってみたかったんです」
正直な気持ちを、赤裸々に話す。
セレノアの胸ぐらを掴んでいた両手が、わなわなと崩れ落ちる。
「そんなっ‥‥‥あの子がっ‥‥‥イヤぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「お母さまっ‥‥‥!!」
マーファが床に崩れ落ち、レーナが寄り添って泣きじゃくる。セレノアは何も言わず、2人を見つめる。
(僕が今何を言っても、2人を傷付けるだけだ‥‥‥)
広い談話室に、悲痛な叫びと鳴き声が響き渡る。
セレノアはぎゅっと口を閉じ、少し俯いて佇む。
「ーーー何があった!!?」
すると突然、勢いよく扉が開かれた。
現れたのは40過ぎの男で、体格が良い。年齢的におそらく、マーファの夫でフィーアの父なのだろう。
セレノアは目を見開いて、彼に説明を行う。
「あっ、僕はアストリア王国騎士のセレノアと申します。フィーアさんの事でお伺いしてーーーッ!?」
セレノアは続きを言うよりも早く、勢いよく殴り飛ばされた。
「貴様っ!!! 俺の家族に何をしたッ!!!?」
そして激情を纏った大声が、談話室に響き渡った。




