第71話 最北端の街
アストリア王国、最北端の街ベールバーナ。
ノールたちと共に、冒険者として活動していた街。
そう、セレノアは思い出のある場所にやってきた。
「‥‥‥ふぅ」
セレノアは深呼吸し、意を決して歩き始める。
冒険者ギルド、『エルトリンデ』。
その大きな建物のスイングドアを通過し、中に入っていく。
(変わってないな‥‥‥)
1階フロアは、多くの冒険者で賑わっていた。
掲示板から依頼を探している者、端で談笑している者、机を挟んで飲み食いしている者など様々だ。
セレノアは直進して通り過ぎていき、やがて廊下に差し掛かる。
「ーーー失礼しました」
すると、奥にある扉が内側から開く。出てきた人物が扉を閉めて、振り向きながら歩き出した。
セレノアとは反対方向から歩いてくるため、少しずつ距離が縮まっていく。
「ぁ」
セレノアは微かに目を見開き、歩いてくる人物を見つめた。
「‥‥‥はぁ」
黒のとんがり帽子の下は、柔らかそうな茶髪。タレ目でどこか気怠るけな印象を受ける、無表情。その身体は黒のローブに覆われていて、足先は黒のブーツ。
背中に差してある杖の先端には、眩いほど輝く真紅の宝石が付いている。
(ソフィアさん‥‥‥)
セレノアは冒険者時代、同じ日に昇級試験を受けた事で彼女と知り合った。彼女は当時、僅か1ヶ月で駆け出しのFからB級になった天才魔術師。
セレノアの6歳上であるため、彼女は今18歳。数年ぶりに見る彼女は背が高くなっていて、顔付きも凛としていた。
(今も冒険者続けてるってことか‥‥‥じゃあノールさんたちの事も知ってるはず)
セレノアは動揺を必死に抑えながら、自然な歩幅で歩く。次第に距離が近づき、やがて彼女とすれ違う。
互いに顔を見たが、ソフィアは何も言ってこなかった。正直、冒険者時代は目を付けられていたのか仲良く無かった。会話も指で数えられる程度。
セレノアは内心安堵しながら、本来の目的に意識を向ける。
「‥‥‥ちょっと待ってください」
だが、呼び止められた。
セレノアは思わず足を止め、その場で止まる。自分が今どんな顔をしているか分からず、振り向くのが億劫になる。
「あなたみたいな人、この冒険者ギルドで見た事ないですね。ずいぶんと年も若いようですし」
ソフィアが淡々と言葉を重ねる。
セレノアは背を向けているため、彼女がどんな顔で話しているか分からない。
「もし冒険者になるつもりなら、覚悟した方がいいですよ。最年少で冒険者になった子はすぐ死にましたし、最近では彼と同じパーティーを組んでいた人たちが死にました」
セレノアは目を見開いたが、両足にグッと力を入れて身体の反応を抑え込む。
「いつ死んでもおかしくない。まだ幼いあなたなら、いくらでも他の道があります。冒険者は最後の選択に取っておきなさい」
その間に、ソフィアが一方的に話していく。
「それじゃあ、もし機会があればまた。もし冒険者になるなら先輩のよしみとして、最低限の事は教えてあげます」
そう言うと、彼女は悠々と歩いていく。自己中心的な言動は変わっていないようだった。
「わかりました。ご忠告どうも」
セレノアは淡々と返事をしてから、再び歩き出す。別に名残惜しくは無い。
知人とも言えない、微妙な関係だったからだ。
「‥‥‥可愛くない子」
彼女の小声が聞こえたが、セレノアは何も気にせずに歩き続けた。
ーーーコンコン。
そしてセレノアは奥の扉をノックし、返事を待つ。
「どうぞ」
中から声が聞こえたため、扉を開けて入っていく。
「失礼します」
セレノアは頭を下げる。
対峙するのは、椅子に座った壮年の男。髪はオールバックで、身体の線は細いが引き締まっている。
「座ってくれ。副長のマイラには既に外してもらっている。今日は無礼講だ」
彼の声は落ち着いたものだった。
驚いている素振りも見えない。
「‥‥‥ありがとうございます」
セレノアは感謝を述べ、対面の椅子に腰を下ろす。そして、懐から手帳を取り出す。
一瞬、男の眉がピクリと動いた。
「ノールさんの手帳です」
セレノアは手帳を机に置いて、言葉を続ける。
「ここに書かれている冒険者というのは、あなたの事ですよね。ファーバさん」
そして躊躇無く、最も聞きたい事を尋ねた。
ノールが昔、助けてもらったという冒険者について。
「‥‥‥ああ。彼が亡くなったと聞いて、私以上に悲しい者がいるだろうか」
ギルド長ファーバがはっきりと頷き、座り直す。やがて重そうな口を動かした。
「君の事は、当然知っているよ。なんたって王国騎士団と直接、偽装工作をしたのは私だからね」
その言葉に、セレノアは大して驚かなかった。
「君の事は、どっちの名で呼んだらいい?」
そう言ったファーバは、わざとらしく苦笑する。少し申し訳なさそうに、どこか楽しそうに。
「どちらでも構いません。どちらも僕ですから」
セレノアは淡々と呟き、それからはファーバの言葉を待った。
だが、ファーバは話そうとしない。
「‥‥‥最初に気付くべきでした。僕の死を偽装するとしたら、王国騎士団だけの力では難しい。なぜなら、僕は冒険者だったからです」
そのため、セレノアは自分から話し始める。
「でも、結果は見ての通り。僕は全く追及されなかった。つまり間違いなく、冒険者ギルドも加担した事になる」
セレノアは話を続ける。
「少なくとも、冒険者ギルドの中に王国騎士団と繋がりのある者がいる。それに気付いたのは、つい最近です」
一方的に話を続ける。
「この前、面白い話を聞いたんです。冒険者はA級になると、王国騎士団から勧誘される事があると」
それはマルタ砦で、シレーナが言った台詞。
A級冒険者となったノールが勧誘を断ったという事実に意識が向いていたが、その前から疑問に持つべきだった。
「冒険者の時、不思議に思ってました。A級、特にS級の話を殆ど聞かなかった事を。それは冒険証が他のと違って特別だから、過度に広く知れ渡ると複製や偽装をされる事を懸念してるそうですね」
そして少しずつ、紐解いていく。
「そうなると、少し矛盾点が生まれます。なぜ王国騎士団は、A級冒険者になった人を正確に知っているのか。偶然耳にした可能性もありますが、シレーナさんの言い振りは確信があるようだった」
セレノア自身が感じた矛盾を、疑問を、謎を。
「それで気付きました。少なくとも僕が所属していた北の冒険者ギルド、つまりここ『エルトリンデ』には、王国騎士団と繋がっている人がいると」
話の終着点をぶつける。
「しかも冒険者本人ではなく、運営している側に。昇級試験や認定試験をしている人だからこそ、王国騎士団に正確な情報を流せる」
今話した事が容易に可能な、最も疑い深い人物。
ギルド長ファーバに。
「そうなると、ギルド長のあなたが最有力候補に上がります。どうですか、ファーバさん」
セレノアは話を終えて、正面から尋ねる。やがて、ファーバが参ったとばかりに苦笑した。
「‥‥‥まったく、呆れたよ。君が本当に12歳か、疑いたくなるな」
ここでファーバは、ようやく口に出して反応を見せた。
「念のため、セレノア君と呼ばせてもらう。君の言った通りだ。私は王国騎士団、いや君が所属する五番隊の隊長だけに情報を流している」
飛び出してきた言葉に、セレノアは目を見開いた。事前に予想はしていたが、実際に事実であると言われて驚いたのだ。
「‥‥‥なんで、ハーティア隊長だけに?」
そのため、聞き返す事が精一杯だった。
「利害の一致だよ。彼は優れた人材を、自分の隊へ迎え入れたい。私は冒険者たちを見定め、より適した環境で活動してもらうためだ」
ファーバの口から出てきたのは、なかなか理に適っている話だった。
「でも、それってファーバさんに利があるんですか?」
セレノアは率直な疑問を呟く。
彼個人への利は無いように感じられた。
するとファーバが眉を下げ、苦笑する。
「私はね‥‥‥昔、大きな失敗をしたんだ。それで冒険者を辞めた。そんな失敗を、もう二度と他の者に味わって欲しくない」
感情の籠った声色だった。
「だから冒険者の中でも、力ある者は王国が慎重に管理し、有用に扱ってもらうべきだと思っている。無茶な依頼を受けて死なれたら、もったいないだろう?」
彼の言葉に、嘘偽りは感じられない。
「冒険者ギルドが優れた人材発掘の場だと、彼は最初から見抜いていたんだ」
「ハーティア隊長が‥‥‥」
セレノアは無意識に声を漏らす。
ハーティアは切れ者だと認識していたが、その想像をはるかに超える思考の持ち主だった。
「でも‥‥‥彼らが死ぬ事になるとは、思ってもいなかったッ」
ファーバの声が上擦る。
喉だけでなく、全身をわなわなと震わせていた。
「冒険者に危険は付きもの。それは私も彼らも、当然分かっていた。だが、それを受け入れられるかは全くの別問題だ‥‥‥!!」
「‥‥‥‥‥‥」
セレノアは何も言わず、視線を下げて唇を噛む。ファーバの言葉に、大きく心を揺さぶられる。
「‥‥‥ノール君は言っていたよ。君が強くなる事には反対しない。でも、それに見合う心の器を養いたいと」
セレノアは顔を上げ、ファーバを見つめる。知らなかった話を聞いて、驚きを隠せない。
「実を言うとね。君が捕まった時、身分確認と言ってハーティアがやって来た。その時、私はこう提案したんだ。『死を偽装して、別人として生かすのはどうだろうと」
「ぇっ‥‥‥」
だが、セレノアは更に驚く事になる。
ファーバから告げられた、驚愕の事実に。
「私の我が儘だよ。ノール君が信頼している君を、死なせたくなかったからだ。別人として生きるのは辛い事だが、死ぬよりはマシだと思っていた」
そう言ったファーバが、頭を下げる。
「だが‥‥‥目の前で彼らの死を見る事になった君にとっては、まさに生き地獄だっただろうっ‥‥‥本当にすまないッ」
そして、声を震わせながら謝罪を述べた。
セレノアは目を見開いたが、すぐに首を振って苦笑する。
「顔を上げてください。むしろ、あなたにら感謝しているんです。偶然でも、もう一度ノールさんたちと会う機会を作ってくれた事を」
本心だった。生き永らえて、恨んだ事など一度もない。むしろ、感謝し続けていた。
「あなたのおかげで、僕の道は途切れる事なく続いているんですから」
「セレノア君‥‥‥こちらこそ、ありがとう」
ファーバが立ち上がり、右手を差し出す。
セレノアは穏やかに微笑み、立ち上がって彼の右手を握った。
「私の話は以上だ。これからの君の人生を、私は応援している」
「ありがとうございます。ノールさんたちの意思は、この剣に‥‥‥」
セレノアは背中に刺していた黒鋼の剣を、ファーバに差し出す。
「それは君が持っていなさい。今この世界で、最も似合うのは君だ」
「っ‥‥‥はい」
セレノアは力強く頷いた。
「あと、僕から一つ話があります」
そして今度は、セレノアが口を開いて話し始める。
その話を聞いたファーバが目を見開き、笑った。
「それがいい。私は大賛成だ」
こうして、ギルド長との会合は穏やかに終わった。
「‥‥‥だが、その話を確認してもらうべき方々がいる」
「ぇ?」
だが、後に続いた彼の言葉に、セレノアは驚く。
そして、絶句することになる。
「フィーアくんの家族だよ」




