第70話 貴族と平民
「貴族と平民の隔たり‥‥‥」
セレノアは無意識に反芻して生唾を呑む。今までの人生で、共感できる部分が当然あったからだ。
「『魔学は貴族の嗜み』。聞いた事ある言葉だろ? 平民も同じ人間なのに、碌な教育を受けられない。魔術しかり、武術や算術など多くの知識をな」
ハーティアは熱の籠った声を出す。普段の飄々とした彼とは、まるで別人だった。
「お前やシレーナのように、平民にも色んな才能を持った人間が必ずいる。だが身分という造られた壁が、その才能を見過ごしているんだ」
セレノアは無意識に頷いていた。ハーティアの言葉が、すんなりと理解できるからだ。
「そんなことで国を守れるか? 魔王軍の侵略を阻止できるか? 魔王や『六大魔殿』に対抗できるのか?」
「っ‥‥‥」
セレノアは無意識に力強く拳を握る。自分が目の当たりにした強大な敵、それに対する危機感。
「だから俺は平民出身の人たちを定期的に探し、積極的に試験させている。突出した力や才能を王国騎士団で育て、王国の力とするために」
ハーティアが力強く右手を握りしめる。
「だが殆どの王族、王国騎士団の大半が貴族優位の思想が強い。このままでは、王国の人材不足は深刻なものになる」
それは彼なりに、王国の未来を見据えての言葉だった。
「‥‥‥もしかして、王国に叛逆を?」
セレノアは慎重に話した。過激な言葉を少しでも抑える。
「まさか。さすがの俺でもそこまで無計画じゃない。そもそも、アストリア王国が崩壊したら意味が無い」
ハーティアは苦笑いを浮かべて言葉を返す。だが、彼のすぐに笑顔は消え去る。
「まずは王国騎士団の内部改革だ。幅広い人材確保と高度な育成を行うには‥‥‥貴族優位の方針を変えなきゃいけない」
その話に、セレノアは他人事じゃないと強く自覚する。自分もハーティアの目に留まった1人であるから。
「そのためには‥‥‥王国騎士団の現団長を引き摺り下ろす必要がある」
ハーティアの発言は、他の人に聞かれたら罪に問われかねないものだった。
「まあ、それが出来たら苦労は無いんですけどね〜。今の筋肉ダルマ団長、歴代最強とまで言われてますし」
シレーナが左手を振ってにやにや笑う。
ハーティアが息を吐きながら、重たそうな口を開く。
「現団長、オスカー・アルバート‥‥‥国内貴族の御三家であるアルバート家の当主であり、歴戦の猛者。名実ともに間違いなく騎士団内‥‥‥いや王国内で最強の男だ」
具体的な話を聞き、セレノアは息を呑む。
王国軍の上澄みで構成されている、王国騎士団。その精鋭たちを束ねる男。まさに、雲の上のような存在。
「自分の出生や積み上げてきた戦歴に絶対の自信を持ち、曲がった事が大嫌いな豪胆な人だ。当然、武人気質で悪人ではない」
「だったらーーー」
セレノアは不意に口を挟もうとした。これまでの話を聞く限り、今の団長でも良いのではないかと思ったのだ。
するとハーティアは手を出して発言を静止させ、呆れながら話し出す。
「だが強過ぎるが故に、他者の話を聞く必要がない。貴族優位の考えに全く疑問を抱かないんだ」
「頑固おじさんですもんねー」
彼の発言に被せるようにシレーナは躊躇なく呟く。セレノアは少しだけ合点が言った。
(文句無しの力、血筋、地位‥‥‥全てを持ち合わせているから、下に目が届かないのか)
上を目指し続けている自分にとって、団長のオスカーは対極にあると。そのため、貴族優位の思想に対して何も思わないのだと。
「とは言っても、まだまだ準備段階だ。お前に何かを命令したりはしない。まあ今の話を誰かに話すことは禁止するが」
「‥‥‥分かってます。話すつもりはありません。誰かに話しても、僕には意味が無いですから」
セレノアはしっかりと目を合わせて返事をした。それを見たハーティアは静かに笑いつつ、片目を閉じる。
「別にお前を、俺たちの野望に無理やり参加させはしない。だが、シレーナとルルカは既に賛同しているから、いち早くお前にも知ってもらおうと思ってな」
彼の言葉に対し、シレーナもドヤ顔で微笑む。喜んで参加するという意思が丸わかりだった。
ハーティアは腕組みを外し、前を向く。セシルは正面から彼と対峙する。
「少しでも俺の言っていることが理解できるなら、今後は騎士団内で何か起こっても、止めないでくれ」
そう言ったハーティアの表情は真剣そのもの。彼の覚悟が否が応でも伝わってくる。セシル自身を信用して話したということも。
(もし、ハーティアさんの話が実際に成功したら‥‥‥貴族と平民の隔たりが少なくなる、のか)
セレノアの中に、ある一つの考えが浮かぶ。
(じゃあ、王女になったセリカと僕の隔たりも‥‥‥少なくなるかもしれない)
ハーティアの考えは、セレノアにとっても決して悪い話じゃなかった。少なくとも、平民である自分にとっては。
「‥‥‥分かりました。僕には隊長たちを止める理由がありません」
セレノアは了承した。
すると正面のハーティアに肩を叩かれる。
「ありがとな。まあとにかく、今はただ強くなれ。自分のためにな」
その言葉に、セレノアはしっかりと頷く。その様子を見たシレーナはどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「ーーーうわ、何この防音障壁。って隊長じゃん!」
すると突然、3人の前にルルカが現れる。嗜めるような声を出した彼女に対し、ハーティアは視線を逸らした。
「検死が終わった事を報告に来たのに! まぁ、別にいっか! 話したいのはこれからのこと」
ルルカの視線は、セレノアへと向けられていた。
「それはねーーー」
彼女の言葉を聞き、セレノアは目を見開く。
「‥‥‥それが良いです。大賛成ですっ!」
そして、笑顔で頷いた。




