第69話 アストリア王国の在り方
アストリア王国軍、南詰所。1階、医務室。
ルルカが検死を始めて、3時間が経つ。
「‥‥‥本当に、心配をかけました」
セレノアは深々と頭を下げ、謝罪の気持ちを表明する。ベッドに腰を掛けている相手は、ニタァ〜と笑いながら口を開いた。
「この天才騎士シレーナちゃんに余計な気遣いさせるなんて、ほんとに贅沢ですよね〜?」
先輩であるシレーナの普段通りの軽口に、セシルは頭を上げて苦笑する。
「ーーー2人とも、調子はどうだ〜?」
すると突然、医務室の扉をゆっくりと開けた第三者。その人物を見て、シレーナが目を輝かせて声を出す。
「あ、お父さんっ!」
「誰がお父さんだ!!?」
乱れた茶髪に顎の無精髭が印象的な、30歳前後の男。その外見と飄々とした態度、そしてシレーナに返した言葉。
「ーーーハーティアさん」
セレノアは相手の名前を呼ぶ。自分が所属する五番隊の隊長である彼には、当然敬意を払う。
「よ、遅れて悪かったな」
王国騎士ハーティアが軽く左手を挙げる。すると彼は突然、セレノアとシレーナの前に小さな赤い箱を置いた。
「開け、箱」
ハーティアが唱えるように呟いた瞬間‥‥‥赤い箱から薄い障壁が広がっている。
その障壁は驚くセレノアと目を丸くするシレーナを通り過ぎ、まるで空間を遮断したかのように佇んでいた。
「外からの認識阻害と防音効果がある魔導具だ。これで心置きなく話せるな」
ハーティアが一方的に話した後、両腕を組んで壁にもたれ掛かる。シレーナのベッドは1番端であるため、壁とほぼ密接している状態なのだ。
「それにここの医者には少し眠ってもらってる。気にしなくていい」
セレノアは困惑した。彼の発言は全く穏やかではない。すると長年の付き合いで慣れているのか、シレーナが自身の右腕を触って口を開く。
「実はーーー」
数分後。
「‥‥‥そうだったのか。大丈夫か、2人とも」
経緯を知ったハーティアが、眉を下げて話しかける。彼が言っているのはセレノアの心身と、シレーナの右腕。
「‥‥‥はい。彼らの分も生きていきます」
セレノアは落ち着いて言葉を返し。
「余計な心配は御無用です。私、天才なんで〜」
シレーナは普段の口調で飄々と話した。
彼女の態度に、セレノアは少し動揺する。
(ここ数日間‥‥‥あれほど過酷なリハビリをしてたのに)
それは、数日前の出来事。
『う‥‥‥ぐ』
放心状態だった自分の隣で、必死に歯を食いしばるシレーナ。彼女はリハビリに取り組んでいたのだ。医務室の先生の忠告も聞かずに。
『くっ‥‥‥うぐッ』
シレーナは震え声を出す。必死に力を込めようとするが、彼女の右腕は微動だにしなかった。
『動かない‥‥‥これは参ったなぁ‥‥‥』
そして、真顔で呟いた彼女が一筋の涙を流していた。その事を、セレノアは今も鮮明に覚えている。
「そもそも私は左手一本でも充分強いですよ? むしろ右手が治るまで、ちょうどいいハンデですね」
シレーナは不敵な笑顔で答える。彼女のそういう一面を、セレノアはずっと尊敬していたりする。
「むしろ利き手じゃない左手も使う事になって、最終的には完璧天才少女の出来上がりですよ〜?」
(シレーナさんは本当に強い‥‥‥僕も見習わないと)
だからセレノアは、彼女の普段の軽口も甘んじて受け入れている‥‥‥できるだけ。
「だが当然、暫くは任務に出るな」
ハーティアがはっきりと言ったことで、シレーナは「むぅ」と頬を膨らませて抗議する。
「既に私をご指名の任務が当分埋まってますよ? それ全部ドタキャンするのはさすがにーーー」
「セレノアが代わりに行ってくるさ」
ハーティアが笑って提案した。突然話に出されたセレノアは驚いて、いない。
「分かってます。シレーナさんが安心して休めるように、僕が任務を受けます」
その言葉は、心の底からシレーナの身を案じての事だった。
「セレノアくん‥‥‥年下のくせに生意気なんですからぁ。ま、そこまで慕われて悪い気はしませんけど」
シレーナは悪戯っ子な笑みを浮かべ、しっかりと頷く。
「でしたら任せますよー。当然、私が受けるはずの任務なので一筋縄ではいきませんよ?」
「覚悟はできてます。僕は‥‥‥もっと強くなりたい」
セレノアの声には、確かな意思が宿っていた。それは勇者となったセリカとの再会だけではない、もう1つの理由ができたからだ。
(大魔族グレイザーラ‥‥‥あいつを倒せるくらい強くならないと、誰も守れない)
単純な復讐心ではない‥‥‥今の自分の弱さを自覚し、もっと強くなりたいと思う純粋な力への意欲。
ノール、フィーア、バンギネス。
大切な人たちを失ったからこそ、二度と誰かを失いたくないという決意。
「頼もしい限りだな。正直、今の時点でそこまで高い意識を持ってるとは思わなかった」
それを見たハーティアは嬉しそうに口角を上げていた。まるで嬉しい誤算と言わんばかりに。
「今のお前になら、話してもよさそうだな」
するとハーティアが軽く咳払いし、一瞥する。
セレノアは「?」と目を丸くしていると、ハーティアが話し始める。
「俺は今のアストリア王国の在り方に、疑問を抱いている。特に、貴族と平民の隔たりについてだ」
その発言は‥‥‥アストリア王国の根幹を、揺るがしかねないものだった。




