第68話後編 残された手帳
『その少年とは、辺境の森で出会った。俺たちが討伐するつもりだったウェアウルフを、1人で討伐していたんだ。5、6歳の少年で、名前はアベル』
セレノアは深く息を吐いて、読み続ける。
『彼を見ると、昔の自分を思い出した。彼の目は強い意志を宿している反面、深い後悔に苛まれているようだった』
「っ‥‥‥」
息を呑む。
『だから、どうしても放っておけなかった。服装や装備を見るに、充分な生活を送れているとは思えなかったからだ』
首を横に振って、続きを読む。
『あの日から、アベルは驚異的な速度で成長している。何か壮大な目的を持っているのは気付いていたが、あれほど貪欲に強さを求めるのは、少し心配だ』
「‥‥‥ノールさん」
ついに声を漏らし、目で追っていく。
『でも、俺は色々な事を教え続けた。どんどん成長していく彼が、どこまで辿り着くか見たくなった』
その期待が、純粋に嬉しかった。
『無限の向上心は、どんな才にも勝る。強くなるために最も大切な素質を、アベルは持っている』
その言葉に、激しく胸を打たれた。
『だが、剣術はまだ教え足りない。そもそも無明天地流は、俺もまだ半分ほどしか教わってない。喧嘩別れしてしまった剣聖ハインリッヒが、もう一度教えてくれる事を祈る。まだ帝国の隅に滞在してると良いんだが』
「むみょう、てんちりゅう‥‥‥剣聖ハインリッヒ」
気になった言葉を反芻するが、先を読み進める。
『アベルは今日、エルフの少女と仲良くなったらしい。正直困惑した。エルフは多種族、特に容姿に一際拘りの強い人間族を嫌っている。だが、アベルに同年代の友達が出来たのは嬉しい』
もう何度、彼の文章に胸を打たれたか分からない。
『予想外の事態が起こった。アベルが、名門貴族を襲った罪で捕まった。当然、それほどの事をやった理由がある。それは奴隷にさせられそうになっていたエルフの少女、アリシアを助けるためだ』
書かれている文字が、少し歪んでいる。
『だが、王国騎士団は聞く耳を持とうとしなかった。国を守るための精鋭が、保身に走ったという事実に愕然とした。なぜ友人を守ろうとしたアベルが悪で、アリシアを奴隷にしようとした貴族が被害者なのか。貴族は何をしても許されるのか。この世界は腐ってる』
赤裸々の本音に、生唾を呑む。
『そして、アベルは処刑された。王国騎士団の事を、心底失望した。だがそれよりも、助けられなかった俺の無力さが嫌になった。何より、彼を冒険者に誘わなかったら、死なずに済んだと思うと胸が痛む』
唇を噛む。ノールは何も悪く無い。
『たとえ世界中が彼を罪人と蔑んでも、俺たちはアベルのやった事は正しかったと、胸を張って言い続ける』
「ノールさん‥‥‥」
声が漏れ、涙が零れる。嬉しいで胸がいっぱいになる。ノールたちとの日々は、本当に宝物だった。
『その後、俺は昇級試験に合格していた。念願のA級冒険者になれたのに、少しも嬉しくない。それはB級に合格したバンギネスも同じようだった。そして、試験に落ちたフィーアは更に泣き崩れていた』
その光景が、容易に想像できてしまう。胸が苦しくなる。
『その後は悲しい日々が続いた。俺たちは少し冒険者稼業を休み、アリシアと彼女の母を故郷の森付近まで護衛した。かなり遠く、長い旅となった。気分転換も兼ねていたが、会話は少ない』
ずっと気になっていた、アリシアと彼女の母。
『そして無事に付近まで送り届け、2人と別れた。アリシアは、こう言った。もう、俺たち以外の人間とは関わりたく無いと。その事に俺は何も言えなかった』
息を呑んだ。その後も、辛い日々だった事が細かく記載されていた。
『俺がA級冒険者になって、初めて緊急依頼が舞い降りてきた。魔王軍の出現により、近くの砦を防衛するという内容。王国騎士も来ると聞いて、気乗りしなかった』
まだまだ書かれている文字。その続きが、少し滲んでいる。
『砦に来てよかった。今まで生きてきた中で、今日ほど自分の選択を喜んだ時は無かった。死んだと思っていたアベルが、生きていたんだ』
「っ‥‥‥」
セレノア、いやアベルは目を見開いて声を漏らす。
『必死に誤魔化していたが、間違いない。おそらく王国騎士が彼の素質を見抜いて、死を偽装したんだ。そして彼と一緒に来たシレーナという王国騎士は、その偽装に関わっている可能性が高い』
必死に書き殴ってある。
『明日、隙を見て話をする。少しでもいい、別れた後の話を聞きたい』
「ノールさん‥‥‥」
そして、文章の日付が防衛戦の前日になる。
『二人きりになったが、何も話してくれなかった。名前と髪色を偽ってるくらいだ。よほど王国騎士団からの圧力が強いんだろう。でも、話してみて分かった。やっぱり、俺が知ってるアベルだった』
終わりが見えてくる。
『たとえ以前のように一緒に行動できなくても、また会える。アベルが別人として生きるつもりなら、無理に追及するのはやめよう。明日の防衛戦は、久々に力を合わせて戦える最高の日になる』
そして、最後はこう書かれていた。
『生きていてくれて、本当に良かった』
「ノールさんっ‥‥‥」
アベルは両膝を突き、額を床に付けて泣きじゃくる。シレーナとルルカが側にいるが、気にする余裕など無かった。
「んグッ‥‥‥んぅぁぁぁぁぁぁぁッ‥‥‥!!!!」
『俺たちは、アベルを見守っているからな‥‥‥』
ノールの言葉が、耳元で優しく聞こえた気がした。とめどなく涙が溢れ、嗚咽が漏れる。心行くまで、泣き続ける。
(ごめんッ‥‥‥みんな本当にごめんッ‥‥‥!!)
真実を話せなかった事。彼らとの思い出から逃げようとした事。その全てを、今は激しく悔いる。
(もっと話したかった‥‥‥成長した姿を、みんなに見てもらいたかったッ‥‥‥!!)
後悔と悲しみが押し寄せ、吠えるように泣き続ける。あまりにも大きすぎる代償に、セレノアは新たな決意を固める。
(もっと強くなるんだ‥‥‥もう、大切な人を失わないようにッ‥‥‥!!)
そしてもう二度と、同じ過ちを繰り返さないために。
「ひぐっ‥‥‥ゔぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
だが今だけは、感情の赴くままに泣き続けた。




