第68話前編 無駄にしない
アストリア王国軍、南詰所‥‥‥霊安室。地下2階に存在し、多くの遺体が運ばれてくる。
セレノアとシレーナは、ルルカの先導で廊下を歩く。
「‥‥‥」
その間、セレノアは何も言わずに歩くのみ。ルルカが指を回しながら口を開く。
「少し順を追って話していくよ? まず、君の死を偽装したのはあたし。今まで黙っててごめんね」
「‥‥‥えっ」
だが驚いたことで、セレノアは遂に声を漏らした。
ルルカが小さく笑いながら、意気揚々と話し出す。
「君の顔そっくりの生首を作るのは相当大変だったよ〜? しかも1日で作れとか言われたし。隊長は本当に人高いが荒いよね〜!」
「‥‥‥ルルカさん。生首なんて言葉‥‥‥少しは今の空気を読んで発言してください」
「シレーナちゃんがそれ言う〜!? でもこの話は必要な事なんだなぁ〜。あ、いわゆる伏線的な?」
シレーナの忠告に対し、ルルカが含みのある笑みを浮かべる。
「前にも言ったけど、あたしは王国騎士団で数少ない研究者! 特に、人体に関わる部門を専門としてる」
ルルカは自信ありげに笑う。廊下の突き当たりにある扉の前で止まり、振り返る。
「だから‥‥‥遺体の検死も任されることが多いの。特に強い魔物と戦った痕跡のある遺体とかはね」
「っ‥‥‥!!」
セレノアは息を呑んで目を見開く。その間にもルルカは扉を開け、机の上に置かれている3つの遺体を一瞥した。
「魔王軍の最高幹部『六大魔殿』の一角、確か報告にあった名前は‥‥‥グレイザーラ。そんな化け物と戦って死亡した冒険者たち‥‥‥君の知り合いでしょ?」
セレノアはその言葉を聞いていなかった。
一目散に駆け出し、仰向けの3人の前で両膝を落とす。
「‥‥‥みんなッ」
A級冒険者、剣士ノール。
B級冒険者、魔術師フィーア。
B級冒険者、盾役バンギネス。
身体を覆うように白い布を掛けられていた3人の顔は、まるで作り物のように生気を失っていた。目を閉じて、安らかに眠っている。
シレーナは何も言えず、ルルカは眉を下げる。
「この3人は‥‥‥そのまま平原に放置されたままだった。それは可哀想だからって、シレーナちゃんに頼まれてね。現場に足を運んで、彼らを運んできたの」
「っ、シレーナさんが‥‥‥」
セレノアは彼女の方を向き、頭を下げた。シレーナは目を閉じて首を横に振る。
「彼らの死は、あたしが無駄にしない。身体の損傷を詳しく調べて、大魔族の事を少しでも解き明かしてみせる」
ルルカが彼らの前に立つと、ゆっくりと視線を下げる。座り込んでいたセレノアは、そんな彼女と目が合う。
「だからセレノア‥‥‥君も今を無駄にしないで欲しい。これからの人生、やることいっぱいあるんだから」
そう言って穏やかに微笑むルルカは、誰が見ても大人の女性だった。
「ッ‥‥‥うぅっ」
セレノアは息が詰まり‥‥‥大粒の涙を流した。蹲って号泣する姿は、まだ12歳の少年。シレーナが左手を肩に置いて、泣き崩れるセレノアを撫で始める。
「それと、こっちが彼らの遺品ね。君が気にしていたから、一応全部残してあるけど」
するとルルカが笑顔で話し、両手で持った箱を机に置いた。
『俺の‥‥‥手帳‥‥‥それと、ハインリッヒに‥‥‥会え』
セレノアは涙混じりの顔を上げた。彼の言葉に導かれているかのように、一心不乱に駆け寄って箱の中を確認する。
「ぁ‥‥‥」
箱の奥底に、年季の入った灰色の手帳があった。
(ノールさんの、手帳‥‥‥)
セレノアは慎重に手に持ち、意を決してページを捲る。
『自分の過ちを忘れないように、記録を残そうと思う。俺はもう、逃げたくないから』
ノールの筆跡だった。
『10歳の頃、故郷の村が山賊に襲われた。俺は何も出来ず、ただ逃げ出す事しか出来なかった。大切な両親と、妹を見捨てて』
最初に書かれていたのは、ノール自身の過去。
端的にまとめられているが、文章だけでも想像できる壮絶な内容。
『そんな俺は、近くを通った冒険者に助けてもらった。しかも、理由も無く助けてくれた。俺は助けるべき家族を見捨てたのに、冒険者の彼は他人の俺を助けてくれたんだ』
ノールの過去は、体験すれば一生忘れられないようなものだった。
『俺は自分が恥ずかしくなった。それに、ずっと後悔してる。身体も心も、何もかも弱かった自分に心底腹が立った』
彼の無念が、力強く書かれた文字から伝わってくる。
『許して欲しい。でも、家族に許されるとは思ってない。生き残った俺に出来ることは、見捨てた人の何倍も、多くの人を助ける事だ』
ノールの想いが、強く伝わってくる。
『俺を助けてくれた彼のように、冒険者になりたい。困っている依頼者を少しでも助けたい。人助けをしてお金も貰えるなんて、最高の仕事だと思う』
冒険者への憧れ、情熱。
『今日、男たちに囲まれている魔術師の女性と遭遇した。思わず割り込んでいくと、いきなり殴られた。どうやら、俺も取り巻きだと勘違いしたらしい』
それは、出会い。
『彼女の名前はフィーア。なかなか癖が強いが、話してみると面白かった。殴ってきた事を謝られ、徐々に話す機会が増えて、やがてパーティーを組む事になった』
魔術師フィーアとの出会い。
『酒場で見慣れない大男を見つけた。周囲と話そうともせず、睨むような目付きのまま酒を飲んでいる。見たところ戦士で、俺とフィーアは意を決して話しかけた』
そして、新たな出会い。
『バンギネスという大男は、口数が少なく無愛想な態度だった。それがフィーアを怒らせ、気付けば言い合いが始まった。俺が仲裁しようとすると、なぜか2人ともに殴られる。中々最悪の1日だった』
盾役バンギネスとの出会い。
『バンギネスは妙に疑い深かった。でも、俺とフィーアは定期的に酒場で彼と会うようにしていた。1人静かに酒を飲んでいる彼の背中が、どこか寂しく見えたからだ。それに酒癖の悪いフィーアの相手を、俺1人でするのは大変だったからだ』
冒険者としての日々。
『そして一度、バンギネスと依頼をこなしてみた。彼がいると安定感が増し、手応えもあった。普段は言い合いばかりのフィーアとも、遠慮が無いからこそ動きを修正できた。気付けば、3人で行動するようになっていた』
セレノアが知っている彼らの、冒険者としての日常。自然に文章の光景が想像できた。
『今日の出来事は、一生忘れないと思う。昔の俺の状況に似ている、金髪の少年に出会った』
セレノアは息を呑んだ。




