第67話 情報操作
マルタ砦の防衛戦から、丸3日。
マルタ砦は破壊されたが、魔王軍は殲滅した。
アストリア王国騎士団三番隊隊長ローダンの指揮の元、侵攻を阻止。
そして魔王軍の最高幹部『六大魔殿』の一角を退けたのは‥‥‥最年少の王国騎士、三番隊所属のカイン・フェリクスと記されている。
「ーーーふざけるな。俺は顔すら見ていない」
当人のカインは怒り狂っていた。王国軍の南詰所にある医務室で、彼の声が響き渡る。
「俺を馬鹿にしてるのか? こんな意味不明なおこぼれなんていらない。どうせ俺の家名に目を付けて華を添えただけだろ??」
カインの家系は、アストリア王国内でも屈指の名門貴族であるフェリクス家。そこの三男である事に注目され、見え透いた接待をされた。
「少しうるさいですよー。他の人が療養してることも考えてくださいませんかねー」
すると、近くのベッドに寝転がっていた黒髪少女が、目を細めながら文句を言った。
全身の殆どが包帯に包まれていて、特に彼女の右腕は、肌が見えないほど重点的に巻かれていた。
「愚痴をこぼせるほど元気があって羨ましい〜」
マルタ砦防衛戦で瀕死の重傷を負ったシレーナは、既に会話できるほどに回復していた。
「‥‥‥おい、なんだその態度は。第一、お前だって当事者だろ。なぜ本当の事を話さなかった」
カインが咄嗟に言い返し、重傷の彼女を見つめる。シレーナは心底めんどくさそうに息を吐いた。
「情報操作なんて王政の常套手段ですよー? 砦が壊された事は隠せないけど、壊された理由は何とでも捻じ曲げられる。その理由付けに箔を出すため、あなたの家名が利用されたんです」
「そこまで分かってるなら傍観するな」
「うるさいですねー。この天才騎士シレーナちゃんに生意気な口を叩きますね。早く帰ってくださいよ」
「早く帰りたいから話を聞きに来たんだ」
そもそもカインは既に全快しており、医務室に訪問している立場。
「‥‥‥おい。俺はお前に用があって来たんだ。返事くらいしろ」
カインは目を細めて見下ろしながら、とある人物に話しかける。腕や腹など、至る所に包帯を巻かれている黒髪の少年は‥‥‥何も口にしない。
「セレノアくん‥‥‥」
シレーナが眉を下げて心配そうに見つめる。少年は全く反応しない。
「おい、聞いてるのか」
「‥‥‥‥‥‥」
王国騎士セレノアは、ずっと放心状態で天井を見上げていた。
「ちっ。これじゃあ聞きたい事も聞けない。時間の無駄だった」
カインは頭を掻くと、踵を返して歩き出す。すぐに医務室の扉に手を掛ける。
「‥‥‥勝ち逃げなんて許さないからな」
そう言ったカインは扉を開け、勢いよく出ていった。
「はぁ、何言ってるんでしょうかね〜あの子は。まったく、思春期の子供はさっぱり分かりませんねー」
シレーナは口をへの字に曲げながら、ゆっくりと起き上がる。左手でセレノアの腕を掴み、引っ張り上げる。
「さ、お昼食べに行きましょー。何も食べないのは身体に毒ですよー」
「‥‥‥」
そしてセレノアは何も反応せず、そのまま引っ張られていった。
南詰所内、食堂。
「さ、食べましょうか」
「‥‥‥」
セレノアとシレーナの前に、香ばしい肉の香りが広がる。シレーナが奮発してアストリア王国産牛のステーキを注文したのだ。
「むぅ、やっぱ難しいですね」
シレーナは左手に持ったナイフで切ろうとするが、肉を上手く切る事ができない。何より彼女の右腕は‥‥‥動く気配が無い。
「‥‥‥」
すると、セレノアは自分の前に置かれた肉を切り始めた。綺麗に六等分した後、シレーナの前に皿ごと渡す。
「‥‥‥ありがとう。あなたはやっぱり優しいですね」
シレーナが穏やかに微笑むと、自分で切れなかった肉をセレノアの前に寄せる。これでお互いの肉を交換した形になる。
「‥‥‥」
だが、セレノアは全く手をつけようとしなかった。視線を自分の足元まで下げ、静かに座り込んでいる。
鉄板に乗った肉の音が小さく響く‥‥‥だけではなかった。
『ーーーおい、あれだろ? 例の砦での戦犯』
『勝手に行動して足を引っ張るとか、マジで何考えてるんだ?』
『そんな奴らが王国騎士とか、上の人選ミスだろ。この詰所にも我が物顔で入り浸りやがって』
『カイン・フェリクスは高貴な血筋なだけあって、やっぱり期待の新人だな。それに比べて平民の奴らときたら』
『あんな子どもで王国騎士になれるなら、俺も試験頑張ろ』
周囲に座っていた、王国軍所属の兵士たちの小声。
セレノアは特に反応せず佇む。だが無意識に、その声を聞いてしまう。
『ーーー死者が平民だったから命拾いしたよな。もし貴族が死んでたら、罪に問われてもおかしくないだろ』
『フェリクス家の三男が死んでたら、重罪の可能性もあっただろうな』
『うわ、その方が良かったんじゃね』
『こいつらからしてみれば、死んでくれたのが平民出身の冒険者でよかったわけだ』
その陰口は、あまりに惨いものだった。
「‥‥‥ッ」
するとセレノアはぎりぎりと歯を噛み締め、全身から魔力を滲ませる。目を引き絞って、周囲を睨み付ける。
周囲の兵士たちが息を呑んで視線を逸らす。
「はぁ」
するとシレーナが息を吐き、左手のフォークを置いた。
「何をイライラしているんですか。前に言いましたよね。王国騎士は上手く行かないことの方が多いって」
諭すように呟き、目を細める。
「それに経緯を何も知らない有象無象のヤジなんて、意味なく叫ぶ魔物の雄叫びと変わりませんよ?」
「‥‥‥」
先輩である彼女に嗜められたことで、セレノアは意識して魔力を押さえ込む。だが、顔は俯いたまま。
「あなたの気持ちは分かります。だって今のあなたを見て、彼らがどれだけ大切だったか伝わってきますから」
シレーナが柔らかい口調で、話し出す。
「なら、守ればいいんです。何も知らない他者の言葉に動揺して曝け出さないよう、心の中で大切にね」
その言葉に、セレノアの肩が上下する。
「まあ、これは私の自論ですので無理に心掛ける必要はないです。別に容赦無く叩き潰すのも良いかもしれませんし」
「‥‥‥う、ございます」
そして、僅かに口を動かして頭を下げた。
「ふふんっ、天才騎士は精神も天才なんです」
シレーナは口角を上げて不敵に笑うと、再度ナイフを手に持った。
「ーーーあ、肉だ! も〜らい!!」
すると突然、セレノアの隣に座り込んできた女性がフォークを掴んで肉にぶっ刺す。
「ぁ〜むっ‥‥‥美味しぃ〜! こりゃあ良いお肉だね〜!!」
そして大きく口を開けて頬張り、清々しい笑顔を見せた。
「‥‥‥ちょっとルルカさん? それはセレノアくんの食事なんですけど?」
「え〜? 別にこれくらい良いじゃん〜!! あたしはちゃんと務めを果たしてきたんだからさぁ!」
現れたのは、同じ五番隊所属のルルカ。
栗色のポニテと白衣が特徴的な、小柄で愛嬌のある女性。だが両目の下には隈ができている。
「‥‥‥」
セレノアは何も言わずに怪訝そうに見つめる。すると彼女は「あ!」と声を出してから両手を合わせた。
「いただきます!」
「いや、そういう問題じゃないですから」
シレーナが嗜めた事で、ルルカは「てへ」と舌を出してから口を開いた。
「久しぶりだね、セレノア! 最近診察に来てくれないから寂しいよぉ〜」
そして中腰で膝をくねくね動かしながら話す。
ちなみに、彼女の年齢は20歳。つまりシレーナよりも4歳上で成人済み。セレノアとは8歳離れている。
「というわけで、さっそく本題! どうやらセレノアは知らないようだから、耳を拝借!」
ルルカは元気に発言すると、躊躇なくセレノアの耳へ口を近づける。
「彼らの遺体と遺品、無事に引き受けることができたよ♪」
「ーーー!!」
セレノアは目を見開き、勢いよく立ち上がった。




