第62話 魔学の基本
セレノアとカインが同時に駆け出す。
2人の行先は‥‥‥この軍を指揮しているであろう、魔族の少年。
「どけ」
カインが声を出し、行手を阻もうとするオークたちを斬り倒す。それはセレノアも同様だった。
「! これはーーー」
目前の魔物を斬り伏せたセレノアは、目を見開いて声を漏らす。魔族の少年までの道のりが、地面の上に生成された立方体の架け橋によって導かれているのだ。
(シレーナさん!)
セレノアは咄嗟に後ろを振り向く。視線の先には、1人で大群を相手にしている彼女が人差し指を伸ばして笑っていた。
『ーーーお膳立てはしてあげました。早く倒してきなさい』
まるで、そう言わんばかりに。
「カイン、行こう!」
「指図するな」
セレノアとカインは同時に意気込み、立方体の上に跳躍して勢いよく走り出す。突然のことに周囲の魔物は、立方体の上を走る2人を止める事ができない。
そして何個もの立方体の上を駆け抜けていくと‥‥‥遂に終点が見えた。
「この下等種族がっ!!」
最後の立方体の先で、魔族の少年が睨み付けている。その表情は怒りだけでなく、どこか焦りも感じられる。
「ーーー貰った」
先に終点に到達したのはカインだった。勢いよく跳躍し両手で剣を掲げ、勢いよく振り下ろす。カインの膂力、体重、剣の重みが加算された全力の一撃。
「舐めるな!!」
その剣が魔族の少年に届く直前、透明な薄い壁が発生する。
「ちっ、魔力障壁か」
無属性魔術の基礎、【魔力障壁】。一般的な魔力障壁は相手の魔術を防ぐ効力のみで、物理攻撃を防ぐほどの強度は無い。
だが魔族の少年が繰り出した魔力障壁は、カインの剣を難なく防いでいる。それは膨大な魔力を瞬間的に出力している証。
「ーーーカイン!」
セレノアは大声を出すが、まだカインたちと距離がある。魔術練度が桁違いな魔族相手に、カインは1人で突っ込んだのだ。
「ちッ」
カインが舌打ちした直後。キィンと激しい金属音と共に、剣が魔力障壁に阻まれる。それはまるで、無限に修復する鉄の壁。
「ーーーッ!!」
セレノアは勢いよく地面を蹴って突進し、鞘から抜き出した剣を魔族の側面へ振り抜く。正面の魔力障壁を掻い潜り、魔族の左腕へ剣が近づく。
「鬱陶しい!!」
魔族の少年は声を荒げながら、左腕から魔術を発動する。詠唱せずに放たれた突風により、セレノアは背中を引っ張られるように吹き飛ばされた。
「くッ!?」
セレノアは身体が回転しながら、後方へ飛ばされていく。なんとか空中で体勢を立て直して地面に着地するが、額からは冷や汗が流れていた。
(無詠唱でここまでの威力‥‥‥!!)
それは魔族が自分へ放った、詠唱なしの風属性魔術への驚き。
(そういえばカインの剣を防いだ魔術も、全く詠唱されてなかった)
魔術は基本、詠唱して使用するのが一般的。身体が魔術の使用を理解し、魔術式が展開される。つまり、魔術の威力を安定させるという長所がある。
だが当然、短所もある。それは詠唱する事でどんな魔術を使用するかを、相手に知られてしまうこと。
(でも魔術は貴族の嗜み。無詠唱は無礼に当たるから魔術は必ず詠唱するのが普通だって、シレーナさんが言ってたのに‥‥‥まさか無詠唱なんて)
セレノアは困惑していた。魔術の無詠唱使用の長所と短所は、詠唱のそれの反対。
(どんな魔術を使ってくるか分からない‥‥‥それにさっきの風は無詠唱なのに相当な強さだった)
魔術式も展開されないため、事前に知ることは不可能。さらに威力が落ちているにも関わらず、後方は吹き飛ばすほどの威力。
(やっぱり魔族は手強い‥‥‥とても子どもが扱う魔術とは思えない)
セレノアは唇を噛む。そして当然、吹き飛ばされて孤立したセレノアの周囲を‥‥‥魔物の群れが囲む。カインと魔族の姿は、今のセレノアの立ち位置からは見えない。
(早くカインの所へ戻らないと‥‥‥!)
セレノアは集中力を高め、魔物の群れに風穴を開けようと奔走し始めた。
◆◇◆◇
「ちっ」
カインは舌打ちしながら剣を構える。魔族の少年は嘲笑うかのように佇んでいる。
「まさか無詠唱とはな‥‥‥鬱陶しい」
彼もセレノアと同じ考えに至っていた。魔族は一筋縄ではいかないという認識速度も同じ。
「お前に用は無い。あの女の人質としても使えなさそうだしな。あっちの黒髪の方が有用だ」
魔族の少年は嘲笑を浮かべて話しかけた。少し離れた所で今も戦っている、黒髪少女に目線を合わせながら。
「ほざけ」
カインは睨みながら声を出す。そして勢いよく踏み込んで距離を詰め、自身に出せる最速で剣を振りかぶる。
「ふっ」
すると魔族の少年は全身から魔力を滲み出す。そして‥‥‥カインが予期していない速さで剣を躱した。
「無属性魔術が魔学の基本」
魔族は煽るように呟くと、カインの背中に回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ!?」
カインは剣の防御も間に合わず、背中から勢いよく押し出されるように吹き飛ばされた。
「ちっ」
歯を噛み締めたカインは一回転して地面に着地した直後、勢いよく魔族へ突進していく。
「はぁッ!」
そして全力の剣技を魔族へお見舞いする。だが、魔族は悉く躱し切る。頭、首、両腕、腰‥‥‥狙う場所を目まぐるしく変えるが、カインの剣は当たらなかった。
「魔力の身体強化すら疎かにしている人間が、我を倒せると本気で思ってるのか?」
目を細めた魔族の少年は剣の軌道を見切り、カインの右肩に掌底を叩き込む。
「ぐッ!?」
カインは呻き声を出し、右肩を襲う衝撃に耐えられず剣を手放してしまう。
「ぐふッ!!?」
そして鳩尾に拳を叩き込まれた後、凄まじい突風に吹き飛ばされていく。魔族の少年による拳打と風属性魔術の合わせ技だった。
「がッ‥‥‥くそッ」
何度も地面に転がった身体は、酷く痛む。うつ伏せに倒れたカインは、すぐに立ち上がる事ができない。
「貴様の身だしなみや雰囲気‥‥‥貴族だな? 貴族なら魔術を見せてみろ。魔学は貴族の嗜みなんだろう?」
「ッ‥‥‥!!!」
カインはうつ伏せのまま睨みつけた。まるで怒りを堪えているかのように、ぎりぎりと歯を噛み締めている。だが、魔術を使う気配は全く感じられない。
まるで、使えるのに使えない‥‥‥そんな矛盾が、彼の態度から滲み出ていた。
「そうか。なら貴様に用は無い‥‥‥死ね」
冷たく見下ろす魔族の少年が、両手を伸ばす。無詠唱であるため、どんな魔術か分からない。その不安と恐怖が無意識にカインに襲いかかる。
「ッ!?」
だが、カインは予想外の光景を目にする。魔力の光線が一直線に飛び、魔族に不格好な回避をさせたのだ。
「ーーー間に合った!!」
彼の視界に現れたのは、黒髪の少年。カインにとっては、咄嗟に眉を顰める相手。
「カインっ、大丈夫か!?」
セレノアは真っ直ぐ見下ろしながら、手を差し出した。
「‥‥‥」
見上げるカインが眉を顰める。それは、眩しくて直視できないような素振りだった。




