第63話 王国騎士の矜持
セレノアは遅れた事を反省し、手を差し出す。
カインが目を背ける。
「ごめん、ここまで来るのに手間取った」
「‥‥‥誰もそんな事は聞いていない」
その手を取らず、カインが自力で立ち上がった。だが、明らかに動きが鈍い。
「雑魚のくせに余計な時間を取らせるなぁぁぁッ!!」
当然、魔族の少年が待つわけもなく。
彼は魔力で身体強化した身体で襲いかかる。まるで直接殴り殺したいと言わんばかりだった。
「ッ!!」
すると、セレノアが咄嗟に距離を詰め‥‥‥魔族の拳を受け止めた。背後から驚きの声が聞こえる。
セレノアはそれに反応する余裕が無かった。迫り来る魔族の素手を、必死に捌き続ける。
「! 貴様ッ‥‥‥なぜそれほどの強化術を!? それに人間如きが、無属性をここまで鍛えてーーー」
「はあッ!!」
そしてセレノアの狙い澄ました右拳が、魔族の頬に直撃した。そのまま勢いよく振り抜き、魔族を後方へ吹き飛ばす。
「ちッ」
頬を摩った魔族が怒りを露わにするが、セレノアは既に幾つもの魔力の塊で追撃していた。魔族が更に腹を立てながら躱し続ける。
「カインっ、どうして魔術を使わないんだ!」
セレノアは両手から連続して、魔力の塊を放ちながら話しかける。見よう見まねの、咄嗟の無詠唱。無属性魔術【魔力放射】は普段よりも格段に威力が落ちている。
光線ではなく、塊として飛んでいるのがその証拠だった。
「この時間稼ぎも長くは保たない。あいつを倒さないと全てが台無しなんだぞ!?」
セレノアは感情の赴くままに、話を続ける。
「僕たちで力を合わせて、あの魔族を倒そう!!」
そして自分の考えを簡潔に伝えた上で、カインの返事を待ち詫びる。
「‥‥‥お前には王国騎士の矜持は無いのか? 2人がかりで攻めるなんて、騎士として恥ずかしくないのか」
彼の返事は、セレノアが全く予期していなかった言葉だった。
「ーーーはぁ!? まだ新人なのに何言ってるんだ!! それにそんな理屈、魔王軍には通用しない!!」
「なんだと‥‥‥?」
セレノアは声を荒げて、カインへと言い放つ。
子どもを嗜める保護者のように。
「カインは何のために鍛錬を続けてるんだ!?」
「‥‥‥強くなるために決まってるだろうが」
カインは静かに声を荒げた。セレノアの態度に気づいて不快感を露わにしていた。
「僕だってそうだ!! 僕には絶対に叶えたい目標がある。そのために、最善を尽くしてきたつもりだ!」
セレノアは真剣な声色で呟いた。脳裏に大切な思い出が蘇るが、今はカインを見つめる。
「戦闘において、敵を倒す事以外に重要な事なんてあるよか!? 目に見えない騎士道を貫いて死ぬなんて、僕は嫌だ。惨めに這いつくばってでも生きたい。生きていれば、何かがあるんだよ!」
セレノアは大声で気持ちをぶち撒ける。カインが言い返せないほどに。
「今はあの魔族を倒して魔王軍を退けたい。僕は今ここで死にたくないから、君と手を組みたいんだ!!」
それはセレノア自身、完全に自分本位の言葉だった。
「ーーーその雑な魔術は見切ったぞ!!!」
すると突然、魔族の少年が大声を出して突進する。セレノアが放つ魔力の弾幕を躱しながら、みるみる距離を詰めていく。
「くそっ」
セレノアは魔力を全身に流そうとするが、上手くできなかった。魔術の切り替えは、高度な魔力運用を求められる。魔術を学んでから経験の浅い、セレノアには時間が掛かる。
その間にも距離が縮まっていき‥‥‥魔族の少年が魔力を纏わせた右手を振りかぶる。
「ーーー癪に障る」
カインが声を出し、全力で腰の鞘を投げ付けた。鉄拵えの鞘が回転しながら、2人の間に割り込む。
「っ!!」
それを魔族が躱した瞬間、セレノアは咄嗟に彼と距離を取る。魔力による強化術への切り替えが完了したのだ。
そしてセレノアとカインは互いに、魔族と対峙する形となった。
「助かった‥‥‥カイン、ありがーーー」
「勘違いするな」
セレノアは礼を言おうとしたが、咄嗟に阻まれた。その態度に困惑していると、カインが話し始める。
「‥‥‥お前、俺が魔力を集める時間を稼げ。俺のとっておきで、あのクソガキを殺してやる」
それは、実に口が悪い彼からの提案。
セレノアは微かに笑う。
「‥‥‥わかった。あいつを倒すアテがあるんだな?」
そして挑戦的に聞き返した。
「その言葉、後で後悔させてやる」
そう宣言したカインは、確実に自信があるようだった。
「そっか‥‥‥じゃあ、楽しみに待ってるよ」
セレノアは不敵に笑うと、全力で地面を蹴って突進していく。
「ーーーはぁッ!!」
「死にたいらしいなッ!!!」
そして、魔族の少年へ剣を振りかぶる。その直後、派手な音が何度も響き渡る。
「‥‥‥時間稼ぎで、すぐに死ぬなよ」
そんなカインの独り言は、瞬く間に掻き消されるのだった。




