第61話 虚構立方体
マルタ砦付近の平原。
「あ、この陣の指揮は六番隊所属のクーガーさん。あなたに任せますね」
「ーーーはぁ!?」
シレーナの発言は、1人の男に大声を上げさせた。短い灰色髪が特徴的な男、クーガーである。
彼はアストリア王国騎士団、六番隊に所属している。今回招集された、数少ない王国騎士の1人。
「守りの技術は王国騎士の中でも屈指の実力者。今回のマルタ砦防衛は、あなたの指揮が適しているかと」
シレーナは淡々と理由を説明する。まるで、もう指揮は委ねたと言わんばかりに。
「だ、だが騎士団内での立場と総合的な実力は、君の方が数段上だ!! だからローダン殿も君に指揮をーーー」
「あーうるさいですね。思考まで守り重視ですか?」
シレーナは眉を顰めて一蹴する。クーガーの提言が自分には合っていない事を態度で示していた。ちなみに、シレーナの方が遥かに歳下である。
(やっぱりシレーナさんって凄い人なんだな‥‥‥)
セレノアは改めて、彼女の実力に敬意を称した。他者と接している姿を見る事で、新たに分かることもある。
「いいですか? 戦いを制するのは地位じゃなく、実力です。身体を肥やした貴族より、畑作業をしていた農民の方が生き残るのと同じ」
「お、おい。ちょっと言い過ぎではーーー」
クーガーが困惑しながら口を挟もうとするが、シレーナは手で制する。邪魔をするなと言わんばかりに。
「防衛戦に於いては、この中だとあなたが最も適しています。それは能力的な話だけじゃない。上下関係に従順で、保守的な考えも考慮した結果です」
(それって褒めてないような‥‥‥)
「口の悪い奴だ」
セレノアとカインが呆れながらも、彼女の話は続く。
「それでは、こうしましょう。指揮官として命じます。私、セレノアくん、カインくんを除いた全員は砦の防衛に尽力を。彼らをまとめるのは、クーガーさんに一任します」
「え? き、君たちはどうするつもりなんだ!?」
クーガーの質問は至って当然だった。名を挙げられたセレノアとカインすら、ついていけずに硬直する。
「私たち3人はーーー」
シレーナの発言に、周囲からは凄まじいどよめきが起こった。
10分後。
「魔術を扱える者は後方から攻撃を!! 前衛は押し返すんだ!!」
王国騎士クーガーの声が、マルタ砦付近に響き渡る。既に彼らは、魔王軍と激しい防衛戦を繰り広げていた。
「いったい何を考えてんだ!? あの自称天才騎士様はよぉ!?」
B級冒険者、盾役のバンギネスが縦で魔物を押し返しながら愚痴をこぼす。
『ーーー中で準備を進めます。皆さんは防衛をお願いします』
開戦直前、シレーナは騎士の少年2人を連れてマルタ砦に入っていった。それ以降、今まで一度も姿を現していなかったのだ。
「王国騎士のエリートってのは大層良いご身分なんだろうなぁ!? 冒険者に命を張らせて立て籠もりとはなぁ!!」
「無駄口を叩く暇があるなら身体を動かせ!!」
愚痴が止まらないバンギネスに対し、注意をしたのはA級冒険者のノールだった。後方のフィーアの無事を確認しながら、目の前のゴブリンを斬り伏せていく。
「どう見ても彼女は拘りが強いタイプだ。そういう人間は、絶対にこの状況で逃げたりしない」
「でもよぉ!? このままだとジリ貧もいいとこでーーー」
バンギネスの声が、無意識に止まる。とてつもない魔力の気配を感じ取った。呆然と眺めると‥‥‥そこには魔王軍の精鋭らしきオーガたちがいた。特に、2本の角が生えた少年は別格の気配を醸し出す。
「おいマジかよっ‥‥‥!! 魔族じゃねえか!! それに奴を囲むオーガたちも只者じゃねえ!!」
バンギネスの声を聞き、ノールは目を合わせて警戒を強める。昨晩は隙だらけだったため魔族の少女を倒せたが、今の状況では相当難しいと実感した。
「ーーーぁ?」
すると突然、自分たちを覆うような日影ができた。当然、何事かとバンギネスは上を向く。
「!? なんじゃありゃあ!?」
バンギネスは大声を出した。マルタ砦の頂上から、まるで架け橋のようなものが伸びていた。
「あれは明らかに誰かの魔術によるものだ」
「あんな魔術聞いた事ねえぞ!?」
いや‥‥‥それは魔力で作られた立方体の集合体だった。
◆◇◆◇
「ーーー皆さんが防衛を頑張ってくれたお陰で、敵軍の中枢を担う者たちが出てきました。覚悟はいいですか、2人とも」
砦の頂上に立っていたシレーナが、風で黒髪を靡かせながら淡々と呟く。
「はい!」
「無駄な事を聞くな」
セレノアとカインは同時に言葉を返した。
シレーナは不敵に微笑み、先導するように魔力で立方体の上を走り出す。
(これはシレーナさんの固有魔術!)
セレノアは内心で驚きながら後を追う。
「よく分からない魔術を」
その後ろで、カインが声を漏らしながら足を動かし始めた。
「一気に指揮官らしき者に奇襲をかけます。最優先は魔族、全力で仕留めにかかります!」
そして、前を走るシレーナの声は真剣そのものだった。
普段の飄々とした姿はどこにもない。全力で任務を遂行する王国騎士の顔だった。
「行きますよ!」
声を出した彼女を筆頭に、セレノアは勢いよく最後の立方体から跳躍した。魔族の少年が佇む地点へと、空から急降下していく。
「すぅ‥‥‥『虚構立方体』!!」
シレーナは息を吸って、大声で詠唱した。
右手から魔術式が展開され、直径数mの大きな立方体をーーー真下の魔王軍へ叩き付ける。
その直後、凄まじい断末魔と黒い血の飛沫。かなりの数が押し潰され、絶命した。
「グァァァァァァァァっ!!!」
彼女の固有魔術『虚構立方体』は魔王軍の精鋭らしきオーガたちすら、一網打尽にした。
「やっぱり凄いっ‥‥‥!」
「奇妙な魔術だな」
シレーナを筆頭に、セレノアとカインも後に続いて立方体の上へ着地する。
「‥‥‥っ」
立方体と地面から滲み出す黒い血と、込み上げる魔物の死臭。セレノアは思わず息を呑む。
今まで魔物の討伐は経験しているが、数えられないほどの死骸を見るのは初めてだった。
「これは‥‥‥堪らない臭いだな」
隣のカインが眉を顰めて呟く。
「素直にキツいって言えばいいのに。私でも未だに慣れませんからね〜」
その反応にシレーナが目を細めてニヤリと笑った後、1人の少年を見つめる。
「部下らしきオーガたちを見殺し、自分は生き残る。それって恥ずかしくないんですかー?」
迫り来る『虚構立方体』を躱した、魔族の少年へと。魔力が滲み出している。
「‥‥‥人間如きが。ここまで同胞を皆殺しにするとは」
彼は外見に似合わない口ぶりで怒りを吐く。その態度と表情から、明らかに想定外であることが丸分かりである。
「ここからが本番ですよ、2人とも?」
シレーナは煽るように口角を上げて微笑んでいた。魔王軍への完璧な奇襲に、もはや彼女に異議を唱える者はいなかった。
「ーーーはい」
セレノアはしっかりと返事する。自分の先輩で、教育係である彼女の存在が心強かった。
「他の魔物の群れは私1人で難なく処理しますので、あなたたちは魔族の首を落としてください。おそらくあの魔族、私から距離を取ろうとするでしょうから」
シレーナの読みは正しかった。
「くそがっ」
魔族の少年は明らかに彼女への警戒心が強くなっている。精鋭のオーガたちをまとめて倒された事が響いている。
「正直、さっきのオーガたちと一緒に始末したかったですが。やっぱり魔族はめんどくさいですね」
彼に攻撃を躱されたのは、シレーナにとって唯一の誤算だった。
「さあ2人とも、手柄が目の前にありますよ? 失敗したらどうなるか分かってますよねぇ〜」
すると彼女はあえて誤算を利用し、2人を煽るような言葉を投げかける。
「シレーナさん‥‥‥」
「言われるまでもない」
セレノアは名前を呼んで、剣を鞘から取り出して構える。
カインは意外にも、それ以上の言葉は口に出さない。魔力が全身から満ち溢れていて、強い意志が感じられる。
「手柄の取り合い合戦ですよ? セレノアくん、がんばりましょー」
「はい!」
「俺が全部いただく」
こうしてセレノアたちは、魔王軍の勢いを挫くべく一斉に動き出した。




