第60話 マルタ砦防衛戦
「魔王軍の進軍を確認!!!」
片膝を付いた兵士の声が、マルタ砦に響き渡る。
次に声を響かせたのは、今回の指揮を任されている王国騎士のローダンだった。
「ーーー王国軍の警備兵は、砦の投石器で魔王軍の後方を攻撃!! 少しでも数を減らす事に尽力を!!」
アストリア王国騎士団三番隊隊長を務める彼に、一切の迷いは無かった。彼は右手を伸ばして指示を飛ばす。
「し、しかし前線で戦う騎士の皆様や冒険者たちに、余計な危険を生む可能性があります!!」
兵士の1人が畏まった様子で異議を唱える。ローダンは一歩前に詰めると、右手を横に伸ばした。
「前線で戦う者は王国内での実力者ばかりだ! 投石などに当たる不注意者は、この中に1人もいない!!」
ローダンの言葉に、周囲の冒険者たちが声を挙げる。
「さすが王国騎士でも名の知れた隊長。指示を出す側として、心持ちがよく分かってますねー」
そんな彼に、シレーナが小声で感想を漏らす。当然、ローダンには聞こえていない。
(‥‥‥次は、本当に気をつけないと。昨日みたいに先走りして、足を引っ張るのは嫌だ)
そしてセレノアは、ますます自分を戒めていた。ローダンの言葉が、全て昨日の自分に投げかけられているように感じたのだ。
「魔王軍の本軍は手強い!! 数も昨晩とは比べものにならないだろう。だが砦という地の利に、王国騎士と冒険者たち!! 個々の力では確実に我らが勝っている!!」
ローダンの言葉は、皆の心に更なる火を付ける。戦いとは、戦う前から始まっている。
「君たちの力が、今回の防衛戦の要である!! さあ、皆で英雄になろうではないか!!!」
彼の言葉は、まるで勝ち鬨を上げた時のように堂々としたものだった。
「「「「ーーーうぉぉぉぉぉぉッ!!!」」」」
冒険者と王国軍、そして王国騎士団‥‥‥皆が声を出して応える。
「これよりっ、砦の周囲に布陣を固める!! さあ皆の者‥‥‥我々の力を魔王軍に見せ付けてやろう!!」
ローダンの号令と共に、前線に立つ者たちは一斉に移動を始める。
「さっき話した手筈通りに!」
「2人とも、言っておきますが昨日のような失敗は繰り返さないようにー」
「うるさい。さっさと持ち場へ行くぞ」
そしてセレノア、シレーナ、カインの3人も移動を始める。
マルタ砦付近の平原。
「おぉ〜爽快ですねー」
突然鳴り響く轟音と舞い上がる土煙を、シレーナが楽しそうに眺めていた。
マルタ砦から放たれた投石が、進軍中の魔王軍の中央に落下したのだ。
「魔術を扱える者たちは、各自詠唱開始!!」
中央後方で馬を乗っているローダンが号令を掛ける。
「【魔力放射】」
セレノアは両手を胸の前に構え、詠唱する。それは以前、魔術師フィーアに教わった無属性魔術。
「ーーーはぁッ!」
魔術式が展開された直後、突き出した両掌から魔力の塊を放出した。まるで光線のように伸びた魔力の塊は、魔王軍の最前線に衝突し‥‥‥爆発が起こる。
「無属性魔術か。また珍しいものを扱うものだ」
隣のカインが目を細めて話しかける。意味ありげな言葉に、少し引っかかった。
「珍しい? 魔力を持つ者なら、誰にでも扱える基本なのにか?」
セレノアは素直に聞き返した。
無属性魔術が少数派であることに、率直に疑問を抱いている。その疑問に応えたのは、カインではなくシレーナだった。
「魔力と魔術を研究する学問‥‥‥いわゆる『魔学』は主に貴族の嗜みです。貴族たちは自分の特別性を誇示したい事から、各個人に宿っている得意属性を重視してるんです」
「そんな理由で、魔力があれば誰でも習得できる無属性魔術を使わないんですか?」
セレノアは思った事を呟くと、シレーナが目を細めてニヤリとわらった。
「そうですよ? 魔学の基礎である無属性魔術から目を逸らして。ちなみに天才である私の魔術も無属性魔術の延長線にあります」
彼女の言葉に、セレノアは目を見開いた。
以前、巨大なオーガを圧倒してみせたシレーナの固有魔術‥‥‥『虚構立方体』を思い出す。
「貴族ってほんと馬鹿ですよねー」
シレーナが笑いながら、あえて言葉を強調した。
「‥‥‥言い方が気になるが、別に否定はしない。大半の貴族は、金儲けしか考えていない能無しだからな」
するとカインが悪態をつく。無表情で淡々と反応している。
「ところでお前、得意属性はなんだ」
カインが唐突に話しかけてくる。
セレノアは驚きで目を丸くした後、苦笑いしながら口を開いた。
「まだ分からない。少し前に魔水晶で診断したんだけど、何も色が変わらなかった」
セレノアは話しながら無意識に、3年前を思い出す。
『ーーーもしかしたら、希少属性が得意って可能性もあるわよ!!?』
冒険者時代‥‥‥魔水晶を試した時、同行してくれたフィーア。彼女が嬉々として魔術の話を話していた事を。
「‥‥‥ちなみに、カインの得意属性は?」
セシルは咄嗟に笑顔を作って話しかけた。2人に勘付かれないように話を変える。
「なぜお前に教える必要がある」
そして、カインに一蹴された。
「あなたって、なかなか面倒な性格してますよね。よくそんな心持ちで質問しましたね。よほどの温室育ちなんですねー。さすが名門のフェリクス家」
2人の会話を聞いていたシレーナが、少し棘のある言葉を送り付けた。
「ーーー黙れ。俺の前でその名を出すな」
すると、カインが目をカッと見開いて吐き捨てる。
彼の態度に、セレノアは困惑しながら佇む。
「うわぉ。どうやら何か事情がありそうですねー」
だがシレーナは一歩も引かない。むしろ煽るように微笑んでいる。
「シレーナさんっ」
セレノアは思わず止めようとするが、彼女は真っ直ぐカインを見つめる。
「‥‥‥ちっ」
カインが舌打ちし、歯を噛み締める。視線もシレーナから外し始めている。そんな2人を見ているセレノアは、かける言葉が見当たらない。
「ーーー【水槍】!!」
すると突然、女性の声が響き渡る。確かな魔力の気配を感じ、セレノアは無意識に視線を合わせる。
(フィーアさんっ!)
そこにはB級冒険者、魔術師フィーア。
水属性魔術を詠唱し、魔王軍に遠距離攻撃を仕掛けていたのだ。
彼女の杖に展開された魔術式から、水で生成された鋭利な槍が飛んでいく。
「おー、これはすごいですね。さすが冒険者として生活しているだけあります。実戦経験の多い魔術師の冴えは違いますね」
「‥‥‥ふん」
シレーナとカインが、それぞれ反応を示す。先程までの空気は取り除かれていた。
(フィーアさんっ‥‥‥! 本当にありがとう!)
セレノアはかつての魔術の先生に感謝した。当然、フィーアは気づかずに魔術を連発している。
「ーーー反対側から魔物の姿あり!!!」
砦から聞こえた声により、セレノアたち前線に緊張が走る。指揮官のローダンが振り返って砦を見ると、上で監視をしていた兵士が顔を乗り出した。
「現在の魔王軍から正反対の方向に、魔物の群れが突然現れました!! おそらく高度な幻影魔術で潜伏させていたのだと思います!!」
それは事態の急変を知らせる報告だった。話を聞いた指揮官、ローダンの表情が僅かに曇る。
「あと5分ほどで、このマルタ砦に攻め込んできます!!」
前後から挟むように進軍を行う魔物たち。まるで、最初からそれが狙いだったかのように。
「‥‥‥最初からこれが狙いだったのか。魔王軍め」
指揮官であるローダンは愚痴をこぼし‥‥‥即決した。
「ーーー陣の左半分の60人!! すぐに砦の反対側に回り込め!! 前後から侵略してくる魔王軍を、殲滅する!!」
それはただでさえ少ない人員を更に分ける、かなり大胆な策だった。
「反対側の指揮はーーーシレーナ、君に任せる!!」
だが、それは各個人の実力を充分に評価しての判断だった。指揮官の彼に指名されたシレーナは、目を細めて口角を上げる。
「さっすが王国騎士団の三番隊隊長!! 人を見る目がありますね〜! この天才騎士シレーナちゃんにお任せを〜!!」
シレーナは嬉々として宣言すると、誰よりも早く踵を返して走り出した。
「ローダンさんの話は聞きましたよねぇ〜!? 左半分の皆さん、速やかに移動を始めてください〜!!」
完全に慣れた言動で指示を出すと、冒険者たちは一斉に後に続く。その中にはノール、フィーア、バンギネスもいた。
「カイン、僕たちも行こう」
「おい。あの女が指揮するとか大丈夫なんだろうな」
そしてセレノアとカインも、すぐに彼女の後を追ってマルタ砦に入る。
「さあ、ここから私の時代ですよー?」
先頭のシレーナが目を細めてニヤニヤと笑う。
過酷な運命が待っていることも知らずに。




