第58話 A級冒険者
(動きが殆ど見えなかった‥‥‥魔族に気付かれる前に、首を切り飛ばすなんて)
セレノアは目を見開いて、数秒前を思い出す。それは自分を見下ろして嘲笑する魔族が、首を刎ねられる瞬間だった。
(目で追えないほどの瞬発力、剣撃の速さ‥‥‥今の僕にはとても再現出来ない)
魔力で身体を強化するどころか、警戒すらしていなかった魔族。彼女の意識外から高速で距離を詰め、一撃で仕留めてみせた身体能力と剣の冴え。
「2人とも、怪我は無いか」
魔族を討伐した剣士の名は、ノール。
彼はまさに、国内で数十人しかいないA級冒険者として相応しい実力を見せた。
「あ、ありません。ありがとうございます」
「‥‥‥」
セレノアは少し緊張しながら感謝を述べた。
カインは顔を横に向け、何も言わずに腕を組んでいる。
「間に合って良かったよ」
ノールは黒鋼の剣を鞘に納めて、安堵するように息を吐く。
「魔族の意識が君たちに向いてたから、大事無く仕留める事が出来た。ありがとう」
そして、彼は穏やかに微笑んだ。
その表情は、セレノアが何度も見てきた優しい笑顔だった。
「ーーーさすがA級冒険者。王国内で数十人しかいない精鋭ですね〜」
そんな声と共に、姿を現したのはシレーナ。黒髪を靡かせながら、笑顔を見せる。
セレノアは彼女に何か言うよりも早く、ノールが振り向いて口を開いた。
「王国騎士にそう言ってもらえるなんて、光栄だ」
「思ってないくせに〜。何度も勧誘を断ってるらしいじゃないですか〜」
彼女が話した内容は、セレノアを驚かせるには充分だった。
ノールが微かに目を細める。
「2年前の事があったのに、俺を誘ってくる君たちの方が理解に苦しむよ」
彼の口から飛び出したのは、あまりにも容赦無い拒絶の言葉。セレノアは生唾を呑む。
シレーナは両手を軽く振って苦笑いを浮かべる。
「まあまあ、今は共に戦う仲間なんですから」
「少数精鋭の王国騎士さまに、いち冒険者の助けが必要なのか?」
ノールが割り込むように言い放つと、踵を返して歩いていく。明らかに、王国騎士を敵視している。優しくて温厚な彼であっても、人を恨む事もあるのだ。
(ノールさん‥‥‥)
そして3年前の当事者であるセレノアは、ただ見つめる事しか出来なかった。
その後、マルタ砦。
王国騎士と冒険者を合わせて、120人。その全てが一同に集まる。一般兵士が殆どいないのは、異例の事態だった。
「先ほどは皆さん、本当にお疲れ様でした。私が来た時にはもう大半が殲滅されていました。さすが召集に応じていただいた、精鋭の皆さんです」
常に笑顔を絶やさない黒髪の男が、両手を広げて話し始める。
「あなたたちは個人で数十人分の働きを行える実力者です。それが120人いるとすれば、魔王軍を相手にしても充分に防衛できると思っています」
彼は糸目が特徴的だった。
「あ、自己紹介が遅れました。私はアストリア王国騎士団所属、ローダンです。今回の指揮を任されています。どうか皆さん、よろしくおねがいしますね」
その丁寧な言葉遣いと態度に、大勢の毒気が抜かれる。
「‥‥‥ふん。心にも無いことを」
だが、カインだけは腕を組んで小言を呟いていた。それは偶然近くにいた、セレノアの耳にも届く。
「今日の前哨戦よりも、明日は激しい戦いになると思います。ですが精鋭が揃っているのは我々も同じです。今日の戦いぶりから、勝ちは確信しています」
そのため、ローダンが話す言葉には何か裏があるのではないかと、セレノアは感じていた。
「あと皆さんの癒しになればと、王都から取り寄せたワインがあります。皆さん、今夜は英気を養いましょう」
ローダンが穏やかに言い終えた後、砦内の人々がそれぞれ声を出しながら散開を始める。一目散にワインに手を付ける者、パンを食べる者、様々である。
「‥‥‥」
そしてセレノアは、焚き火の前に座っていた。何も言わず、俯いている。
「ほんと、人見知りなんですからー」
「なんで俺が‥‥‥」
「あ、ローダンさんに言いつけますよ〜? あなたが所属する、三番隊の隊長さんにね〜?」
「ちっ‥‥‥」
隣にはシレーナ、カインが座っていた。王国騎士の中でも、特に年齢が若い3人。
「さっきの数は本当に驚いた」
「ほんと、身が保たないわよ」
「盾役の前でよくそんなこと言えるな」
そして対峙するように座っているのは‥‥‥ノール、フィーア、バンギネス。
今この6人で、焚き火を囲って会合していた。
(ど、どうしたらいいんだ‥‥‥)
数分前、焚き火を始めるセレノアたちの前に、ノールたちが現れたのだ。断ると違和感を抱かせるため、こうして対峙して座っている。
セレノアは今も顔を下げ、緊張している。
「セレノアくんとカインくん、か‥‥‥その若さで王国騎士なんて凄いな」
するとノールが水を飲みながら、2人の少年を見つめて呟いた。
「‥‥‥(ぶんぶん)」
セレノアは無言で首を横に振り、支給されたパンを食べ始める。
「こいつと一緒にするな。さっきも俺の方が多くの魔物を倒した」
一方、カインは不機嫌そうに目を細め、勢いよく水を飲む。
「ははっ、まるで正反対だね」
そんな2人に対し、ノールが穏やかに笑う。その笑顔を、セレノアは直視できない。
「‥‥‥ セレノアくんは、どこの出身?」
だが淡々と話しかけてきたフィーアは、少しも笑っていなかった。とんがり帽子の下から見える、鋭い目付き。
セレノアは口からパンを離して、思わず息を呑んだ。焦りと不安が、刻々と頭に空白を作っていく。
「ーーーたしかアストリア王国領の、南側の村ですね。3年前、とある任務で近くに行った時、私が見つけてきた逸材ですよー?」
すると、シレーナが笑いながら代わりに答える。それも、平気で嘘を並べながら。
当然、フィーアは納得していない。
「なんであなたが答えるの? その子が人見知りなのは聞いたけど、ちょっと過保護過ぎじゃない?」
「散々あなたに言い寄られて困っているので、助け舟を出してるだけですよー?」
不穏な空気を纏い始める2人を、セレノアは止められない。彼女たちは見つめ合い、会話を続ける。
「それにあなた、嘘ついてないかしら? 3年前に会った時、自分が最年少騎士って自慢してたわよね」
「彼は当時、騎士見習いだったんですよ。正式な騎士となったのはその後で、最年少を更新されたんですよー」
口を開くたびに、シレーナとフィーアの言い合いは白熱していく。
「‥‥‥‥‥‥」
セレノアは湧き上がる罪悪感から、何も口出しできない。
「‥‥‥はぁ」
すると突然、カインが大きなため息を吐く。それはセレノアを始め、その場にいる全員が注目するほど目立った。
「なんだここは。空気が不味くて仕方ない」
カインは躊躇無い言葉を漏らして立ち上がり、足早に歩いていく。
「あ、僕もちょっと」
そしてセレノアは彼の後に便乗して、なんとかその場から離れた。背中に複数の視線を浴びながら。
「ついてくるな」
その後、カインに煙たがられた。
セレノアは自然と歩く方向が変わっていき、1人になる。
(これからどうするか、考えよう‥‥‥)
そして砦の外へ出て、セレノアは近くの平原に座り込む。雲一つ無い綺麗な夜空の下でも、ため息が漏れる。
(もしノールさんたちに気付かれたら、隊長であるハーティアさんの立場が‥‥‥それに罰を与えられるのは、たぶん僕だけじゃない)
セレノアは懸念していた。他者に自分の正体を気付かれた時の重い罰を。
また、その罰が自分だけでなく‥‥‥シレーナやハーティア。そして、ノールたちに及ぶ可能性を。
「ーーー隣、いいかな」
すると、思考を遮るように聞こえてきた男の声。
セレノアは思わず顔を上げ、斜め上を見つめる。視界に映ったのは、短い茶髪が印象的な好青年。
「あ‥‥‥」
「A級冒険者のノールだ。ちょっと君と話をしたいんだが、隣いいかな」
彼は軽く自己紹介をすると、セレノアが返事するよりも早く、腰を下ろした。




