第55話 緊急招集
「‥‥‥南西の国境付近に緊急招集?」
セレノアは大の字で床に寝転んだまま、掠れた声を出す。訓練場の床に寝転がる理由など、1つしかない。
「失礼な態度ですねー。あなたをそんなふうに育てた覚えはありませんよ?」
「いま話を振ってきたからですけど‥‥‥?」
それは教育係である先輩のシレーナとの訓練。
今まで通り、セレノアが彼女に倒された直後だった。それも、セレノアは初の単独任務から帰ってきたばかり。
シレーナが目を細めて息を吐く。
「訓練前に話したら、集中できないと思いましてね。まして今回の任務は、今までとは全く違います」
「違う? どんな風にですか?」
「五番隊からは私たち2人。あと、他の隊からも若干名の王国騎士への召集が掛かってます。明らかに大掛かりです」
彼女の言葉に、セレノアは上体を起こして目を合わせた。明らかに危険な匂いを感じさせる話。
「‥‥‥その内容は?」
「それは移動しながら話します。ここから招集場所まで、馬で数時間です」
「え、じゃあ今訓練しなかった方がーーー」
思ったことを素直に口に出したセレノアは、しゃがみ込んだ彼女の右手に遮られる。
「王国騎士を急遽集めるなんて、滅多にありません。だから少しでも、訓練をしておいた方がいいと思ったので‥‥‥後で後悔しないように」
そう言ったシレーナの態度は、明らかに普段と異なっていた。どこか表情が暗く、眉を下げている。
「それでは向かいましょうか。既に馬の準備も出来てます」
そんなシレーナの言葉に対し、セレノアは無言のまま静かに頷いた。
その後。
セレノアとシレーナは、すぐに南の駐屯基地から出発。馬で数時間かかるという、目的地まで移動を始める。
「なんで大々的に王国騎士を?」
馬で駆ける中、セレノアは並走しているシレーナに話しかけた。彼女は手綱を強く握り、前を向いたまま話を始める。
「私もハーティア隊長に聞いただけなので、まだ詳しい事は分かってません。ですが、今から向かう南西の国境付近に‥‥‥魔王軍の軍勢が現れたと」
「魔王軍‥‥‥!」
セレノアは無意識に彼女の方を向いて声を出した。
(魔王軍‥‥‥だからシレーナさんも緊張してるのか)
冒険者時代に、依頼として討伐していた野良の魔物とは訳が違う。
魔王軍は文字通り‥‥‥軍として鍛えられた魔物たちが、指揮官の統率を持って動く精鋭集団。
「偵察隊によれば‥‥‥魔物の群れを指揮している魔族がいたと。そして隊列を成し、迅速にアストリア王国領内に近づいているそうです」
「魔族っ‥‥‥」
「その軍勢が南西の国境沿い、マルタ砦にやってくるのが」
「明日ってことですか」
セレノアの言葉に対し、シレーナが「はい」と呟く。
「‥‥‥すぅ〜」
セレノアは息を深く吸い込み、手綱を握り締める。それは、自分自身を律するため。
未知の不安と恐怖に呑み込まれないように。
「以前に私が教えたこと、ちゃんと覚えているようですねー。魔王軍の雑兵ですら、強い野良の魔物よりも数段厄介です。魔王軍と戦ったことが無いなら、緊張するのも仕方ありません」
セレノアは目を見開いて、彼女を見つめ続ける。
自分が緊張している理由を、シレーナに気付かれていた。
(やっぱり‥‥‥シレーナさんは凄い人だ)
教育係の彼女と過ごした約2年間を、セレノアは無意識に思い出していた。
「でも、臆する事はありません。この天才騎士シレーナちゃんが2年も見ていたんですよ? これまでの自分と‥‥‥何よりこの私を信じなさい」
「シレーナさん‥‥‥」
セレノアは目を見開いて声を漏らす。
それを見たシレーナは得意げに口角を上げる。
「ふっふっふっ、感動してますね〜?」
そして、何故か意地の悪い笑みを浮かべる彼女。
セレノアは何も言わず、少し首を傾げる。
「それに、戦闘自体は野良の魔物の時と大差ありません。良い経験になると思ったらいいです。あなたが気負う必要はーーー」
「あの‥‥‥急にどうしたんですか? そんなに気遣ってくれるような言葉を」
するとセレノアは、素直な疑問を口にした。
セレノアは感動していたわけではなく‥‥‥戸惑っていた。シレーナの言動に。
「普段とはまるで別人みたいで‥‥‥」
普段の彼女を見ているからこそ、嬉しさよりも困惑の方が勝っているのだ。
「ーーーへぇ?」
するとシレーナが目を細めて笑う。
この時、セレノアは自分の失言に気づいた。
「何事も経験という事で、あなたがどんな危険な目に遭おうが助けてあげませんからねー?」
そしてシレーナが満面の笑みで、全身からドス黒い気配を醸し出す。いや、魔力が滲み出ている。
「ーーーはい。最初からそのつもりです」
だが、セレノアは前を向いて手綱を握る。彼女の威圧感など、胸の中の緊張が掻き消していた。
「‥‥‥可愛くないですね〜」
そして、シレーナが口を尖らせている事にも気付かなかった。
数時間後、マルタ砦。
「アストリア王国騎士団五番隊所属、シレーナです」
「同じく、五番隊所属のセレノアです」
セレノアは彼女の隣に立ち、警戒する門番に素性を明かす。
「ど、どうぞ!」
すると、門番をしている兵士の態度が一変。右手を伸ばし、速やかに通してくれる。
「あんな子供たちが、騎士‥‥‥?」
「さぞかし良い生活してんだろうなぁ‥‥‥恵まれた奴は羨ましいよ」
だが門を通り過ぎた瞬間、セレノアたちは小言を背中に浴びた。浴びせてくるのは、周囲の兵士たち。
「はいぃ??」
すると、シレーナが口をへの字に曲げながら、後ろで和気藹々と話している2人の門番を睨む。すると兵士たちは目を逸らして黙り込む。
「元気良さそうだし、皆さんにも前線で頑張ってもらいましょうかね〜? 今回は魔族がいるので倒したら大手柄ですよ〜?」
そしてシレーナの発した言葉が、周囲を瞬く間に呑み込んだ。意図的な仕返しをした後、彼女は前を向いて息を吐く。
「‥‥‥はぁ。鬱陶しい煩わしい。何も知らない人からの言葉なんて、気にするだけ無駄ですからねー」
「別に気にしてないです。どうでもいいんで」
そして隣を歩いていたセレノアは、彼らを意識すらしていなかった。
(知らない人から何言われても、どうでもいい)
強がりではなく、心底興味が無い。自分を嫌う相手には、関わるだけ無駄だ。
セレノアは本気でそう思っていた。
「‥‥‥はぁ」
するとシレーナがため息をこぼし、左腕を伸ばす。
「もう、表情が怖いですよー? 可憐な16歳の天才騎士シレーナちゃんが撫で撫でしてあげます」
そしてセレノアの頭に乗せると‥‥‥少し乱暴に撫で回す。
「っ‥‥‥やめてくださいっ。子供扱いしないでくださいよ」
セレノアは咄嗟に手を払い除けようとする。いきなりの事で困惑した。
その反応を見て、シレーナが意地悪な笑みを浮かべた。
「12歳なんて、まだまだ子どもですよー? 貴族は15歳に王都の王立学院に入学する決まりですが、所詮は世間知らずの温室育ちの子どもたちです」
「王立学院‥‥‥」
セレノアは思わず声を出した。自分の目的である名前が出た事で、強く意識してしまう。
「まあ同じ15歳になれば、あなたの方がよっぽど大人らしいかもしれませんね〜?」
そう言ったシレーナがまた頭を撫でる。
「あの‥‥‥シレーナさんは王立学院に入学しないんですか?」
セレノアは慎重に質問した。
シレーナは自分より4歳上の、16歳。
彼女は既に、アストリア王立学院へ入学する事が可能なのだ。
「はいぃ? なんでこの私がぁ、貴族増長縦社会組織に属さなきゃいけないんですか??」
シレーナが早口で一蹴した。目を細め口をへの字に曲げ、親指を下に向けて舌打ちまでしている。
「えっと‥‥‥やっぱり王国が運営している教育機関なら、色んな事が学べると思って」
その態度に、セレノアは勇気を振り絞って話す。
シレーナの眉間に、少しずつ皺が寄っていく。
「別に学びたいことは無いですねー。今の王国騎士団すら貴族出身が多くて気疲れするのに。王立学院なんて、貴族は基本的に無条件で入れるんですよ?」
「‥‥‥そうなんですか?」
「そうなんです。つまり学院の中なんて、騎士団よりも歪んだ貴族たちがいるのは目に見えてます」
シレーナが堂々と言い放った。その口ぶりから、少しも興味が無いのが分かる。
「そういうのは心底うんざりなんですよ。だからハーティア隊長とあなたのいる今の生活は、すごく楽しいです。あ、ヤミルさんとルルカさんもついでに」
そして彼女は目を細め、穏やかに微笑んだ。
だが、セレノアは少し複雑な表情を浮かべる。
「‥‥‥僕は王立学院に興味あります」
その言葉に、隣のシレーナの目の色が変わる。
「ほほぉ? さすがの向上心ですね。何か学びたいことでもあるんです〜?」
「それは‥‥‥」
セレノアは言い淀んだ。顔を下げ、両手を強く握りしめる。
(王立学園に入学したら、王族になったセリカと会えるかもしれない‥‥‥)
それは勇者となった事で離れてしまった彼女に、ただ近づきたいという気持ち。
『勇者』セリカ・アストリアに会いたいという、純粋な願い。
「‥‥‥別に、色々学びたいと思って」
だが、セレノアはその想いを他者へは話せない。それは2年の時を過ごしたシレーナにすらも。
(まだ、僕には何もかも足りてない‥‥‥)
勇者となった彼女と、ただの一介の騎士である自分。孤児院出身という立場からは見違える前進だが、それでも『勇者』と『王族』という強大な権威を持つセリカには‥‥‥まだ届いていない。
その事実に、セレノアは胸が苦しくなる。
「だから僕は、王立学院に入学したいです」
セレノアは無意識に視線を下げ、シレーナを見ないように呟いた。
「ふーん? じゃあもっと頑張らないといけませんね〜」
そして、シレーナは深く追及しなかった。
「もし王国騎士としての実績を積めば、色々便宜を図ってくれるかもしれませんよ〜? 国に必要な人材は、王立学院のような教育機関で学ばせることもありますし」
「! 本当ですか?」
セレノアは顔を上げて声を出す。
「ええ。ですが当然、簡単ではありませんよー? 国内でも顔が知られるほど有名にならないと」
シレーナが少し意地悪な言葉を挟む。にやりと笑っている。
「ーーー俄然やる気が出てきました」
すると、セレノアは嬉しそうに拳を握る。
彼女の意地悪な言葉は耳に入っていない。ただ、自分の力で茨の道を切り開いていく決意を固めていた。
セレノアは、今までもそうやって進んできた。
「じゃあ今回の任務はチャンスですねー。それほど今回の任務は、王国の中枢が注目してますから」
「はい!」
セレノアは顔を上げ、無邪気な笑顔を浮かべた。
珍しい年相応の反応に、シレーナも微笑む。
「負けませんよー?」
「望むところです!」
2人はどこか競争のような心持ちで、マルタ砦へと歩いていった。そして、砦の入り口に到着する。
「ーーーA級冒険者のノールです。ギルドからの緊急要請により、馳せ参じました」
セレノアは息を詰まらせた。
『俺はB級冒険者のノール。よろしくな、アベル』
決別するしかなかった過去が、脳裏に甦る。




