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勇者の隣は、茨道。〜最愛の少女の隣に立つために、弱肉強食の異世界で必死に足掻く少年〜  作者: とい
3章 運命の分かれ道

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第55話 緊急招集

「‥‥‥南西の国境付近に緊急招集?」


 セレノアは大の字で床に寝転んだまま、掠れた声を出す。訓練場の床に寝転がる理由など、1つしかない。


「失礼な態度ですねー。あなたをそんなふうに育てた覚えはありませんよ?」


「いま話を振ってきたからですけど‥‥‥?」


 それは教育係である先輩のシレーナとの訓練。

 今まで通り、セレノアが彼女に倒された直後だった。それも、セレノアは初の単独任務から帰ってきたばかり。

 シレーナが目を細めて息を吐く。


「訓練前に話したら、集中できないと思いましてね。まして今回の任務は、今までとは全く違います」


「違う? どんな風にですか?」


「五番隊からは私たち2人。あと、他の隊からも若干名の王国騎士への召集が掛かってます。明らかに大掛かりです」


 彼女の言葉に、セレノアは上体を起こして目を合わせた。明らかに危険な匂いを感じさせる話。


「‥‥‥その内容は?」


「それは移動しながら話します。ここから招集場所まで、馬で数時間です」


「え、じゃあ今訓練しなかった方がーーー」


 思ったことを素直に口に出したセレノアは、しゃがみ込んだ彼女の右手に遮られる。


「王国騎士を急遽集めるなんて、滅多にありません。だから少しでも、訓練をしておいた方がいいと思ったので‥‥‥後で後悔しないように」


 そう言ったシレーナの態度は、明らかに普段と異なっていた。どこか表情が暗く、眉を下げている。


「それでは向かいましょうか。既に馬の準備も出来てます」


 そんなシレーナの言葉に対し、セレノアは無言のまま静かに頷いた。



 その後。

 セレノアとシレーナは、すぐに南の駐屯基地から出発。馬で数時間かかるという、目的地まで移動を始める。


「なんで大々的に王国騎士を?」


 馬で駆ける中、セレノアは並走しているシレーナに話しかけた。彼女は手綱を強く握り、前を向いたまま話を始める。


「私もハーティア隊長に聞いただけなので、まだ詳しい事は分かってません。ですが、今から向かう南西の国境付近に‥‥‥魔王軍の軍勢が現れたと」


「魔王軍‥‥‥!」


 セレノアは無意識に彼女の方を向いて声を出した。


(魔王軍‥‥‥だからシレーナさんも緊張してるのか)


 冒険者時代に、依頼として討伐していた野良の魔物とは訳が違う。

 魔王軍は文字通り‥‥‥軍として鍛えられた魔物たちが、指揮官の統率を持って動く精鋭集団。


「偵察隊によれば‥‥‥魔物の群れを指揮している魔族がいたと。そして隊列を成し、迅速にアストリア王国領内に近づいているそうです」


「魔族っ‥‥‥」


「その軍勢が南西の国境沿い、マルタ砦にやってくるのが」


「明日ってことですか」


 セレノアの言葉に対し、シレーナが「はい」と呟く。


「‥‥‥すぅ〜」


 セレノアは息を深く吸い込み、手綱を握り締める。それは、自分自身を律するため。

 未知の不安と恐怖に呑み込まれないように。


「以前に私が教えたこと、ちゃんと覚えているようですねー。魔王軍の雑兵ですら、強い野良の魔物よりも数段厄介です。魔王軍と戦ったことが無いなら、緊張するのも仕方ありません」


 セレノアは目を見開いて、彼女を見つめ続ける。

 自分が緊張している理由を、シレーナに気付かれていた。


(やっぱり‥‥‥シレーナさんは凄い人だ)


 教育係の彼女と過ごした約2年間を、セレノアは無意識に思い出していた。


「でも、臆する事はありません。この天才騎士シレーナちゃんが2年も見ていたんですよ? これまでの自分と‥‥‥何よりこの私を信じなさい」


「シレーナさん‥‥‥」


 セレノアは目を見開いて声を漏らす。

 それを見たシレーナは得意げに口角を上げる。


「ふっふっふっ、感動してますね〜?」


 そして、何故か意地の悪い笑みを浮かべる彼女。

 セレノアは何も言わず、少し首を傾げる。


「それに、戦闘自体は野良の魔物の時と大差ありません。良い経験になると思ったらいいです。あなたが気負う必要はーーー」


「あの‥‥‥急にどうしたんですか? そんなに気遣ってくれるような言葉を」


 するとセレノアは、素直な疑問を口にした。

 セレノアは感動していたわけではなく‥‥‥戸惑っていた。シレーナの言動に。


「普段とはまるで別人みたいで‥‥‥」


 普段の彼女を見ているからこそ、嬉しさよりも困惑の方が勝っているのだ。


「ーーーへぇ?」


 するとシレーナが目を細めて笑う。

 この時、セレノアは自分の失言に気づいた。


「何事も経験という事で、あなたがどんな危険な目に遭おうが助けてあげませんからねー?」


 そしてシレーナが満面の笑みで、全身からドス黒い気配を醸し出す。いや、魔力が滲み出ている。


「ーーーはい。最初からそのつもりです」


 だが、セレノアは前を向いて手綱を握る。彼女の威圧感など、胸の中の緊張が掻き消していた。


「‥‥‥可愛くないですね〜」


 そして、シレーナが口を尖らせている事にも気付かなかった。




 数時間後、マルタ砦。


「アストリア王国騎士団五番隊所属、シレーナです」


「同じく、五番隊所属のセレノアです」


 セレノアは彼女の隣に立ち、警戒する門番に素性を明かす。


「ど、どうぞ!」


 すると、門番をしている兵士の態度が一変。右手を伸ばし、速やかに通してくれる。


「あんな子供たちが、騎士‥‥‥?」


「さぞかし良い生活してんだろうなぁ‥‥‥恵まれた奴は羨ましいよ」


 だが門を通り過ぎた瞬間、セレノアたちは小言を背中に浴びた。浴びせてくるのは、周囲の兵士たち。


「はいぃ??」


 すると、シレーナが口をへの字に曲げながら、後ろで和気藹々と話している2人の門番を睨む。すると兵士たちは目を逸らして黙り込む。


「元気良さそうだし、皆さんにも前線で頑張ってもらいましょうかね〜? 今回は魔族がいるので倒したら大手柄ですよ〜?」


 そしてシレーナの発した言葉が、周囲を瞬く間に呑み込んだ。意図的な仕返しをした後、彼女は前を向いて息を吐く。


「‥‥‥はぁ。鬱陶しい煩わしい。何も知らない人からの言葉なんて、気にするだけ無駄ですからねー」


「別に気にしてないです。どうでもいいんで」


 そして隣を歩いていたセレノアは、彼らを意識すらしていなかった。


(知らない人から何言われても、どうでもいい)


 強がりではなく、心底興味が無い。自分を嫌う相手には、関わるだけ無駄だ。

 セレノアは本気でそう思っていた。


「‥‥‥はぁ」


 するとシレーナがため息をこぼし、左腕を伸ばす。


「もう、表情が怖いですよー? 可憐な16歳の天才騎士シレーナちゃんが撫で撫でしてあげます」


 そしてセレノアの頭に乗せると‥‥‥少し乱暴に撫で回す。


「っ‥‥‥やめてくださいっ。子供扱いしないでくださいよ」


 セレノアは咄嗟に手を払い除けようとする。いきなりの事で困惑した。

 その反応を見て、シレーナが意地悪な笑みを浮かべた。


「12歳なんて、まだまだ子どもですよー? 貴族は15歳に王都の王立学院に入学する決まりですが、所詮は世間知らずの温室育ちの子どもたちです」


「王立学院‥‥‥」


 セレノアは思わず声を出した。自分の目的である名前が出た事で、強く意識してしまう。


「まあ同じ15歳になれば、あなたの方がよっぽど大人らしいかもしれませんね〜?」


 そう言ったシレーナがまた頭を撫でる。


「あの‥‥‥シレーナさんは王立学院に入学しないんですか?」


 セレノアは慎重に質問した。

 シレーナは自分より4歳上の、16歳。

 彼女は既に、アストリア王立学院へ入学する事が可能なのだ。


「はいぃ? なんでこの私がぁ、貴族増長縦社会組織に属さなきゃいけないんですか??」


 シレーナが早口で一蹴した。目を細め口をへの字に曲げ、親指を下に向けて舌打ちまでしている。


「えっと‥‥‥やっぱり王国が運営している教育機関なら、色んな事が学べると思って」


 その態度に、セレノアは勇気を振り絞って話す。

 シレーナの眉間に、少しずつ皺が寄っていく。


「別に学びたいことは無いですねー。今の王国騎士団すら貴族出身が多くて気疲れするのに。王立学院なんて、貴族は基本的に無条件で入れるんですよ?」


「‥‥‥そうなんですか?」


「そうなんです。つまり学院の中なんて、騎士団よりも歪んだ貴族たちがいるのは目に見えてます」


 シレーナが堂々と言い放った。その口ぶりから、少しも興味が無いのが分かる。


「そういうのは心底うんざりなんですよ。だからハーティア隊長とあなたのいる今の生活は、すごく楽しいです。あ、ヤミルさんとルルカさんもついでに」


 そして彼女は目を細め、穏やかに微笑んだ。

 だが、セレノアは少し複雑な表情を浮かべる。


「‥‥‥僕は王立学院に興味あります」


 その言葉に、隣のシレーナの目の色が変わる。


「ほほぉ? さすがの向上心ですね。何か学びたいことでもあるんです〜?」


「それは‥‥‥」


 セレノアは言い淀んだ。顔を下げ、両手を強く握りしめる。


(王立学園に入学したら、王族になったセリカと会えるかもしれない‥‥‥)


 それは勇者となった事で離れてしまった彼女に、ただ近づきたいという気持ち。

 『勇者』セリカ・アストリアに会いたいという、純粋な願い。


「‥‥‥別に、色々学びたいと思って」


 だが、セレノアはその想いを他者へは話せない。それは2年の時を過ごしたシレーナにすらも。


(まだ、僕には何もかも足りてない‥‥‥)


 勇者となった彼女と、ただの一介の騎士である自分。孤児院出身という立場からは見違える前進だが、それでも『勇者』と『王族』という強大な権威を持つセリカには‥‥‥まだ届いていない。

 その事実に、セレノアは胸が苦しくなる。


「だから僕は、王立学院に入学したいです」


 セレノアは無意識に視線を下げ、シレーナを見ないように呟いた。


「ふーん? じゃあもっと頑張らないといけませんね〜」


 そして、シレーナは深く追及しなかった。


「もし王国騎士としての実績を積めば、色々便宜を図ってくれるかもしれませんよ〜? 国に必要な人材は、王立学院のような教育機関で学ばせることもありますし」


「! 本当ですか?」


 セレノアは顔を上げて声を出す。


「ええ。ですが当然、簡単ではありませんよー? 国内でも顔が知られるほど有名にならないと」


 シレーナが少し意地悪な言葉を挟む。にやりと笑っている。


「ーーー俄然やる気が出てきました」


 すると、セレノアは嬉しそうに拳を握る。

 彼女の意地悪な言葉は耳に入っていない。ただ、自分の力で茨の道を切り開いていく決意を固めていた。

 セレノアは、今までもそうやって進んできた。


「じゃあ今回の任務はチャンスですねー。それほど今回の任務は、王国の中枢が注目してますから」


「はい!」


 セレノアは顔を上げ、無邪気な笑顔を浮かべた。

 珍しい年相応の反応に、シレーナも微笑む。


「負けませんよー?」


「望むところです!」


 2人はどこか競争のような心持ちで、マルタ砦へと歩いていった。そして、砦の入り口に到着する。



「ーーーA級冒険者のノールです。ギルドからの緊急要請により、馳せ参じました」



 セレノアは息を詰まらせた。


『俺はB級冒険者のノール。よろしくな、アベル』


 決別するしかなかった過去が、脳裏に甦る。

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