第54話 本当の理由
アストリア王国領内、中央南。
アストリア王国軍駐屯基地。
「おかえりなさい‥‥‥お父さん♪」
「誰がお父さんだ!!」
アストリア王国騎士団、第五番隊隊長ハーティア。
彼はいきなり声を荒げることになる。
「ぶー」
部下、シレーナの一言によって。
「私からすれば父親同然ですよー? 今の私があるのもお父さんのおかげでーーー」
「だからしれっと呼ぶな!!」
2人にとっては、これが普段通りの会話だった。彼女が間借りしている個室で行われている。
「‥‥‥セレノアはどうだ。ちゃんとやってるか?」
するとハーティアが唐突に話題を振る。
シレーナは少し拗ねた様子で口を曲げ、目を合わせずに言葉を返した。
「誰が教育してると思ってるんですかー? この天才騎士シレーナちゃんが、手塩を掛けて育ててるんですよ?」
「いや、ある意味不安なんだが‥‥‥」
ハーティアが小声で呟く。
そんな言葉に、シレーナは口を尖らせて目を細める。
だが、彼女はふと目を閉じる。
「‥‥‥2年ほど前の誕生日、セレノアくんは泣いてましたよ。嬉しそうに、どこか悲しそうに」
そう言って、彼の横顔を見つめる。
「名前と髪色を変えさせた本当の理由。なんで、あの子に話さないんですか?」
「‥‥‥」
ハーティアが両目を閉じるが、彼女の質問には応えない。シレーナは眉を顰めて話し出す。
「アベルという孤児院出身の少年は‥‥‥勇者セリカにとって、最大の弱みとなる‥‥‥そうですよね?」
シレーナは再度問いかけるが、ハーティアは口を閉じたままだった。
「王国騎士団の上層部は、勇者セリカを警戒してるんでしょ?」
シレーナの口は止まらない。まるで答え合わせをするかのように、話を続ける。
「突然現れた、強大な力を持つ少女。それをよく思ってない人は必ず存在します。もしかしたら、王族の中にすら」
「‥‥‥それで?」
ハーティアが続きを促すように聞き返す。
「いずれ‥‥‥彼らは勇者セリカが育った孤児院、そして共に暮らしていた少年に目を付ける」
その態度に、シレーナは眉を顰めて話す。そして間髪入れず距離を詰め、睨み付ける。
「ーーー彼は遠くない未来、王家の権力に握り潰されていたんでしょう!?」
シレーナは両手を振り乱し、大声を出した。
「何の関係もないあの子が、勇者の人質として利用されるかもしれなかった。自分の力で懸命に生きようとしてるあの子が‥‥‥そうですよね!?」
「‥‥‥珍しく感情的だな。教育係は楽しいようだ」
ハーティアが淡々と呟いた。
シレーナはキッと睨みながら、彼の肩を掴む。
「だからあなたはっ‥‥‥あの子を死んだことにして、別人として生きる選択肢を与えた!! 違いますか!?」
そして至近距離で問い詰めた。彼の態度に、冷静ではいられない。
「私の知ってるハーティア隊長は‥‥‥手段を選ばない人間です。でもっ‥‥‥不幸な未来を辿ると分かってる人を、放っておけない人間である事も知ってます!!」
シレーナは彼の両肩を掴み、正面を向かせる。何も言わないハーティアを、睨み付ける。
「あの子のことを考えてるならっ‥‥‥せめて別人として生きなければならない理由を、ちゃんと本人に話してあげてください!!」
普段は飄々としているシレーナが、感情的に言葉をぶつけている。上官に言い詰めるほどに。
「‥‥‥だからこそ、言えないんだよ」
ハーティアが、ついに声を漏らす。
「何の後ろ盾もない、碌な環境で育ってなかった少年が‥‥‥どうしてあれほど力を付けたと思う?」
「っ‥‥‥まさか」
シレーナは目を見開いて、動揺の声を漏らす。
「セリカ・アストリアに近づきたい‥‥‥その一心だろう。ただの子どもがあそこまで強さを求めるなんて、他に考えられない」
「た、たしかに‥‥‥あの子の魔力総量と強化術は、12歳の領域を遥かに超えています。でも、勇者に追いつこうなんて、あまりにも‥‥‥」
「無謀だな。現実が見えてない子どもの夢物語だ」
ハーティアが躊躇せず一蹴した。シレーナが息を呑んで固まる。
「‥‥‥でも」
ハーティアが言葉を付け足す。
「あいつは本気だ。少しも諦めずに積み重ねた結果、最年少で王国騎士にまで上り詰めた。同じ境遇で、あそこまで愚直に努力できる奴が‥‥‥国内で何人いるだろうな」
「‥‥‥何事も理由を付けて諦める方が、はるかに楽ですもんね」
シレーナは少し寂しそうに顔を下げた。ハーティアが「ああ」と呟きながら、前を向く。
「今も諦めてないあいつに、『お前は勇者の弱みになり得るから死んだことにした』なんて言ったらどうなる?」
「ぁ‥‥‥」
シレーナは目を見開き、声を漏らす。顔が青ざめていく。
「どう転んでも、大きな影響を与えることになる。最悪の場合、今の向上心は跡形も無く消え去るかもしれない。そして、生きる意味すらもな」
「っ‥‥‥!!」
ハーティアが小さく息を吐き、目を逸らす。唇を噛み、両手に力を込める。
「あいつは年齢以上に強いと言っても、まだ12歳の子どもだ。わざわざ心に負荷を掛ける必要は無い」
ハーティアの言葉は、どこか優しさを感じられた。
「隊長‥‥‥」
「まあ、お前があいつを気にかけてるのはよく伝わったよ」
ハーティアが僅かに微笑む。まるで、子供の成長を喜ぶ保護者のように。
「申し訳、ありませんでしたっ‥‥‥」
すると、シレーナは勢いよく頭を下げて全身を震わせる。唇を噛み、赤く濡らす。
「ハーティア隊長の意図を察する事ができず、感情的に問い詰めるなんてっ‥‥‥どんな処罰でも謹んでお受けいたしますッ!!」
「そんな気にするなって。どっちみち、お前には話すつもりだったから。まあ、お前から聞いてきたのは予想外で、嬉しい限りだ」
ハーティアは穏やかに笑い、頭を下げているシレーナの肩を叩く。シレーナは頭を上げて目元を袖で拭い、凛とした態度で前を向く。
「天才騎士シレーナは、これからも新人騎士セレノアの教育係を所望します」
そして、彼女は自分の思いを口にした。
「だから、そんな畏まるなって。これからもよろしくな。頼りにしてるよ‥‥‥天才騎士シレーナ」
「ーーーはい!」
こうして、シレーナとハーティアの間にあった蟠りは‥‥‥暖かく溶けた。
「それで早速だが、本題に入るぞ」
だが突然、ハーティアから笑顔が消えた。シレーナも身構え、礼儀よく立ち尽くす。
「ーーー緊急招集が掛かった。うちの隊は、お前とセレノアに」
ハーティアが真顔で話す。シレーナもその空気を感じ、僅かに息を呑んだ。
「緊急招集‥‥‥ですか」
「ああ。今から3日後‥‥‥最南西の国境沿い。この駐屯基地から馬で約半日。セレノアが、今の任務からこの基地へ戻ってくるのは2日後‥‥‥絶対に何かある」
「まるで、セレノアくんを誘い出しているようですね」
シレーナは素直な感想を口にした。不満そうに眉を顰めている。
「だが俺は王都からの招集が掛かってる。何か重大な話があるらしい。一緒に行ってやれない」
ハーティアは真剣な目で見つめ、彼女の肩に手を置いた。
「だからシレーナ‥‥‥ セレノアを頼む」
「言われるまでもありません。私はあの子の教育係です」
シレーナは、穏やかに微笑んで頭を下げた。




