第52話 要塞都市ルバンファミラ
五番隊の研究員ルルカとの初会合から、数ヶ月。
セレノアは定期的に彼女の元へ訪れていた。
「それは良かった! あれ改良したばかりの試作品だったから、無事に効いて良かったよ〜!」
初任務の時からの後遺症である頭痛は、彼女の薬によって完治していた。語尾に不穏な言葉を残されたが。
「でも、左肩の痛みは今でも時々あるんだね」
「‥‥‥はい」
だがセレノアの左肩については、まだ解明の糸口すら見つからなかった。ルルカが右手に小さなナイフを持み、くるくると回し始める。
「やっぱり皮膚を切って開いて、内部まで深く見たいんだけど」
「僕としては構わないんですが、シレーナさんに今も反対されてて‥‥‥」
セレノアは頭を掻き、苦笑いを浮かべた。
『断固反対です!!』と息巻くシレーナの姿を思い出した。
「まあ結論を急ぐ必要も無いか。シレーナちゃんの恨みを買うと後が怖いしね〜」
「同感です‥‥‥」
セレノアは意外にも、ルルカとの話が弾んだ。
王国騎士団の内情や研究の経緯など、知らない事を彼女から聞くのは楽しかった。
「それじゃあセレノア、任務気を付けてね〜!」
「ルルカさんは少し休んでください。目の隈すごいですよ」
「うわ、正論だ〜」
セレノアは定期的に訪れた事で、ルルカの事を急速に理解していった。
「それじゃあ、また来ます。身体には気をつけて下さい」
「む〜言い返せないぃ〜」
正直、シレーナよりも話しやすかった。
そして瞬く間に時間が経ち、王国騎士として様々な任務をこなしていく。
(そろそろ見えてくるはず‥‥‥)
セレノアは今、馬に乗って王国内の街道を駆けていた。隣にシレーナの姿は無く、単独で。
『なんとセレノアくんに、単独任務が舞い降りてきました。ついに正式に王国騎士として認められましたね』
不意に思い出す、シレーナの言葉。
セレノアは無意識に深呼吸する。
(この任務は僕だけで完遂させる‥‥‥!!)
そして手綱を握り直し、馬を駆け続けた。
(あれか‥‥‥ずいぶん大きい街だな)
やがて、目的地が少しずつ見えてくる。
それは、要塞都市ルバンファミラ。
それはアストリア王国領最北東にある、重要都市。その先にある関所を抜けると、隣国の領地である。
『依頼主の名前はリース。任務の詳細は、要塞都市ルバンファミラに着いたら説明すると書いてます。しかも、セレノアくんをご指名と。胡散臭いですね〜』
時折、シレーナの反応を思い出す。
『隊長が許可を出したから、こうして依頼の封筒も届いてるわけなんですが‥‥‥私は腑に落ちません』
彼女の言葉は、まさに真剣そのもの。
『だから、決して油断しないように』
(シレーナさんが警戒するくらいだ。道中も油断ならない‥‥‥気を付けないと)
セレノアは気を引き締めて、馬を駆け続けた。
街道、見通しの悪い森の近く。どんな場所を通っても決して集中力を保ち続ける。
「‥‥‥何も無かった」
だが、何事も無く要塞都市ルバンファミラに辿り着いた。入り口の門を警備する2人の兵士が待機している。
少し坂になっている街道を駆けた後、馬から降りる。
『ちなみに国内の都市の行き来は、騎士団の紋章を見せたら入れます。まあ、最年少のあなたが見せたら驚くでしょうけど』
シレーナの言葉を思い出しながら、要塞都市ルバンファミラの入場門へと差し掛かる。
「あ、アストリア王国騎士団の方ですか!?」
「こんな子どもがっ‥‥‥た、大変失礼しました!!」
そして予想通りの反応を受けながら、セレノアは入場していく。
「それではお預かりいたしますっ」
「いつでもいらしてください」
乗ってきた馬を預かってもらえた。
セレノアは会釈しながら感謝し、都市内へと足を踏み入れた。
(うわ、広いーーー)
まず視界に入るのは、広大な土地の中に建てられている数多くの監視塔。特に中央付近の監視塔は、周囲の山々を見渡せそうなほどの高さ。
(近くで見ると本当に高い‥‥‥)
実際、都市に近づいた時点で監視塔は見えていた。だが間近で見る事で、その存在をより強く実感する。
(店もいっぱいあるな‥‥‥隣国との関所にもなってるから人や物の交流も盛んって、シレーナさんが言ってた通りだ)
アストリア王国に関する知識は、教育係のシレーナに叩き込まれている。特に国内でも大きな都市は優先的に教えられていた。
「お、そこの兄ちゃん! 今日は良い品が揃ってるよ! 見てってくれ、損はさせねえぜ!」
天幕に座る坊主頭の大男が、手を振りながら声をかけてくる。セレノアは苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げて、通りすぎた。
整備された通路を通っていくと、たくさんの露店が待ち構えていた。雑貨屋、道具屋、小物屋、武器屋‥‥‥目移りしそうなほど色々な店が並ぶ。
とりあえずセレノアは、任務の遂行を最優先として行動を開始した。都市内の中央付近にある見通しの良い広場が、人と待ち合わせする時に使われるという。
(ここに依頼者がいると良いんだけどな)
そして数分歩くと、広場に着く。
様々な観葉植物が気持ちを和ませ、大きな時計台で時刻の把握が分かりやすい。この都市で待ち合わせのするには最適かと思われる。
セレノアはとりあえず、時計台の下まで歩く事にした。
「!」
すると突然、セレノアの足元に何かが音を立てて落ちてくる。それは丸く硬そうな、金属製の何かだった。
「展開」
不意に聞こえた声。
すると足元の金属が光を発して、勢いよく何かが広がり出す。
「なんだ!?」
セレノアは両手を前に出して迎え撃とうとするが、半透明の何かは身体を通り抜けて広がっていく。
やがて半透明の空間が出来上がり、中に包み込まれた状態になる。害は無いが、現実から切り離されたような感覚を覚える。
(誰がこんなことをーーー)
セレノアは咄嗟に離れようと足を動かそうとするが、止まる事になる。
「ーーーお前が最年少騎士だな」
背後から聞こえた、男の声によって。
セレノアは振り向くと、相手の手のひらが勢いよく迫ってきていた。
「っ!!」
セレノアは咄嗟に右手を滑り込ませ、相手の左手を弾き飛ばす。少し手がヒリヒリと痛む。明らかに、相手は自分を襲うつもりの勢いだった。
(突然の事態に動揺して、相手の接近に気付かなかった!)
セレノアは少し距離をとりながら、襲いかかってきた相手を確認する。
(ーーー冒険者?)
対峙していたのは、黒髪の青年。
好戦的に笑っているが、人目を引く整った目鼻立ち。服装は白のシャツに黒のズボン、腰には短剣を差している。
そんな彼を見た第一印象は、『駆け出し冒険者』。
なぜ冒険者が自分に襲いかかってくるのか。
セレノアは全く分からなかった。
「今のを捌くか! じゃあこれは!?」
青年が嬉しそうに両手を鳴らす。
セレノアより3、4歳は歳上に見えるが、言動が子供っぽい。かなりの速さで迫ってくる両拳を、セレノアは冷静に捌き続ける。
「あんたは誰だ」
「やっぱり噂通りだな!!」
青年が嬉々とした声を漏らし、勢いよくしゃがみ込んで足払いを掛けてくる。
セレノアは咄嗟に跳躍で躱し、反撃とばかりに右足の踵落としを繰り出す。
「っぶね!!」
魔力で強化した足は、石の床に亀裂を入れる。青年が右に転がって回避したためだ。
「質問に答えろ」
セレノアは振り向いて相手を見定め、冷静に距離を詰めて声を漏らす。襲いかかっていた相手には、一切容赦しない。
魔力を込めた右手を、相手の腹へと振り抜いた。
「うぉッ!!?」
「!!」
セレノアは少しだけ目を見開く。
相手の手のひらに受け止められて微かに驚く。受け止められた拳は、微かに痛い。それだけ、相手の力が強いという証拠。
(相当な手練れだな)
セレノアは更に警戒を強めて目を細める。次は左手を力強く握り、相手の顔面に叩き込もうとーーー。
「ーーー悪かった!!」
すると、相手が手を離して大声で謝罪の言葉を発した。
「っ‥‥‥?」
セレノアは目を見開いて困惑する。至近距離で謝罪された事は初めてだった。
「本当に悪かった! お前の実力を見てみたかったんだよ!」
両手を上げた青年は一方的に理由を話し出す。
当然、セレノアは納得いかずに睨みつける。あと数秒で戦闘を再開するほどの臨戦状態に入る。
「お前に依頼したのは俺だ!!」
だが彼の言葉に、セレノアは足を止める事になる。明らかに咄嗟の嘘では無く、事情を知っていないと出てこない言葉だった。
「‥‥‥なんで、襲いかかってきた」
「まずは自己紹介からな!」
セレノアの問いかけは、華麗に無視された。
不敵に笑う青年が、懐から何かを取り出して口を開く。
「俺の名はユーリス・リースランド」
「リース、ランド‥‥‥」
セレノアは、少し考え込むように視線を下げる。彼の家名に、どこか聞き覚えがあったのだ。
「‥‥‥あっ」
そして、セレノアは思い出した。
『ーーー現在、同盟を結んでいるリースランド王国。この隣国との関係は非常に大切です』
リースランドは、アストリア王国の東側に存在する隣国の名称だと。この要塞都市ルバンファミラを越えた先に、リースランドの領地があると。
「一応、リースランド王国の第二王子でもある」
(王子‥‥‥!!?)
ユーリス・リースランド。
セレノアに依頼をしてきたのは、隣国の第二王子だった。




