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勇者の隣は、茨道。〜最愛の少女の隣に立つために、弱肉強食の異世界で必死に足掻く少年〜  作者: とい
2章 王国騎士の日々

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第51話 未知との遭遇

「! どうしたんですかっ、ルルカさん!」


 一歩前に出たシレーナが、心配そうに話しかける。

 セレノアは今も椅子に座った状態で呻き続け、その左肩を触ったルルカは硬直している。


「‥‥‥わ、わからないよぉぉぉぉ!!!!」


 立ち上がった彼女の口から飛び出した言葉。それはあまりにも肩透かしな言葉だった。


「は?」


 実際、シレーナが両肩を下げて脱力するほどに。


「触っても何も感じないんだよ‥‥‥痛いなら普通は、違和感を感じるほど熱を持つはずなのに!!」


 彼女の落胆を意に介さず、ルルカが勢いよく捲し立てる。


「本人は痛みを感じ、更に燃えるように熱いと言ってる!! でも私は触れても何も感じないっ、こうやって彼の右肩と触れても、違いが全く分からない!!」


 頬は真っ赤に染まり、恍惚としていた。

 今も痛みに耐えて呻く本人セレノアを前にして。


「こんな事は無かった‥‥‥未知との遭遇だよぉぉぉ!!!」


 ルルカは両手を広げて中腰になると、苦しむセレノアを勢いよく抱き締めた。


「は!?」


 シレーナが素っ頓狂な声を出す中、ルルカの昂揚は激しさを増していく。


「全身の熱は人間の一般的な体温と変わらない! じゃあ君が痛いのは何故なんだぁぁぁぁ!?」


 もはや収拾がつかなくなっていた。ルルカが積極的にセレノアの身体を触って確認し、異変が無いことに悶えるという、意味不明な光景。


「はぁっ、はぁっ、はぁ‥‥‥はぁ」


 セレノアの呼吸は少しずつ落ち着き始める。やがて右手を外して姿勢良く座り直し、深呼吸する。


「‥‥‥痛みが引きました。お見苦しい所を見せて、ごめんなさい」


 そして痛みが消え、セレノアは普段のように思考する余裕が生まれ、ルルカに頭を下げた。ちなみに彼女は今も「なんでぇ‥‥‥♪」と独り言を呟いて恍惚としている。


「大丈夫なんですか、セレノアくん」


 右肩に手を置いて話しかけてくるシレーナに対し、セレノアは振り向きながら頷く。


「いったい何が原因の痛みなんだろうっ‥‥‥! 確かに傷跡があるのに、身体の熱は異変がないなんてっ‥‥‥こんなのって、初めてだぁ‥‥‥♡」


 ルルカだけが、さっきまでの状況に取り残されている。いや自分の意思で残っている。


「‥‥‥ルルカさんは研究者なんです。人体の事を調べて、効果の高い治癒薬の精製に励んでいます」


 シレーナが限界まで目を細め、悶える彼女を見ながら端的に説明する。


「もう分かると思いますが、自分の興味ある事については度が超えた変質者です。身の危険を感じたら、容赦無く押し退けてください」


 その言葉は、どこか深みのある言い回しだった。シレーナの目が明らかに普段とは違っている。


(『不可思議』の五番隊‥‥‥確かに、この人が大半を引き受けてそうだな)


 セレノアは納得してしまう。そして遠い目をして、今も独り言を呟くルルカを見つめた。


「ただの思い込み‥‥‥でも傷跡はあるし‥‥‥でも熱は無かったし‥‥‥わかんなぁぁぁぁい♡」


 彼女が同じ世界に戻ってくるまで、セレノアたちは何も言わずに待ち続けた。



「‥‥‥あぁ、痛みは治まったんだね」


 数分後。

 視線を合わせて戻ってきたルルカが、淡々と話す。その視線はセレノアの左肩を凝視している。


「‥‥‥ええ、まあ」


 その視線にセレノアは恐怖を感じた。溢れる動揺を抑えながら言葉を返す。隣にはシレーナが割り込むように佇んでいる。


「とりあえず、()()を飲んでみて。頭痛には効くと思うから」


 ルルカは物の山を漁り始め、やがて取り出した小瓶を見せつける。中には紫色の液体が入っていて、目に見えるほどの小さな粒が混ざっている。


「‥‥‥本当に大丈夫なんでしょうね」


 そう問いかけたのは、隣のシレーナだった。

 セレノアが躊躇いながら受け取る隣で、容赦の無い警戒心をぶつける。


「もぉ、大丈夫だって〜。前にシレーナちゃんが来た時も同じように処方してあげたでしょ〜? どこに何を置いているかは覚えてるんだからね〜」


 苦笑いを浮かべて呟くルルカ。

 シレーナが何も言わずに一歩下がり、見守る。


(こんなに散らかってるのに覚えてるのか‥‥‥シレーナさんが言い返さないって事は、本当なのかもしれない)


 やがてセレノアは小瓶を受け取り、手のひらに握った。するとルルカが笑顔になり、セレノアの右肩に手を置く。


「あたし、君に興味湧いちゃった。定期的に診察に来て、研究に協力してくれないかな」


 そして唐突な提案に、セレノアは身体を硬直させて困惑する。さっきの彼女の乱れっぷりを思い出して黙り込んでしまう。


「‥‥‥ルルカさ〜ん? 研究協力はレインさんが引き受けてますよね〜?」


 シレーナが確認するように話しかけた。笑顔だが少しも愛嬌が感じられない。その圧力は、セレノアが空気に徹しようと思うほどだった。


「だってあいつ、全然帰ってこないじゃ〜ん。単独行動が好き過ぎるのも問題だよね〜。はぁ、不可思議だねぇ〜」


(それ、ルルカさんが言いますか‥‥‥)


 レインって、誰。

 セレノアはそんな疑問よりも、彼女の発言の方が気になってしまう。


「むしろ良い事じゃないかな? あたしは研究が捗る。君は左肩の痛みの原因が分かって、治るかもしれない」


 ルルカが利点を端的に提示する。

 セレノアにとって、左肩の痛みは取り除きたい雑念だった。


「それにさ、君やシレーナちゃんが怪我した時に、最優先で診てあげるよ〜? 治癒魔術の達人なんて中々いないから、あたしの治療の方が早いかもよ〜?」


 ここで、彼女は更なる利点を見せびらかす。

 王国騎士は魔物と戦う事が多い。

 王立学院の学費を稼ぐためには、過酷な任務を受けて良い報酬を貰う必要がある。

 つまり、危険を伴う事が必然と増えていく。


(セリカに会うまで、絶対に死ねない‥‥‥)


 セレノアの中で、答えは定まった。

 それを察したのか、隣のシレーナが目を閉じて息を吐いている。


「‥‥‥わかりました。協力します」


「いいの!? ありがとぉ〜!!」


 その返答は、ルルカを喜ばせるものだった。

 笑顔で右手を差し出してくる。


「これからよろしくね、セレノア!」


「はい、よろしくおねがいします」


 そしてセレノアは、その手をしっかりと握り返す。

 五番隊のルルカは、人体研究に特化した専門者スペシャリストだった。


「じゃあ今度から、自分で掃除してくださいね」


「そんなッ!!? それは殺生だよシレーナちゃぁぁんッ!!!」


 シレーナの忠告に、涙目で縋り付くルルカ。

 王国騎士の五番隊は、変人の魔窟と言われる。



 ◆◇◆◇



「ふぅ‥‥‥これで一件落着か。シレーナを教育係した意味があったな」


 アストリア王国騎士団、五番隊隊長ハーティア。

 椅子に座って脱力し、ゆっくりと息を吐く。


「二重の意味で、ですよね」


 彼の手元に質素なカップを置く女性。しゃがんだ時に、茶髪のポニーテールが揺れる。


「人聞きが悪いな、ヤミル」


「なんとなく、隊長の考えていた事が今回の一件で分かりましたので」


 五番隊副隊長、ヤミル・ヤロミールが彼の隣に立って淡々と呟く。そして切れ長の目で隊長を見下ろし続ける。


「セレノアという少年は、確かに将来性があります。でも()()()である素顔を知った上で、王国騎士団に取り込んだのは危ない綱渡りです。それがずっと疑問でした」


 ヤミルは一方的に話し、相手の反応を伺う。今の所、ハーティアは紅茶に手を伸ばして一息付くのみ。


「でも、それだけじゃなかった。あの少年には、別の価値があった。そうですよね」


「これ美味いな。前より淹れるの上手くなったんじゃないか?」


 ヤミルが話を切り出すと、ハーティアが関係無い話で返す。ヤミルは眉を顰めて口を開く。


「シレーナへの心理的な刺激です。隊長が見出した彼女の素質は、まさに本物。でも弟の死という過去を引きずっていて、そこが惜しい所でした」


「‥‥‥それで?」


 ハーティアが、今度は誤魔化さずに聞き返す。

 試されているような彼の問いかけに、ヤミルは正面から挑む。


「だから彼女より歳下の少年を側に付けさせ、刺激させた。そして過去を乗り越えた彼女は、間違いなく今までとは別物へと変わった。違いますか?」


 それはセレノアの経緯とシレーナの事情を統合して導き出した、ヤミル自身の仮説。


「‥‥‥惜しいな。少し足りない」


 するとハーティアが紅茶カップを見つめ、淡々と呟く。その意味深な言葉に、ヤミルは目を細めて口を尖らせる。


「何が足りないんですか」


「熱さだ。もう少し熱い方が良いな」


「‥‥‥美味しいんですよね?」


「美味しいよ。でも足りないな」


 彼の言葉は、あきらかに意図的なものだった。ヤミルが頬を膨らませ、背を向けて歩き出す。


「もういいですっ。隊長のイジワル」


 そして扉を開けて出ていく。

 そんな彼女の背中を見送ったハーティアが、息を吸って両手を伸ばす。


「さぁ〜、これからどうするか」


 ハーティアは息を吐くと、懐に右手を突っ込んで引っ張り出す。指が掴んだのは、小さな封筒。


「‥‥‥いったい、何が狙いだ」


 ハーティアの独り言は、ただ消えていく。



 その封筒は‥‥‥隣国から送られてきたものだった。

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