第50話 五番隊の『不可思議』担当?
約束から時間が経ち、翌日の昼。
「これから、どこに行くんですか?」
セレノアは時間通りにやって来たシレーナに話しかける。彼女は歩き始めると、横目で見つめながら口を開く。
「私たちが、『不可思議』の五番隊と呼ばれてる事は、もう知ってますよね?」
その言葉にセレノアは頷く。
平民出身が多く、変わった者が集まった魔窟という認識。それを教えてくれたのは、大嫌いな男からだが。
シレーナの話が続く。
「その噂がされるようになった大半は、今から会いに行く人が由来なんです」
セレノアは目を見開いた。驚愕を飛び越えて動揺すらしている。
(殆どシレーナさんの事だと思ってた‥‥‥!!)
単純に失礼な考えを持っていたからである。
そんな事は当然知らず、シレーナは伸びをしながら先を歩いていく。
そしてたどり着いたのは‥‥‥詰所の一室。
「ここ‥‥‥に住んでるんですか?」
セレノアは言葉を詰まらせる。
今まで来た事が無い階段を何度も降りて、陽の光が差さないような地下の一室だった。
まるで罪人の尋問室のような雰囲気を醸し出している。
「あの人、ここが落ち着くらしいです」
シレーナは軽々と言葉を返すと、扉をノックせずに勢いよく開ける。
その瞬間に襲いかかる、モワっとした謎の温かい風。
「‥‥‥」
セレノアは既に、中に入る気力が無くなっていた。
だがシレーナが臆せず踏み入っていくため、後をついていく。
「あ、気にしなさいでください。たぶん床に落ちてるのは処分し忘れのガラクタです」
足を踏み込むたび、何かを踏んでしまって意識が散漫になる。それを先んじてか、シレーナが注釈しながら先導していく。
そしてセレノアたちは、散らかった室内で足を止める事になる。
「‥‥‥‥‥‥んぁ?」
机に突っ伏して脱力していた人物が、微かに身じろぎしながら声を出す。
「もぅ〜ひと段落ついて眠たいのにぃ、誰ぇ〜??」
栗色の長い髪を靡かせながら、頬を膨らませる女性。目にクマができているが、それでも大きな目が特徴的な可愛らしい容姿。背はシレーナより低く、11歳のセレノアとほぼ変わらない。
(お医者さん‥‥‥なのか?)
そして印象的なのが、彼女の身体に合っていない大きさの‥‥‥白衣。セレノアは疑問を浮かべながら、何度も伸びをする彼女を見つめる。
「ぁ〜!! シレーナちゃ〜ん!! たしか58日ぶりだね痛っ!?」
周囲にできていた謎の山から、ガタガタと物が落ちて女性の頭にぶつかる。女性は涙目で頭を摩って苦笑いを浮かべる。
シレーナが目を細め、普段より低い声で質問する。
「相変わらずの汚さですね。最後に掃除したのは?」
「シレーナちゃんが来てくれた時が最後だよぉ〜?」
「ルルカさん‥‥‥子どもに掃除を任せて恥ずかしくないんですか?」
「めんぼくな〜い!」
ルルカと呼ばれた女性は頭をポリポリと掻きながら、悪びれもせずに話す。
「‥‥‥ん〜? シレーナちゃん、その子だれぇ?」
やがて彼女の視線は、後ろに控えていたセレノアへと向かう。微かに目を細めて、初めて見る少年を警戒しているようだった。
「はぁ‥‥‥1年ほど前に言いましたよね。五番隊に入った新人騎士です」
シレーナがため息をこぼしながら説明すると、女性は目を見開いて両手を上げた。
「マジ!? ずいぶん幼いね〜!! シレーナちゃんより歳下じゃない〜?」
その発言に、セレノアは無意識に眉を顰める。
正直に言って、馬鹿にされているように感じた。
「あ〜ごめんごめん! そんなに若い子って珍しいからさ〜!」
その視線に気付いたのか、女性が両手を合わせて謝りながら舌を出す。
「あたしは五番隊所属のルルカ。いつもはここで研究してま〜す!」
セレノアは口を開けて絶句した。
こんなだらしない人が、同じ王国騎士である事に。
「ぁ〜信じてないな〜!? じゃあ、ほら!」
するとルルカは両腕をモゾモゾと動かしーーー白衣を勢いよくズリ落とす。
「!?」
「ちょっ」
突然の脱衣行為にセレノアは目を見開き、シレーナが息を漏らす。
「ほらっ、王国騎士の隊服! それに肩の紋章! 君たちと同じ、五番隊の灰色でしょ?」
白衣の下から覗かせたのは、黒を基調したダブルボタンのジャケット。右肩には数本の剣の紋章。
そして左肩には、灰色の剣が模様されていた。
「というわけで、これからよろしくね〜!」
アストリア王国騎士団五番隊所属、ルルカ。
彼女は栗色の髪を揺らしながら、笑顔で手を振っている。
「‥‥‥初めまして、セレノアです。よろしくおねがいします」
セレノアは頭を下げて自己紹介した。
どれだけ自堕落な印象を持っても先輩であるため、敬語は欠かさない。敬っているかは別問題。
「年の割に落ち着いてるね〜。これは将来が楽しみだねぇ、よろしくぅ!」
ルルカは親指を立てて笑顔を見せる。
セレノアの視線が、背後に見えるガラクタの山に向いている事に気付かずに。
「挨拶が終わった所で、ルルカさんに話があります」
すると会話に割り込んだシレーナが、業務連絡と言わんばかりの口調で話しかけた。
「え、あたしに? なになに〜?」
「セレノアくんを診察してほしいんです。古傷らしい左肩と、この前負傷した頭を」
淡々と単刀直入に話すと、ルルカが目を細めて一瞥する。セレノアの身体を、舐め回すように見始めていた。
「了解したよ〜。じゃあセレノア、ここへ座って」
ルルカが立ち上がり、自分が座っていた椅子を叩いて微笑む。
セレノアは戸惑いつつ、言われた通りに椅子に座る。かなり座り心地が良く、少し生暖かい。
するとルルカが膝を曲げて中腰になり、セレノアと目線を合わせて凝視する。
「う〜ん‥‥‥目立った外傷は無いなあ」
「!?」
セレノアは突然、目を細める彼女に頭を掴まれた。前置きの無い拘束に驚き、声が漏れかける。
「もしかしたら内部の組織が損傷‥‥‥あ。この魔力痕は間違いないなぁ」
診察を始めたルルカは、まるで別人だった。
明るく子供っぽい雰囲気は消え去り、今は冷静沈着な大人の雰囲気を醸し出している。
やがて頭から手を離した彼女は、目線を合わせて口を開く。
「‥‥‥君、魔力を強化した手で自分の頭を叩いたでしょ? それも、かなり強く」
「ぇっ」
図星だった。
何も説明していないのに、セレノアがやった事を完全に当ててみせた。
その反応を肯定と受け取ったのか、ルルカは目を細めて眉を顰める。
「自傷行為はね、1番身体に影響が残りやすいの。体内から生成される魔力だから、身体の表面で受けると抵抗が殆どない。他者に殴られるより、よっぽと損傷部位に響くの」
嗜めるように話す彼女に、セレノアは何も言えなかった。
「魔力は便利だけど、自分の魔力が身体に返ってくるのは1番危ないの。柔らかい壁に岩をぶつけるようなものだから、絶対にしないこと」
自分の知らない知識が、彼女の口から湯水のように溢れてくる。
「次は左肩ね、じゃあ服脱いで」
セレノアは素直に、言われた通りに服を脱ぐ。王国騎士のジャケットを脱ぎ、中に着ていたインナーも脱いで上半身裸になる。
シレーナが軽く目を見開いて佇んでいるが、何も口に出さない。
「うわ、これはザックリいってるね〜。ずいぶん昔の傷っぽいけど、痛くないの?」
ルルカが興味津々と身を乗り出し、セレノアの左肩を凝視する。数本の大きな切り傷が付いた、痛々しい古傷を。
「普段は別に触っても痛くないんですけ、ど」
セレノアの言葉が不意に途切れそうになる。
ルルカにべたべたと左肩を触られ、少し面食らっていた。
「‥‥‥でも時々、不意に痛くなる時があります。その時は、まるで燃えるように痛く、て!?」
ルルカが傷をなぞり始め、指をあてがってきた。
その行動には流石に驚き、セレノアは困惑する。
「ふむふむ‥‥‥これだけ触っても痛くないなら、内部の問題‥‥‥でも今でも痛くなるのか」
ルルカは熱心に傷口をぐりぐり触りながら独り言を呟き続ける。
「ーーーこれって何年前?」
と思いきや、唐突に話しかけてくる。
セレノアは驚きながらも、自身の記憶を探り始める。
「ええっと‥‥‥確かあれはーーー」
ーーージクッ!!!
「ぐぁッ!!!?」
突然、渦中の左肩が痛み出した。
セレノアは腰を曲げながら体勢を低くし、右手で力強く押さえて歯を食いしばる。
ジクッ、ジクッ、ジクッ、ジクッ!!!!
「セレノアくんっ!!」
「おおぉぉ!!!? 噂をすれば来たねぇ!!!」
そんな2人の声は、針を刺すような激痛に阻まれて聞こえない。
「確認するからねっ、確認するからねぇッ!!?」
「ゔぁッ‥‥‥ぎぃッ!!?」
セレノアが呻く中、ルルカの右手が伸びてくる。
左肩に手のひらを当てられる間も、動けないほどの痛みに耐え続けた。
「こ、これはぁぁぁぁぁぁ!!!?」
そしてルルカの声が、地下の室内で響き渡った。




