第48話 初任務、完遂
シレーナが自身の『固有魔術』を駆使し、オーガを討伐した後。
「ふふん。この天才騎士の実力、目に焼き付けましたか?」
「すごかったです。本当、に‥‥‥」
セレノアは唐突に意識を失ってしまう。
巨体のオーガという困難が取り除かれた安心感と、蓄積していた疲労と痛みが臨界点を超えていた。
「セレノアくん!? しっかりしてくださいっ!」
焦ったような彼女の声は、うつ伏せに倒れたセレノアには聞こえなかった。
それから。
「‥‥‥んっ‥‥‥んぅ?」
重たい瞼をゆっくりと開け、黒髪少年は目を覚ます。仰向けの状態でベッドに寝転がっていた。頭と身体の閉塞感に目を向けると、包帯が巻かれていた。
(たしか‥‥‥夜中に魔物と戦ってて‥‥‥)
次に視界に映るのは、木造建築の天井。
今の状況と最後の記憶を重ね合わせ、とりあえず上体を起こす。
「すぅ‥‥‥すぅ‥‥‥」
すると、ベッドの端に両腕を寝かせて、寝息を立てている少女がいた。肩に掛かった黒髪が、呼吸に合わせて微かに揺れている。
そして布団に頬擦りしている彼女の寝顔は‥‥‥起こすのを躊躇うほど、あどけない。
「シレーナさん‥‥‥」
黒髪少年、いやセレノアは声を漏らしていた。
自分の教育係で4歳上の先輩、シレーナ。
普段は飄々として口が達者な彼女の、無防備な姿。
「‥‥‥こんな顔もするんだな」
セレノアは偶然にも、この1日で彼女の色々な一面を見てしまった。その事を、思わず声に漏らしてしまう。
ーーージクッ!!
「ぅッ!!?」
すると突然、左肩に激痛が走る。
セレノアは呻き声を上げながら、無意識に右手で押さえて、ギュゥゥゥと力を込める。
ジクッ、ジクッ、ジクッ!!!
「ヅっ‥‥‥!! いつまで、続くんだよっ‥‥‥!」
不定期に訪れる、左肩の痛み。
セレノアは愚痴を零して歯を噛み締める。
「‥‥‥んぅ。んっ‥‥‥?」
漏らした声がうるさかったのか。
シレーナが身体を微かに反応させ、ゆっくりと顔を上げる。
「ふぁ‥‥‥ぁ」
目を擦りながら欠伸するシレーナ。
左肩を押さえて蹲っていたセレノアは、伸びをする彼女と目が合う。
「目が覚めたんですね、セレノアくん」
シレーナが口を横に広げて笑う。安堵の雰囲気が彼女の様子から見て取れる。
だが、セレノアが左肩を押さえている姿を見て、すぐに表情が一変する。
「ぇーーー肩が痛むんですか!?」
目を見開いた彼女が、勢いよく身を乗り出して凝視してくる。セレノアは左肩を押さえたまま俯く。
「‥‥‥あれ? 怪我をしたのは右肩なのに、左肩が痛むんですか?」
するとシレーナが目を丸くして、首を傾げながら声を出す。
「ぁ‥‥‥」
セレノアは声を漏らす。そして偶然この時、左肩の痛みが次第に治っていく。
「そういえば、話してませんでした」
セレノアは突然、躊躇なく服を脱ぎ出す。
「わぉ!? いきなりどうしたんですか!?」
シレーナが顔を真っ赤にしながら仰け反り、両手で顔を押さえ始めた。だが、セレノアは止まらずに上着を脱ぐ。
「これって‥‥‥今回の傷じゃないですよね」
そして‥‥‥大きな数本の切り傷が付いた、左肩を指差した。
「昔の古傷で、今も時々痛むんです。なので気にしないでください。今回の怪我は別に痛みません」
セレノアは次に、包帯を巻かれた頭と右肩を指差した。発言通り、呻き声が出るほどの痛みは感じない。
「いや古傷といっても、時間が経ってもそんなに痛むものですか‥‥‥? ずいぶんザックリ切れているようですし」
だが、シレーナは納得していなかった。
セレノアの左肩を凝視し、顎に手を置いて「うーん」と唸る。
「この怪我って、いつ頃のものですか?」
言わない理由は特に無いので、セレノアは服を着ながら口を開く。
「これは、確か5歳の頃にーーー」
ーーーズキンッ!!!
セレノアの言葉は、不意に途切れる。
包帯を巻いている頭から、脈動するような痛みが炸裂した。
「ヅっ‥‥‥!!」
右手を側頭部に添えて、身体を丸めながら痛みに堪える。その間、身を乗り出したシレーナが背中を優しく撫でてくれていた。
「怪我をしてるのに、ごめんなさい‥‥‥今はとりあえず休んでください。まだ半日しか経ってませんから」
彼女の言葉に、セレノアは無意識に頷いていた。
痛みを訴えてくる頭を押さえながら、彼女に促されるように仰向けに寝転がる。
「何か持ってきますね。喉乾いたでしょ?」
「‥‥‥おねがい、します」
セレノアは声を振り絞って頼み込む。確かに、言われると喉が渇いている事を意識し始める。
シレーナに水を飲ませてもらった後、安静にしたまま意識を手放した。
そして‥‥‥負傷の回復には2日を要した。
その間、シレーナが村の周辺を再度調査。
「大丈夫です。もう魔物はいません」
結果、安全が確認できた事を村長に報告。手厚い感謝と謝礼を受け取り、セレノアが動けるようになるまで村での滞在を続けた。
そして、2日。
「シレーナさん、セレノアさん‥‥‥本当にありがとうございました!!」
「王国騎士の五番隊は私たちにとっての希望です!」
村の声援を浴びながら、セレノアたちは馬に乗る。
「こちらこそ、本当にお世話になりました」
「困った事があれば、いつでも五番隊に相談を。この天才騎士が颯爽と駆け付けますので」
そして、2人は馬を駆け出す。
セレノアの包帯は全て取れ、すっかり全快状態に戻った。ちなみにシレーナの怪我は、半日もしないうちに治っている。
暫く後、休憩がてら馬を降りてゆっくりと歩く。
「お父さん率いる五番隊は、騎士団では孤立気味でも、市民からの好感は高いです。なかなか気持ちいいでしょ?」
彼女の言葉に、セレノアは深く頷いた。
感謝されることは、素直に嬉しい。王国騎士という立場にも、少しずつ慣れていた。
「言っておきますが、もうツッコミませんからね」
そして、彼女の小言にも慣れていた。
「可愛く無いですねー」
目を細めて息を吐く彼女。
やがて異変は起きないまま、2人は王国軍の詰所へと戻った。
(王国騎士の任務って大変だ‥‥‥)
セレノアの初めての任務は‥‥‥これで完遂した。
依頼報酬の金額を見て、目が飛びそうになるほど驚いたのは、数日後の話。




