第47話 天才騎士
「シレーナさんっ‥‥‥!!」
セレノアは目を見開き、歩き出す彼女の名を叫んでいた。
「あなたの罵倒のおかげで、吹っ切れました。なんかもう、どうでもよくなりました」
短剣を握る天才騎士の全身から、肌がヒリつくほどの魔力が溢れ出している。それは雑念が無く、集中状態の証明。
「あなたとユーリ、全然似てませんでした。ユーリの方が何百倍も素直で可愛かったですもん」
彼女の小言すら、今は頼もしく聞こえてしまう。
セレノアは微かに笑うと、突然両膝の力が抜けて地面に座り込んだ。いや、意思に反して脱力した。
「ぁっ、力が‥‥‥」
疲労困憊と安心感から、身体が限界を訴えていた。
「そこで見てなさい。動けないあなたを守りながら、この雑魚の命を消してあげます」
淡々と大胆な宣言をしながら、ゆっくりと歩いていくシレーナ。短剣をくるくると回す彼女は、鉈を持ち上げて歯を噛み締める、雑魚を見上げる。
「さっきの情けない姿、もう一度見せてみろヨォ!!!」
目を迸らせて唸るオーガが、何度目か分からない鉈を振り下ろす。シレーナは見上げたまま、微動だにしない。
「シレーナさんッ!!!」
セレノアは叫ぶ。鉈の威力を分かっているからこその、最悪の展開を想像してしまう。
「馬鹿の1つ覚えですね」
小声で呟いたシレーナが、右手を僅かに横へ動かす。
「!?」
その瞬間、セレノアが想像していた展開は土台から崩れ落ちた。
「なァッ!!!?」
オーガの鉈が弾かれたように横へ逸れ、シレーナから大きく外れる。先ほどと同じように、地面が粉微塵になる。
「私が天才と言われる所以、その目に焼き付けなさい」
そう言ったシレーナが跳躍する。
オーガが咄嗟に左腕を薙ぎ払って迎え撃つ。
「あの新人と一緒にしないでくれます?」
するとシレーナの身体がーーー空中で更に跳ねた。まるで空を足場にして、跳躍したように。
2段跳躍をした彼女は、オーガの左腕を軽々と飛び越える。
「遅いですね」
そして身体を捻りながらオーガの頭上に迫るとーーー躊躇なく左手の短剣を、容赦無く突き刺した。
脳天から、黒い血が飛び散る。
「ぐぁぁぁぁッ!!?」
呻き声と共に、オーガの巨体が仰向けに倒れ込む。その衝撃と風圧が周囲を巻き込んでいく。
「‥‥‥‥‥‥!?」
セレノアは目を見開いたまま絶句していた。
軽やかに着地して淡々と見下ろす彼女から、目が離せない。何かをしたのか、何が起こっているのか分からない。
「固有魔術‥‥‥前に話しましたが、覚えていますか?」
シレーナが横目で話しかけてきた。
セレノアは目を合わせて驚きつつも、辛うじて首を縦に振る。
「魔導書に記録が残っている属性魔術とは全くの別物、自分の思考や意志で作り上げた、その人だけの魔術。ここまで言ったら、あとは分かりますよね」
セレノアは絶句した。
それは初めて見る固有魔術に驚いているから、ではない。
「でも、それは各貴族が尊厳のために編み出して、代々受け継ぐものだって‥‥‥」
平民出身のシレーナが、固有魔術を有している事に驚いていた。
「私、昔はユーリと土いじりしてたんです」
すると、全く別の話題を振ってくるシレーナ。
「綺麗な立方体を作るの、好きだったんですよね。水で濡らして、程よく固めて」
それは意味不明で、どこか胸騒ぎを覚える言葉。
セレノアは結末を察して、鳥肌が立つ。
「私は天才なので、そのイメージから作り上げてしまったんです。体内の魔力で、綺麗な形に」
不敵に微笑む彼女の右手に‥‥‥半透明な立方体が浮かび上がる。それは間違いなく、彼女の独自魔術の全容だった。
「私の固有魔術‥‥‥『虚構立方体』。私が1年で王国騎士になれた理由です」
セレノアは終始、目を限界まで見開いて絶句していた。
体内の魔力を扱うのは、無属性魔術に近い。だが無属性魔術は身体強化や、魔力そのものを放出するもの。
(どんな感覚で魔力をあんなにっ‥‥‥)
彼女のように、精巧な立方体を形作って実現させるのは‥‥‥想像すら出来ない未知の世界だった。
「ーーー何がオリジナルだア!!? 初見殺しに引っ掛けやがってェェ!!!」
話をぶった斬るように、立ち上がったオーガの声が響き渡る。振り向いたシレーナが、目を細めて肩をすくめる。
「まだ生きてたんですか。やけに硬いと思いましたが、どうやら筋肉に阻まれたようですね」
短剣を懐に収めたシレーナが、小さく息を吐く。両手を軽く振りながら、ジロリとオーガを見つめる。
「さてと、セレノアくんも体力の限界でしょうし、話の続きは後にしましょう」
そんな彼女の言葉に、セレノアは目を細めて口を開く。
「誰のせいだと‥‥‥」
「私のせいですね。だから私が責任を取ります」
その小言は彼女に聞こえていた。
セレノアは微かに視線を逸らすが、すぐに引き戻す事になる。
「死ネェェェェ!!!」
叫び声と巨大な鉈が、シレーナに襲いかかったからだ。当たれば間違いなく、彼女の身体が縦断される重い一撃。
「うるさい」
目を細めたシレーナが右手を振る。
ーーーバチンッ。
「ハ????」
巨大な鉈が、ゴトリと地面に落ちた。
素っ頓狂な声を出したオーガの右手は、突然発生した半透明の立方体に弾かれたのだ。
その刹那、シレーナが左手を地面に付けて力を込める。右手は無造作に何度も振り続けながら。
「やり方を変えましょう」
ーーーオーガの脳天に、巨大な立方体が落ちていた。
「ガっ!!!?」
鉈が弾かれるほどの硬度を持つ立方体は、まさに鈍器。頭から黒い血を撒き散らしながら、オーガの巨体が仰向けに倒れ込む。
「ナッ、動けなイッ!!!?」
その直後、オーガの手足を立方体が覆った。
「これは重そうですね」
そして、左手で地面を撫でるシレーナが淡々と呟く。
魔力が滲む左手から飛び出した‥‥‥小さな立方体。
数え切れないほどの群れが、鉈を覆い始める。
ーーーギギギ、ガガガ。
柄の部分が立方体で覆われた時、鉈が不規則に動き始める。
「あなたの首を落とすのに最適ですね」
鉈が垂直に立ち、ゆっくりと宙に浮き始める。そして、仰向けのオーガの首元に留まる。
「ナッ、なにが起こっているんダァ!!!?」
オーガの絶叫が森中に響き渡る中、セレノアは目を見開いて絶句していた。
(作った立方体を自由に操って、普通なら持てないような重い物まで持ち上げるなんてっ‥‥‥!!)
シレーナの固有魔術‥‥‥『虚構立方体』。
その一端を目の当たりにし、驚愕に包まれていた。
「私を馬鹿にした報い、今から払ってもらいますからね〜♪」
口角を上げて呟いたシレーナ。
「まっ、てッ、はなしヲーーーー!!!」
その後に響いた断末魔の声は‥‥‥聞くに堪えない悍ましいものだった。
「‥‥‥ふぅ、うるさかった」
無造作に地面に落ちた巨大な鉈が、迫り来る黒い液体によって、軽く流されていく。辺り一面、黒い血の池と化す。
「‥‥‥‥‥‥」
セレノアは何も言わず、ただ目前の光景を見つめ続ける。長かった夜は明け始め、微かに陽が滲み出ている。
「セレノアくん」
振り向いたシレーナが、膝を曲げて左手を伸ばしてくる。
微かな陽を背にした彼女は、少し幻想的に見えた。
「こんな天才が、あなたの教育係なんですよ?」
ニィ〜と口を横に広げて笑う彼女は、どこまでも憎たらしかった。




