第43話 生き残った理由
私は、ユーリと両親に会えなかった。
私を家族の元に送ってくれる存在は、いなくなった。
「うおっ、開口一番。最近の子は怖いな」
ハーティアって胡散臭い男が、村に巣食う化け物たちを全て殺してしまったから。怯えてた私たちを嘲笑うかのように、化け物を秒殺した。
「近くで任務だったんだが、煙が上がってるのが見えてな」
飄々と話しながら、剣を鞘に納める。
「だが、間に合わなかったようだな。生き残ったのは、お前含めて5人だけか」
そして、私の前にしゃがみ込む。彼の視線は私ではなく、その少し下に向いていた。
「お前が抱き締めているのは‥‥‥弟か」
私の肩に頭が乗って、動かないユーリに。
「っ、そうよッ!! もっと早く来てくれたらっ、ユーリは助かったかもしれないのにっ‥‥‥!!」
心の琴線に触れられて、目の前の男を糾弾してました。
「なんでっ、そんなに強いのにっ!! 助けてくれなかったの!!?」
とにかく、何かに感情をぶつけて楽になりたかった。
「‥‥‥お前さ。そうやって他人のせいにして済ませるつもりか?」
息を吐いた瞬間、男の雰囲気がガラリと変わる。
さっきまでの飄々とした態度から一転。
凍てつくような視線と、全身から湧き上がる謎の気配。
それが魔力という事を、当時の私は分からなかった。
「弟が死んだのは、お前のせいだろ。お前が守れなかった、それが全てだ」
「ッ‥‥‥!!」
抉られる。心の中を、容赦無く抉り取ってくる。
でも、正論だった。私自身が映った鏡を、頭を掴まれて無理やり見させられているようだった。
「他人のせいにした挙げ句、後を追って身勝手に死ぬんだな? ここまで卑怯な奴は、王国でもなかなかいないだろうな」
「ッ、そこまで言わなくたってッ‥‥‥」
怒りで収まっていた涙が、とめどなく溢れ出す。息をするのも苦しくて、ただ座っているだけで胸が張り裂けそう。
「逃げんな、とは言わない。お前が死にたいなら、勝手に死ね」
男は、本当に厳しかった。私を虐めたくて、責められているのかと思った。
「ーーーでもな。お前が生き残った理由くらい、ちゃんと理解してからにしろ。死ぬのは、いつだってできる」
そう言って、男は鞘から剣を取り出して‥‥‥私の横に突き刺す。
「生き残った、理由‥‥‥?」
「お前は運が良くて生き残ったのか? 弟を見捨てたから生き残ったのか?」
「ち、違うっ」
「じゃあ何だ? 命欲しさに弟を差し出したのか?」
「違うッ!!! 私はユーリにーーーぁっ」
つい言い返そうとして、言葉が詰まった。今、私がここにいる理由が分かってしまった。
『ねえ、さん‥‥‥ぶ、じ‥‥‥?』
私は‥‥‥ユーリに助けられて、生き残ったんだ。
その事から、自分勝手に目を背き続けてたんだ。
「‥‥‥どうやら分かったみたいだな。俺が見つけた時の状況からして、答えは一つに決まっている」
なぜか男の声が、少しだけ優しく聞こえた。
「弟の後を追って‥‥‥誰にも分からない道を歩き出すのも、別に良いだろう」
私の右肩に、大きな手のひらが乗る。
「それか弟の気持ちを汲んで、これから必死に生きていくのも‥‥‥お前の道だ」
「ぁーーー」
死ぬか生きるか、決めるのは私。
そして、私の心に残っているのは。
『だから、元気、に‥‥‥‥‥‥』
私の道は、定まった。
ユーリの想いを、背負っていくと決めた。
「ユーリっ‥‥‥ぁああああああァッッ!!!」
それでも、今だけは泣いていいかな‥‥‥?
ごめんね、ユーリ。
ありがとう、ユーリ。
「お姉ちゃんっ、がんばるからっ‥‥‥がんばるからねっ、ユーリっ‥‥‥!!」
私の道は、これからも弟が導いてくれている。
どれだけ泣いていたか分からない。でも、やがて感情の発露にも終わりを迎える。
「それで? どうするんだ、少女」
「‥‥‥私を、連れて行ってください」
まずは自分が生きるために、彼を頼る。化け物たちを皆殺しにした、この男に。
想像が付かないほどの力を持ち、何かを滲み出しているハーティアという男に。
「使えない奴を置いておく気は無い。今から1年で結果を出せ。出来ないなら出て行ってもらう」
ハーティアという男は、厳しかった。
でも今の私は、厳しくされるのが丁度いい。
「望むところです」
自分の力で生きる術を、すぐにでも身に付けたかった。
「まずは死者の埋葬だ。手伝え」
「っ、はい」
ユーリの想いを、背負い続けるために。
◆◇◆◇
「ーーーその後は隊長が保護してくれて、必死に力を身に付けました。寝る時間すら惜しかったような1年でした」
シレーナが小さく息を吐き、微かに微笑む。
「それから、1年後の入団試験に合格。晴れてアストリア王国騎士団の一員になって、今があるというわけです」
「‥‥‥すごい」
セレノアは無意識に声を漏らしていた。
彼女に感じた本音を、口に出さずにはいられなかった。6歳の自分と状況が似ていた。
(弟の気持ちを背負うために生きて、しかも1年で騎士になるほどの力を‥‥‥壮絶という言葉すら生温いほど、辛い1年間だったはずなのに)
だが、彼女の苦労は想像が付かなかった。
魔力や戦いを知らない10歳の少女が、1年で王国の精鋭と認められた事。それを笑って話す彼女。
だから声に漏れてしまうほど、敬意を称した。
「ふっふっふ」
その反応に、シレーナが目を細めて口角を上げる。
「今さら私の凄さに気付いたんですか。この天才騎士シレーナの後輩なんて、あなたはーーー」
「本当にすごいです」
セレノアは素直に肯定し、シレーナをまっすぐ見つめる。ちなみに、今も2人はベッドの中である。
「へっ?」
シレーナは目を見開き、素っ頓狂な声を漏らしていた。
「シレーナさんは本当にすごいです。僕も先輩みたいに、もっと強くなりたいです」
セレノアの言葉は止まらなかった。
天才という言葉で片付けるのは、彼女の努力に失礼だと感じた。
そして以前よりも尊敬の念を抱く。
「ぁ、ぇ‥‥‥そう、ですか‥‥‥」
するとシレーナが目を逸らして、ゆっくり顔を下げてしまった。夜遅くても、顔が紅潮しているのが分かる。
「‥‥‥僕の怪我に対して、あんなに慌てた理由も理解しました」
セレノアは彼女の問題を直視する。壮絶な過去を聞いて、分からないわけが無い。
「っ‥‥‥そう、ですよね。そのために話したんですから」
シレーナが息を詰まらせ、深呼吸して顔を上げる。
「私‥‥‥怖いんです。歳下の男の子が、魔物に傷つけられるのが‥‥‥」
そして、心の中を曝け出した。
「‥‥‥今まで散々、僕を痛めつけてきたのに?」
セレノアは話の腰を折るような、素直な感情を口にした。正直、言わずにはいられなかった。
だが、決して彼女に虐められているという事ではない。
それは普段の訓練、そして牢屋での試験の話。
シレーナは容赦無く攻撃してきた。
「うっ」
あまりの正論に、シレーナが呻いて目を逸らす。今回ばかりは、強気に言い返すことも出来ない。
「わ、私が攻撃するのは良いんですっ。ユーリとも、よく戯れあってましたから」
「いや、牢屋での試験なんて完全に楽しんでたような気がーーー」
「だ、だから私はいいんです! あなたのような年下の男の子が、化け物に傷付けられるのをっ、見るのがダメなんですっ!!」
まるで駄々っ子のように、自分の意見を押し通そうとするシレーナ。
実際、ゴブリンにやられた傷に狼狽していたし、彼女の発言は本当であることは分かっている。
(牢屋の時は、鉄格子に頭ぶつけられたんだけどな‥‥‥?)
これはセレノア自身の、個人的な恨みだった。
全てが嘘で作られ、手のひらで踊らされていた牢屋での試験。
それを、ただ今も根に持っているだけである。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥‥だから、今度からは私の前では怪我をしないように」
大声を出して疲れたのか、息を切らしたシレーナが命令する。
「‥‥‥あの、それはさすがに」
「それにもう夜も遅いです。早く寝ましょう、おやすみなさい」
セレノアの言葉を聞き流して、背を向けて布団を被る。当然、彼女の背中は見えなくなった。
だがセレノアは、布団の奥にいる彼女を見つめる。
(‥‥‥‥‥‥明日話そう)
思うところがあったが、もう今は遅い。
「おやすみなさい‥‥‥」
無意識に背を向けながら、小声で呟いて目を閉じる。そして、返事は返って来なかった。
◆◇◆◇
「すぅ‥‥‥すぅ‥‥‥」
疲れと怪我が響いていたのか、セレノアはすぐに眠ってしまう。彼が眠り始めて、数分が経つ。
「‥‥‥ほんとに、生意気」
シレーナは身体を起こして、隣を見下ろす。
「‥‥‥ユーリ」
セレノアの寝顔を見つめ、別の名前を漏らす。
一定の間隔で刻まれる、寝息しか聞こえない。
「私って‥‥‥」
何かを言いかけて、口をギュッと閉じる。
眠っているセレノアを、ただ見つめ続ける。
ーーーガツンッ!!!
何かが勢いよく衝突したような、騒々しい物音。
「今の音はっ‥‥‥!」
シレーナは即座にベッドから降り、机に置いている短剣を掴む。
「怪我人は、大人しく寝ていてね‥‥‥?」
その後‥‥‥優しく布団を掛ける。
眠っている黒髪少年を、お世話するように。
「‥‥‥もう、傷付かないでね」
そして静かに扉を開けて、暗闇へと消えていく。
守りたいと思ったものを、守るために。




