第42話 こんな世界に
用意した二つの木の籠に、詰め込んでいきます。
「ユーリがいっぱい食べても、明日までは大丈夫そうね」
「やったぁ!! みんなも喜ぶだろうなぁ〜!」
私とユーリは山菜集めに行ってました。
両親が亡くなってから、もう2年が過ぎようとしてました。
「‥‥‥でも僕だけが食べるみたいな言い方は心外だなぁ。姉さんだって、よく食べるじゃん」
「ふふん、弟に背を抜かされる訳にはいかないのよ」
私が10歳、ユーリが7歳。まあ、さすがに私の方が大きかったです。
「何それ!? 最終的には絶対に僕の方が大きくなるから!!」
「そんなの分からないでしょ〜? だって私の方が大きいし〜?」
「もうっ、姉さんのバカっ!」
よく考えたら、7歳の弟に容赦無かったような気がします。でも、可愛いんだから仕方ないですよね。ユーリが可愛いのがいけないんです。
「ほら、そんなこと言ってないで帰るよ〜? 拗ねてると置いて行っちゃうからね〜?」
「こ、子供扱いしないでよ〜!!」
「ユーリは私が守ってあげるからね〜」
「僕が姉さんを守ってあげるし!!」
こんな感じで、山菜集めと散歩を兼ねるのが習慣になってました。弟と村の外で何かするのは、他に無かった気がします。
「もう充分だから、帰ろっか」
「うん! 僕が先に歩く〜!」
寒くなってきたので、いつもより早めに帰ってきたんです。
土地勘が無ければ、普段は迷いそうな森の中。
その日は、誰も迷わなかったと思います。
「ーーーぇ」
もくもくと立ち昇る、煙が目立ってましたから。
「あの方角って‥‥‥!!」
「村の方だよ!!」
煙の出所は間違いなく、私たちが帰ろうとしていた村でした。そして、私が何か言うよりも早く。
「とにかく、様子を確かめないと!!」
ユーリが籠を地面に置き、走り出してしまいました。のんびりしている普段とは考えられないほど、弟は行動が早かったんです。
「待ってユーリ!! 危ないから先に行っちゃダメッ!!」
必死に追いかけますが、ユーリは足が速かったんです。10歳の私は、すぐに距離を縮める事が出来ませんでした。
「あっ!!」
前方から聞こえた、ユーリの声。どうやら足を止めているようでした。
「どうしたの、ユーリっ!!」
追いかける事に必死だった私は、前にいる弟の背中しか見てませんでした。
「ーーーグァァァァァッ!!!」
木の裏から飛び出して来た、緑の物体。
それは私の二回りは大きい、歪な輪郭をしたゴブリン。
「ひっ!!」
振りかぶられた棍棒を、しゃがみ込んだ事で運が良く当たりませんでした。
「来ないでッ!!!!!」
振りかぶった後のゴブリンを、私は勢いよく突き飛ばしていました。そのゴブリンは呻き声を上げて仰向けに倒れました。
「あっ、逃げッ」
咄嗟のことで両手は動きましたが、足が震えて動かなかったんです。異形の化け物が近くにいるなんて、初めての状況でした。
「ーーー姉さん!!!」
その時、私は右手を掴まれて駆け出してました。
ユーリが勇気を出して、震える私を助けに来てくれたんです。
「ゆ、ユーリっ」
「後ろは囲まれてたっ。もう村の方へ行って、みんなと逃げようっ!!」
そう言ったユーリの声は上擦ってました。初めて魔物を見て、怖くない人なんていません。
「ごめんなさいユーリっ。さっきは私のせいで危険な目にーーー」
「僕が姉さんを守るって言ったでしょ!? 姉さんは鈍感そうに見えて怖がりだからっ、僕が守らないと!!」
6歳のユーリは、私と違って勇敢でした。
異変に気付いて走り出したのは、ユーリ。
村を確認すると言い出したのは、ユーリ。
私の手を引いて走り出したのも、ユーリ。
「見えたよ姉さんっ!! リルル村っ!!」
今も勇敢に、前を向き続けているユーリ。
私は正直、村なんてどうでも良かったんです。
ユーリを連れて逃げようと思っていたんです。
「あっ‥‥‥村長の家がっ!!」
煙が立ち昇る、荒れ果てた家の残骸。
最も立派だった村長の家は焦げた木の集合体になってました。
「ーーーあそこっ、村長たちだっ!!」
ユーリが大声を上げる。
指を差した方向に、大人たちが鍬を持って立ち向かってました。
「ぁっ、さっきのッ」
でも、私の目に映るのは‥‥‥村の事じゃなかったんです。
「ぐぁッ!!?」
「ギャハハハハッ!!!」
大人を棍棒で殴り飛ばす、緑の化け物たち。人間という生物を、嘲笑うかのような存在。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁッ!!!?」
そして自警団の団長ダルガンは、頭が粉砕されてました。気持ち悪い事を言ってた彼は、ボロ雑巾のようになってました。
人は何をしようが、死んだら同じなんだって分からされた気分でした。
「に、逃げようユーリっ。とても助けるなんて無理でしょっ!?」
「でもっ、さっきみたいに手を取って逃げることくらいーーー!!」
「ユーリっ!!!」
気付いたら、大声を出してました。
ユーリが身体を強張らせ、後の言葉が途切れました。
「そんなに上手くいくはずないでしょっ!? 力の差は歴然で、刻々と逃げる時間は無くなってるの!!」
私は必死でした。ここから逃げたくて、大声で捲し立てました。
「ーーーグヘヘヘヘ」
不快な濁声が、後ろから聞こえて鳥肌が立ちました。
村の人たちは、どんどん殺されて数が減っている。
大声なんて出していたら、他より注目を集めるのは当然のことで。
「姉さんッ!!!」
振り向いた直後、私は尻餅を付いてました。
どこか生温い感覚が、両足を浸して。
「美味そうナ雌だナぁ!!」
見下ろしてくる化け物は、まるで山のように大きくて。その右手には、赤く汚れた鉈を持っていて。
この化け物がオーガという魔物と知ったのは、全てが終わってからの事でした。
「‥‥‥ユー、リ?」
私の両膝に乗ったユーリは、うつ伏せに倒れてて。
「ねえ、さん‥‥‥ぶ、じ‥‥‥?」
掠れ掠れに呟く弟は、背中から大量にーーー。
「ユーリッッッ!!!!」
大声で叫んでました。
「ごめんっ、私のせいでッ‥‥‥!!! ユーリっ、ごめんなさいッ!!!」
急いでスカートの一部を破って、必死にユーリの背中を押さえました。謝っても、許される事じゃないのは分かってます。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいッ‥‥‥!!!」
でも、謝る事しか出来ませんでした。
「あや、まらないで。ねえ、さんは、僕が、守るんだ‥‥‥」
ユーリは、こんな時まで優しくて。
でも、出血は全然止まらなくて。
「っ、喋らないでっ!! 呼吸する事に専念してッ!!! ユーリっ!!」
私はただ、無事を祈ることしかできなかった。
「今まで、生きてこられた、のは‥‥‥姉さんが、側にいてくれた、から」
「ユーリっ‥‥‥」
優しくお腹に抱き着いてくるユーリは、ほとんど力が入っていなくて。
「グヘヘヘヘ、もっと泣ケ泣ケ。身体が熱い方ガ美味しいからナぁ」
耳障りな音は、右から左へと通り過ぎていって。
「ぁ‥‥‥お父さんと、お母さんだっ‥‥‥本当に、あったんだ‥‥‥」
ユーリは涙を流して、嬉しそうに笑ってて。
その喜びを、私の右手を握って教えてくれているようだった。
「ねえ、さん‥‥‥いつか、僕たち、が‥‥‥迎えに、くる、か、ら‥‥‥」
「ユーリっ‥‥‥!!!」
私はもう、涙が止まる気配が無くて。
後悔、罪悪感、悲しみ。その濁流の中から、ユーリの声を必死に聞いてた。
「だから、元気、に‥‥‥‥‥‥」
そしてユーリの笑顔は‥‥‥そのまま変わる事がなかった。
「ユーリっ‥‥‥?」
優しく尋ねても、弟の反応は無くて。
「ユーリっ!!!!!」
大声で呼んでも、何も変わらなかった。
「あ、アっ‥‥‥」
ただ、私の鳴くような声が響くだけで。
「アァっ‥‥‥ヴあァァァァッッッ!!!!」
どれだけ化け物から注目を集めようが、構わなかった。どうせ、私は助からない。
死んで、ユーリや両親の元へ行きたい。
「いい鳴きっぷりダァ。これは美味そうダァ!!」
私は叫びながら、ユーリの身体を抱き寄せる。力強く抱擁し、まだ温かい身体に縋り付く。
「雌は、まず頭からダナァ」
血の付いた鉈が振り上げられる。
私は、その瞬間を待ち望んでいた。
両目を閉じて、ユーリを強く抱き締める。
「ユーリ‥‥‥今から行くからねっ‥‥‥」
もう、この世界に未練は無かった。
でも、これからの未練はある。
「お父さん、お母さん‥‥‥私に会ってくれるかな」
弟を死なせてしまった愚かな姉は、家族に会えるのかーーー。
ビュンッ!!!
私の最期を告げる‥‥‥振り下ろされた音。
でも、その時は一向に来ない。
ただ、ビシャビシャと水が流れるような音しか聞こえてこない。
「‥‥‥?」
ついに頭がおかしくなったのかと、両目を開ける。
さっきと変わらず、化け物が見下ろしている。
頭が消失した、首だけの化け物が。
「死で償え。地獄で詫び続けろ」
まるで、私へ言っているような言葉が聞こえる。
それは私の背後、少し低い声だが確実に人間。
「大丈夫か、少女」
乱れた茶髪に、顎の無精髭が特徴的。見るからに胡散臭い20代の男。
「アストリア王国騎士団、五番隊のハーティアだ」
「ーーーなんで邪魔するのッ!!!?」
私は、こんな世界に留まることになってしまった。




