第41話 少し前の話
「‥‥‥‥‥‥」
セレノアは天井を眺め、目を見開いている。
仰向けの状態でベッドに寝ているのだが、瞼が閉じる気配は無い。
隣で、息遣いを感じる。
「‥‥‥なに、緊張してるんですか」
セレノアの心臓が跳ね上がる。
耳元に澄んだ声で囁かれたのだ。
「ーーーヅっ!!?」
そして、なぜか左肩に鋭い痛みが走る。
セレノアは思わず横向きになり、必死に歯を食いしばる。
「ふふ、わざわざ私の方を向くほどですか」
痛みに堪える中、聞こえた声にハッとする。
「え‥‥‥ぁ」
セレノアの視界には、微笑む黒髪少女がいた。
小柄な身体が、ベッドの中で少し丸まっている。
普段は強気で生意気な彼女の、小動物のような姿。
「す、すいませんっ」
セレノアは痛みを堪える中でも、妙に気まずくなって視線を逸らす。やがて、左肩の痛みが薄くなっていき、意識がはっきりし始める。
激痛で身体を向けた事には、どうやら気付かれなかった。
「まあ天才で可愛い私と一つ屋根の下なら、仕方ないですよね」
「あーそうですね」
突然の小言に、セレノアは適当に返す。
普段のやり取りで、少しだけ平常心を取り戻した。
「む、失礼な反応。あ〜傷付きます」
「あーそうですか」
セレノアは今‥‥‥教育係のシレーナと、一夜を過ごそうとしていた。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
やがて、2人の間に訪れる沈黙。
彼女の小言は、普段よりも少なかった。
セレノアはともかく、お喋りなシレーナが率先して口を開かない。
(たぶん‥‥‥シレーナさんがここにいるのは、昼の事が関係してるんだろうな)
その空白の中で、セレノアは現状の理解に意識を向ける。思い当たる事が、それ以外には思いつかなかった。
『セレノアくんっ、大丈夫ですかっ!!?』
ゴブリンたちとの戦闘で負傷した自分。
その事に対し、度が超えた不安と焦りを見せ‥‥‥涙すら浮かんだ彼女。
それはまるで傷付いたセレノアを見ているようで、見ていないようなーーー。
「‥‥‥聞かないんですね、あの時のこと」
耳に届いたのは、か細い声。
セレノアは思考を中断し、どう返事するか迷ってしまう。それで、またしても静寂が訪れる。
「あなたが優しい事は、既に知ってます。深く追及したら、私が傷付くと思ったんでしょ?」
「‥‥‥それは」
見透かしているような、彼女の言葉。
セレノアは困惑し、その後が何も出てこない。
話を聞く側の方が、緊張してしまっている。
「でも‥‥‥これ以上、傷付くことはないので大丈夫です」
そんな彼女の言葉は、まるで自虐しているように聞こえた。
「私には‥‥‥弟が、いたんです」
続く彼女の声は、少し上擦っている。
セレノアは微かに目を見開きながらも、何も言わず話を聞く。彼女の過去は、今まで知らなかった。
「両親が早く亡くなってしまい、私と弟は村の人たちに助けてもらいながら生活してたんです」
そう言ったシレーナは小さく息を吐き、やがて深呼吸をする。
「不自由なく、とは言えなかったですけど‥‥‥幸せでした。私には、弟がいたから」
「その子の、名前は」
セレノアは思わず、訪ねてしまう。
「‥‥‥ユーリ、です。3歳下の、素直で可愛い弟でした。私とユーリは、王国の南にあるリルル村で暮らしてました」
次々と出てくる彼女の話に、セレノアは耳を傾けてーーー。
◆◇◆◇
それは、少し前の話です。
リルル村は、どこにでもあるような普通の村でした。まあ、少しだけ寒い時期が多かったくらい。
「村一番の力を持つ俺と、屈強な奴らで全部守ってやるからよ!」
それと村の中にある自警団の人が、自分たちの立場に酔って調子に乗ってたくらいです。
「おうシレーナっ、お前が大きくなったら俺が貰ってやるからよ! 強い子たくさん欲しいだろっ?」
特に、団長だったダルガンという男は群を抜いて腹が立ちました。冗談か本気か分かりませんが、気持ち悪いのは確かです。
「なんだその目はっ? 自警団の団長に何か言いたい事でもあるのか? えぇ??」
井の中の蛙って、この人のために作られた言葉だと思ったほどです。20歳の蛙ですね。
「お構いなく。行くわよユーリ」
「んー!!」
私とユーリが生まれる前も、こんな感じだったんだと思います。村特有の、狭い世界です。
「ゴホっ、ゴホッ‥‥‥シレーナ、ユーリ」
「ごほっ、ごめんね‥‥‥心配させて」
両親は流行り病に罹って、亡くなってしまいました。私が8歳、ユーリが5歳の時です。
「ねえね。お父とお母は?」
幼かったユーリは、分からなかったんでしょうね。
そんな弟に、事実を伝えることは出来ませんでした。
「‥‥‥2人はね、神様に選ばれて旅立ったの。でも子どもは大変だから、そこへは連れていけないって。私たちが大きくなってから、迎えに来るの」
私はユーリに、そんな説明をしました。
正直、かなり支離滅裂な嘘だったと思います。
両親が亡くなって、私も考える余裕が無くなってました。自分でも、何を言ってるか分かりませんでした。
「え、すごい! 神様に選ばれるなんて! ぼくたちも大きくなって、会いに行かないとね!」
でも、ユーリは笑顔でした。
何の憂いもない弟の笑顔は、あまりにも眩しかった。
「っ‥‥‥そうだね、ユーリっ」
「ねえね‥‥‥どこか痛いのっ?」
泣き始めてしまう私に、ユーリは心配そうに抱き着いて来ました。
「ううんっ、大丈夫。これからは、私たちが神様に選ばれるように大きくならないとねっ!」
「ーーーうん!」
私に残った家族は、弟のユーリだけ。
何よりも大切でした。
私は姉として、絶対にユーリだけは幸せにするんだって。
「ーーーぇ」
そう、思ってました。
あの日が来るまでは‥‥‥何も疑わずに。
注目度ランキングに入った記念です!
これからも精進していきますので、どうかよろしくおねがいします!!
次回の更新は、普段通り土曜日に行う予定です!




