第39話 初任務
教育係シレーナの指導を受ける日々が、1年を超えた頃。
「そういえば、カイン・フェリクスはまだ初任務に行ってないみたいです。今回は勝ちましたね〜?」
「別に競争してないし‥‥‥」
セレノアは遂に、王国騎士として初の任務へ赴く。
教育係のシレーナと共に、王国領内の南側を馬で駆ける。
その内容は、国境付近の村を襲う魔物の討伐。
「雑魚に心を乱されないようにー」
「分かってる」
そして、少なからず共に時間を過ごした影響か。
「‥‥‥なるべく離れないでくださいね。必ず私の目が届く所にいること」
「保護者‥‥‥?」
セレノアは敬語を使わずに、シレーナと話すようになっていた。
「確か、この辺りに‥‥‥あれだ」
セレノアは足を止め、指を差して声を漏らす。
大きな木の下で、影が出来ている平地。
そこで5匹のゴブリンと、6匹のオークが動物の肉を食らっていた。
「‥‥‥たぶん、村の人が言ってた家畜ですね。間に合わなかったのは残念ですが、仕方ありませんね」
隣のシレーナが淡々と呟く。
だが、セレノアは妙な違和感を感じていた。
それは‥‥‥隣に佇む先輩の彼女に対して。
(馬で駆けて、少し歩いただけなのに息が上がってる‥‥‥もしかして、体調でも悪いのか?)
シレーナが微かに息切れをして、呼吸を意識的に繰り返しているのだ。普段の訓練の時は、彼女が息を切らす事はあまり無かった。
つまり、彼女は決して体力が無いわけではない。
「シレーナさん。もしかして、体調良くないの?」
その疑問に我慢できず、セレノアは正面から尋ねることにした。これから戦う事になるなら、何の憂いも残してはいけないと。
「‥‥‥はぃ? 元気いっぱいですけど? この天才騎士を一丁前に心配ですか?」
だがシレーナは強気な言葉を返してくる。
(まあ、シレーナさんは認めないよなぁ‥‥‥)
正直、予想通りの返答だった。
ただ‥‥‥強がりにも聞こえて、セレノアの中で心配が増す。
「あなたの初任務ですから、まずは自分の心配をして挑みなさい」
だが彼女の言う事も正論なので、セレノアは気にするのをやめる事にする。シレーナの実力は、この1年を通して痛いほど理解している。
「さぁ、行きますよ。多い方が私が請け負います。あなたは少ない方を、落ち着いて倒してください」
そして、セレノアとシレーナは走り出した。
2人は途中で、走る方向を変える。
セレノアは5匹のゴブリンへ。
シレーナは6匹のオークへ向かう。
「グへへ、腹一杯だゼ」
木で出来た影で涼んでいるのか、ゴブリンたちは座ったままくつろいでいる。
(冒険者の時の方が、もっと手強い魔物と戦ってたんだーーー)
セレノアは走りながら、背中の剣を抜き取る。王国騎士に最低限支給される、よく鍛えられた鉄の剣。
「ーーーはぁ!!!」
それを、ゴブリンたちが気付く前に振り下ろした。
「グビャァッ!!?」
1匹の背中を斜めに斬り払う。
真っ二つにされたゴブリンが、断末魔の声を出してグチャリと倒れ込む。
「なんダお前ハッ!?」
「ヒトの雄だっ、食い殺せェ!!」
4匹のゴブリンが殺気立ち、一斉に襲いかかる。彼らは右手に棍棒を持っている。
「ーーー!!」
セレノアはカッと目を見開いて、4匹との距離を瞬時に把握。1番近くのゴブリンが、棍棒を振り下ろす。
「ガァァッ!!!」
その一撃を横に踏み込みながら躱すと、2匹目が飛び掛かってくる。
「ふッ!!」
セレノアは踏み込んだ勢いで剣を振り抜く。
「ギャァァァァァァッ!?」
迫り来るゴブリンは、棍棒を持った右腕を地面に落とす結果となる。
(こいつは後でいいな)
セレノアは絶叫するゴブリンを蹴飛ばし、迫り来る1匹目に対処する。
「しッ!!」
すれ違いざまに、1匹目の胴体を切り刻んだ。断末魔の声を上げる暇も無く、ゴブリンが細切れになる。
セレノアは振り返りながら、3匹目へ意識を向ける。
「ぁ、ガ」
だが、3匹目は既に戦意を無くしているようだった。当然、セレノアはその隙を見逃さない。
「グギャァァッ!!!」
断末魔の声を上げて、真っ二つの胴体がグシャリと落ちた。これで残るは右腕が無い2匹目と、まだ襲いかかってこない4匹目のみ。
「グ、グガ」
ただ最後の4匹目は、他の3匹とは相当な距離を取っていた。セレノアが一足飛びでも届かないほどの位置で、こちらの様子を伺っている。
(距離を詰めて4匹目を先に倒してから、腕を切った2匹目を倒す)
セレノアは剣を軽く振りながら、4匹目のゴブリンへ走り出す。実質的に、5体満足である最後の1匹へと。
「グォァァッ!!」
だが、唐突にゴブリンが叫び出す。
それは自分を鼓舞するような声でも、恐怖の混じった声でも無い。
(まるで、合図のようなーーー)
そして、セレノアは目を見開く。
咄嗟に横目で、自分の後ろを確認する。
「ーーーグァァ、アァッ!!!!」
その絶叫は、右腕を切り落とされた2匹目のゴブリン。左手で持った棍棒をーーー勢いよく投げ付けてきたのだ。
ーーーブンブンブンブンッ!!
何度も錐揉み回転しながら、木の棍棒が迫り来る。
「!!」
セレノアは身体を翻しながら振り向き、飛んでくる棍棒を剣の柄で弾き落とす。
すると、棍棒が新たに飛んでくる。
(ーーー先に片付けた3匹分の棍棒か!!)
1本目を咄嗟に躱した直後、2本目が迫る。
「ッ!!」
思わず鋭く息を吐きながら、胸元に剣を引き寄せて棍棒を防ぐ。
「ガアッ!!!」
だが、3本目を迎え撃つ直前。
背後に迫っていた4匹目のゴブリンが、勢いよく右手の棍棒を振り下ろす。
「ぐッ!?」
そして、セレノアは背中に重い一撃をくらった。呻き声を出しながら、衝撃で身体が前に傾く。
その瞬間、飛んできた3本目の棍棒がーーー。
「っ‥‥‥!!」
右の側頭部を、直撃。
セレノアはよろめき、体が前へ傾く。
ゴトンと地面に落ちる棍棒が、赤く汚れている。
そして、ポタポタと赤い水滴が地面に垂れる。
「ギ、ギャハハハッ!!」
「ゲヒャヒャヒャッ!!」
確かな手応えに、2匹のゴブリンが怪しく笑う。
ゆっくりと倒れていく、セレノアを見て。
「‥‥‥‥‥‥しくじった」
そんな声と共に、剣が勢いよく地面に突き刺さる。セレノアの身体が、不自然に踏み留まる。
「‥‥‥まだまだ、甘かった」
セレノアが顔を上げた時、2匹のゴブリンは笑うのをやめていた。
「ッ!!!」
直後、断末魔の声が重なった。
「くそっ、もっと強くならないと‥‥‥」
剣を振って黒い血を落としながら、セレノアは眉を顰める。
ーーー右の側頭部と背中が、燃えるように熱い。特に側頭部から、ポタポタと血が垂れている。
「魔力の身体強化で防ぐにも限界があるな‥‥‥防御魔術を学べたら良いんだけど‥‥‥」
今回の負傷を、セレノアは冷静に受け止めていた。
自分の未熟と展望を、頭の中で分析していく。
「ーーーセレノアくんッ!!!」
すると、少し離れた所から大声が聞こえる。
セレノアは顔を上げて、声がした方を向く。誰の声かは既に分かっている。
「‥‥‥シレーナさん?」
だが、少し違和感があった。
それは6匹のオークを相手にしたシレーナが、無傷だったことではない。
「ぁ、ああ大丈夫ですかっ!? す、すぐに止血しないとっ!!」
駆け寄ってきた彼女が、酷く焦っていることだった。




