第38話 今も生きている
その後、セレノアの歓迎会は穏便に過ぎていき。
「たいちょぉ‥‥‥無茶ばかり押し付けないでぇ‥‥‥」
「今、押し付けられてるのは俺なんだけどな」
泥酔したヤミルを、隊長のハーティアが背負う形で幕引きとなる。
「あはは‥‥‥ハーティアさんしか背負えないですよね」
「私たちは小さいので〜」
セレノアは苦笑いを浮かべ、シレーナが目を細めてニマニマと笑う。
10歳の少年と、15歳になったばかりの少女。
26歳の女性を背負って歩くのは、さすがに不可能に近い。
「まあ、普段は真面目で仕事が出来る奴だ。だから隊員として、どうか仲良くしてやってくれ」
そう言ったハーティアが息を吐き、背中で脱力している彼女を抱え直す。
「は、はい」
セレノアは辛うじて言葉を返す。
正直‥‥‥副隊長ヤミルへの印象は、今晩だけで相当な下落を辿った。
「セレノアくん、気持ちが顔に出てますよ〜?」
その証拠を隣のシレーナに指摘され、セレノアは両頬を叩いて必死に笑顔を作る。
「まあ、これから知っていけばいいさ。それじゃあ、また明日からも頑張ろうな」
呆れたように笑ったハーティアが優しく話すと、彼女を背負ったまま歩いていく。
「了解で〜す」
その後ろを、シレーナが小走りでついていく。王国騎士は駐屯所の一室を個々で借りるため、廊下までは同じ道なのだ。
それと当然、セレノアも同じである。
「‥‥‥‥‥‥」
だが、セレノアは何も言わず動かない。
シレーナ、ハーティア、ヤミル‥‥‥3人の後ろ姿を見つめている。
脳裏で、彼らと重なってしまう。
『こういう時、バンギネスがいると助かるよ』
『あのなぁ‥‥‥俺は運搬係じゃねえんだよ』
『誰が運搬物よぉぉ‥‥‥私別に重くないしぃ‥‥‥』
それは、冒険者時代の光景。
苦笑いを浮かべる、剣士ノール。
ため息を吐く、盾役バンギネス。
酔い潰れて脱力した、魔術師フィーア。
(‥‥‥みんな、元気なんだろうな)
楽しかった思い出の中にいる、冒険者の3人。
まだ別れて数ヶ月も経っていないのに、今の自分からは遠く離れた存在に感じてしまう。
セレノアは胸が苦しくなり、俯いて唇を噛む。
「セレノアく〜ん? 置いていきますよ〜!?」
だが、今は止まっていられない。
シレーナの呼びかけに対し、顔を上げる。
「もう夜だからな。危ないから1人で彷徨うなよ」
「悪い人について行ったらダメですよ〜?」
「うぷっ、吐きそぉ‥‥‥」
そして、王国騎士3人の元へと走り出した。
「ーーー気を付けます!」
王国騎士セレノアの日々は、まだ始まったばかり。
王国騎士としての日々は過ぎていき‥‥‥時は巡る。
それは、雪が降り始める季節。
「はい、誕生日おめでとうございまーす」
小さく、暗い個室。
シレーナが机に置いたのは‥‥‥苺が乗ったスポンジケーキ。そして、蝋燭が周囲を優しく照らす。
「‥‥‥あっ」
セレノアは目を見開いて声を漏らす。
名前を変え、髪色を変え‥‥‥別人として日々を過ごしてきた。
「良かったですね〜。去年みたいに牢屋で歳を重ねてなくてー」
「そう、だった‥‥‥誕生日」
セレノア‥‥‥いや、アベル。
誕生日という概念を、無意識に忘れていた。
(誕生日を祝ってもらったのなんて、本当にいつぶりだろ‥‥‥)
冒険者ノールたちとの時間は、1年弱ほどの短い時間だった。
ふと思い出したのは、平穏で幸せだった頃の記憶。
『ーーーアベル! 誕生日おめでとっ!!』
それは、セリカに渡された‥‥‥花の栞。
自分のことのように喜んでくれる、彼女の笑顔。
セレノア‥‥‥いやアベルは、今も鮮明に覚えている。
(セリカ‥‥‥元気にしてるかな)
セリカと再会する。
その気持ちだけで、今を生きていると言っても過言では無い。強くなる事、王立学院に入学する事。
その全ては、彼女との再会に集約されている。
「密かに祝うくらいは構わないでしょー。たまには飴をあげないと、拗ねちゃうかもしれませんし。後輩の気遣いもできる、天才な私に感謝してください?」
シレーナは僅かに微笑みながら、赤いリボンで包装した箱を手渡す。
セレノアは唖然としながらも、確かな重さを感じる箱を丁寧に開けていく。
「ーーーこれって」
箱の中身は‥‥‥綺麗な装飾が目を引く、上質な鋼の短剣だった。
「短剣も扱いたいという気持ちも高まるでしょう? しかも、この天才騎士シレーナちゃんのプレゼント。当然、付加価値がすごい事になってますよ〜?」
「こんな、綺麗なものを‥‥‥」
セレノアは声を漏らし、短剣を見つめる。
するとシレーナが、顔を強張らせて口を開く。
「‥‥‥ぁ〜実は、ですね。あと3個ほど、誕生日プレゼントがあるわけですよ」
「ぇ‥‥‥3個、って」
彼女の言葉に、セレノアは思わず顔を上げた。
その視界の先には、机に置かれた3個の箱。
「まあ、追及はしないでください。私って、とっても優しいですよね〜」
3個の箱、その差出人の正体は‥‥‥明かされない。
「去年は、まあ。さすがに渡せなかったですね〜。隊長もヤミルも激怒したでしょうし〜。あ、これについては他言無用で。命令ですからねー?」
セレノアに出来るのは‥‥‥お喋りな彼女が漏らす言葉の節々から、推測する事のみ。
「‥‥‥シレーナさん、本当にありがとうっ」
そして、アベルは‥‥‥自然と涙が溢れていた。
(僕は、今も生きてるんだっ‥‥‥!)
名前が変わっても、外見が変わっても‥‥‥本当の自分を知っている人がいると。
自分という存在は、今も生きていると。
「もう、泣かないでくださいよ。今日だけは主役を譲ってあげます。名前を変え髪色を変え、慣れない日々だったでしょう」
シレーナが優しく微笑み、アベルの頭を撫でる。
「ちゃんと私は分かってますから。弱音を吐かずに、よく頑張ってると思いますよ」
「っ‥‥‥!」
この時、アベルは思い出していた。
『よくやったわね、アベル〜!』
冒険者のフィーアに、何度も頭を撫でられていた事を。
「っ‥‥‥シレーナさんが、こんなに優しいなんてっ」
アベルは感極まって泣き始め、素直な感想を呟いた。
「ーーーカッチーン」
それが、地雷になるとも知らずに。
「あ〜そうですか、厳しい私が好きですか。明日からは覚悟することですねぇ? あ、それと私の誕生日は夏ですので??」
シレーナの笑顔が、氷のように凍てついていく。
「え、そうだったんですか」
「何も祝ってくれなかったなぁ〜?」
「ご、ごめんなさい」
アベルは首を傾げて、彼女の変化に戸惑うばかりだった。
そして‥‥‥後日。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥‥」
セレノアは両膝に手を置き、激しい息切れする。
「早く立ちなさい軟弱者がッ!!」
「は、はいっ‥‥‥!!」
シレーナの講義は、まるで鬼の如く厳しくなった。




