第34話 反骨精神
「君は名乗ってくれないのか? しかも睨み付けてくるなんて、なかなかの反骨精神だな」
ルーベル・リーゼット。
アストリア王国騎士団、一番隊副隊長。
少し長めで癖の少ない黒髪、切れ長の目。
背は180前後で、細身の身体。
そして、年齢は20歳半ば。
「アストリア王国騎士団は、資質が認められたら平民でも入隊できる。だが最低限の礼儀すら分からない頭なら、それ以前の問題だ」
王国騎士のジャケットとズボンは同じ。
だが左肩の紋様は、赤の剣。
セレノアの灰色やカインの青とは異なる。
他者から見れば、少し中性的な王国騎士の好青年。
だがセレノアの目には、そうは見えていない。
(無理やり僕を押さえて、セリカを連れて行った男‥‥‥)
全ての始まりである、セリカとの別れ。
その原因を作った因縁の男、として目に入る。
「新人騎士のセレノアくん。君は礼儀すら知らないのか?」
セリカとの別れは、もう過ぎた昔の話。あの日の出来事は全て、弱かった自分のせい。
そう思っていても、湧き上がってしまう。
「‥‥‥セレノアです」
煮えたぎるような、純粋な憎悪が。
セレノアは意識して息を吐き、僅かに頭を下げる。
歯軋りしそうになるのを、理性で抑え込む。
「‥‥‥及第点だな。まあ、これから学んでいけばいいさ。騎士団で学ぶ事は、君の人生には良い事だらけさ」
ルーベルが目を細めて笑い、セレノアの肩に手を置く。
「‥‥‥」
セレノアは何も言わず、視線を下げて口を閉じる。
「緊張しているみたいだな。まあ仕方ない。一番隊副隊長の私に話しかけられたらな」
それをルーベルが勝手に解釈し、すらすらと言葉を並べ立てる。
「その態度に免じて、一つ教えてやろう。君は今、平民と貴族の間‥‥‥準貴族の地位にある」
「‥‥‥準、貴族」
セレノアは気になった言葉を反芻する。右肩に置かれた彼の手を、振り払いたい衝動を抑えながら。
「アストリア王国騎士団に入団した時点で、君は『騎士爵』という爵位を得た。平民出身の君からすれば、とても光栄な名誉だ」
「‥‥‥そうですか」
「だが爵位の中では最下級。家名を名乗る事は出来ないし、子を設けたとしても世襲できない。いわば、その伝統を次に引き継げないという事だ」
セレノアは目を合わせず、彼の話を聞き続ける。
正直、世間に疎いセレノアにとっては意味のある情報。
「ちなみに私の父は伯爵。分かりやすく言えば、騎士爵の数段上だ。公子の私からすれば、騎士爵なんて不要な飾りのようなものだ」
まだ知らない『貴族の文化』を、ルーベルに教えてもらうのは癪だったが。
「せっかく貴族の世界に、片足だけでも踏み入れたんだ。騎士としての人生を、存分に謳歌してくれ」
「‥‥‥」
セレノアは何も言わなかった。
無礼に当たるが、心が拒絶していた。
(この男に‥‥‥敬語で話すなんて反吐が出る)
自分の境遇を馬鹿にされていると、理解したから。
「不満になる気持ちも分かる。『不可思議』の五番隊に配属されたらな」
それをルーベルがまたも勝手に解釈し、新たな情報を落とす。
「ハーティアが集めた変人の集い。アストリア王国騎士団の中では魔窟さ。可笑しな隊長が選ぶから、隊員も可笑しいってな」
「‥‥‥」
セレノアは何も言わない。口も聞きたくない。
「そんなに絶句するほど悲観しなくても良い。騎士爵を得ただけで、君の人生に多少の色は付くだろう」
すると右肩に置かれていた彼の手が、ゆっくりと離れていく。
「これからの活躍、期待してるよ。新人騎士セレノア」
そして、ルーベルが軽く手を振りながら去っていく。
「‥‥‥‥‥‥」
その後ろ姿を、セレノアは瞬きせずに見つめ続ける。自分の左手で、右肩を何度も拭いながら。
(‥‥‥セリカと引き裂かれたのは、僕の無力が原因だった。でも、あの男は顔も見たくないっ‥‥‥)
そして、湧き上がる嫌悪感を放出するかのように歯を噛み締め、力強く両手を握り締める。
無意識に魔力を集めてしまい、両腕が震える。
(ルーベル・リーゼット‥‥‥いつまでも勝手に見下し続けてろ。お前の事なんて、僕にはどうでもいいことだ)
僅かに、口の端から赤い線が垂れる。
これほどまで、人への嫌悪感を持ったのは初めてのことだった。
「あー相変わらずのウザさ。さすが不人気投票No.1は伊達じゃないですね〜」
すると、近寄ってきた黒髪少女に話しかけられた。先ほどの様子を見ていた口振りだった。
「‥‥‥シレーナさん」
彼女はアストリア王国騎士団、五番隊所属のシレーナ。
セレノアは口元を拭いながら、先輩である彼女と目を合わせる。
「‥‥‥そんな投票あるんですか?」
「ん? 無いですよ?」
「え?」
「でも実施したら、間違いなくあの無能が票の総取りでしょー。まず私とセレノアくんの清き2票は確実ですからね〜?」
シレーナが目を細めて、にぃ〜と笑う。
その笑顔が、今は不思議と暖かく感じる。
「‥‥‥そうですね。僕たちの2票は大きいですね」
セレノアは微かに笑った。
そして冗談に便乗すると、シレーナが目を見開く。
「え。あっと、あんな性格底なし沼、無視です無視無視ー。あんな人の言うことより、私の言うことを聞いてくださいねー」
「‥‥‥そう言われると、今だけは思わず頷きそうになりました」
「頷きなさい。ていうか後輩のあなたは私に絶対服従です」
普段は反応に困るシレーナの軽口が、今は荒れた心を潤してくれる。
彼女の言葉は、少しも苦しくならない。
「それに新人のあなたに、落ち込んでる時間はありませんよ〜? 天才騎士の私が扱きーーー鍛えてあげるんですから」
「今なにか言い直しましたよね?」
だが後に続いた彼女の言葉に、セレノアは現実に引き戻された。シレーナもまた、中々の曲者であるという事実に。
「あの‥‥‥シレーナさん」
そんな彼女に対し、セレノアは呟く。深呼吸してから、気持ちを整えて顔を見つめる。
「励ましてくれて、ありがとうございます」
そして、心からの感謝をまっすぐ伝える。
「‥‥‥はぃ? なにを意味不明な勘違いしてるんですか??」
シレーナが目を細め、嗜めるように早口で話す。
その態度に、セレノアは苦笑いを浮かべる。
「あ、そういえば。ハーティアさんは一緒じゃないんですか?」
そして、ふと気になった事を質問する。
「お父さんなら団長室に行きましたー。報告のために呼び出されたらしいですよー」
「僕はツッコミませんからね」
「素直じゃないですねー」
そこからは、普段通りの会話が始まっていった。
◆◇◆◇
「あんな逸材が、まだ国内に眠っておったとはな」
そう言ってペンを置く、壮年の大男。
白髪混じりの、黒髪オールバックは印象的。顎の髭によって、更に渋みが増している。
50歳を過ぎているにも関わらず、隊服がはち切れんばかりの隆々とした筋肉。それに覆われた胸、腕、背中、足‥‥‥彼の全身は、まるで山々。
正直、黒を基調とした騎士制服によって更に風格が滲み出している。
「‥‥‥」
そして五番隊の隊長であるハーティアが、僅かに汗を流すほどの威圧感だった。
「よく、あんな少年を見つけてくれた。カイン・フェリクスといい、今年の人材は歴代でも目を見張るものがある」
彼の名は、オスカー・アルバート。
アストリア王国騎士団、団長。
そしてアストリア王国の御三家、アルバート家の現当主。爵位は当然、貴族の最高位にあたる公爵。
名実ともに、アストリア王国内の最高権力者。
「‥‥‥そうですね。まさか名門のフェリクス家が、子息を騎士団に入団させるとは思いませんでした」
ハーティアは淡々と、彼の話に合わせていく。
「自分から希望したそうだ。三男だから、家を継げない事を分かり切っているんだろうな」
「それは、世知辛いですね」
正直、ハーティアは心の底から帰りたいと思っている。それほど、団長オスカーとの対話は息が詰まる。
「話を戻そうか。君が見つけ出した、セレノアという少年について詳しく聞きたい」
オスカーが両手を机の上で組み、前のめりに話し始める。
ハーティアは小さく生唾を飲み、息を吐きながら待つ。
「彼は10歳で平民と聞いたが、出身はどこだ?」
「ミストラル村です」
「ミストラル村‥‥‥かなり北側の村だな」
アストリア王国領で、かなりの北側に位置するミストラル村。風が冷たく、よく雪も降る地域にある。
「この前、与えられた任務で近くに向かった時です。昔、魔術師が残した孤児という事で、彼は村の中で孤立していました」
ハーティアは次々と、嘘を並べ立てる。
冒険好きな魔術師がミストラル村に流れ着き、村娘と結ばれて生まれた子どもという設定。
その2人が早くに死んだ事で、少年は村の中で忌み嫌われていると。
「あの魔力総量と身体強化術なら、確かに警戒するだろうな」
オスカーが息を吐いて顔を下げる。
その反応は、ハーティアの言葉を受け入れたようにも見える。
「わかった。もう行っていいぞ」
そして思わず拍子抜けしそうなほど、あっさりと話が終わる。
「では、失礼します」
ハーティアが頭を下げて、踵を返して歩き出す。
「ーーーお前の所には、面白い人材が集まるな」
ドアノブを握った瞬間、オスカーの声が響いた。
「だがアベルという大罪人は、すぐに処刑したな。お前なら何かに使えると踏んで、生かすと思っていたが」
冷たく重い声が、ハーティアの背中に侵食していく。
「‥‥‥さすがに王国騎士として、犯罪者の罪を見過ごすわけにはいかないでしょ」
ハーティアは飄々と言い返し、扉を開けて外へ出ていく。
「お前が王国騎士を語るとはな」
最後にそんな言葉が聞こえたが、ハーティアは無視して扉を閉めた。




