第33話 最年少の新人
アストリア王国領内、最南端。
王国軍の駐屯基地。
「はい、これ。あなたが着る王国騎士の制服です」
黒髪少女が、両手に持っていた制服を手渡す。
「王国騎士の制服‥‥‥」
黒髪少年は受け取った制服を手に取り、まじまじと観察した。
柔らかく丈夫な生地で作られている、黒を基調とした王国騎士の制服。
ダブルボタンで留めるジャケットは、厳格な印象を与える。ズボンも今まで見た事が無いほど、精巧なものだった。
「中に着るシャツは何でも良いですけど、しばらくジャケットとズボンは身に付けるように〜。特にあなたの鎧とかはありませんので、ジャケットは必ず着てくださいねー」
そしてジャケットの右肩には、数本の剣をモチーフとした黒の紋章が刻まれている。
(シレーナさんの右肩にも同じ紋章‥‥‥これがアストリア王国騎士団の紋章ってことか)
少年はようやく、自分が王国騎士である実感が湧き始める。だが、少し気になる事があった。
「‥‥‥あれ? こっちは模様が違う」
そう、左肩には灰色の剣の模様が刻まれていた。
その言葉に、シレーナが目を細めて息を吐く。
「ぁ〜それは後で説明します。私は外で待ってるので着替えてください。ていうか、時間無いので急いで」
「それ、もっと早く言ってくれませんか」
だが、その疑問が解消される事は無かった。
少年は黒のジャケットとズボン‥‥‥王国騎士の制服に着替えて外に出る。
「んじゃ、行きましょうかー」
扉の前で待っていたシレーナの先導で、少年は歩き始める。
「セレノアくん」
「‥‥‥‥‥‥」
「セレノアくんってば〜」
「‥‥‥えっ?」
黒髪少年は目を見開き、前を歩くシレーナを見つめる。彼女は目を細めている。
「ったく、そんな反応じゃ先が思いやられますね。早く慣れてください、セレノアくん」
「っ、はい」
まだ、慣れなかった。少年の中には、燻る心があった。
『ーーーアベルっ!』
何度も呼んでくれた、最愛の少女。
その名前は、もう呼ばれる事が無い。
(そんなの気にしても、今は意味が無い。セリカに会うためには、こうなるしか無かったんだ‥‥‥)
無理やりに自分自身に言葉を投げかけ、何度も反芻していく。
「‥‥‥さっきから思ってたんですけど、相当広いですね」
そして話を変えるべく、素直な疑問を口にする。
今までの人生で、見たことがないほどの長い廊下。それに比例した、建物の大きさ。白を基調とした、シンプルで綺麗な構造。
冒険者ギルド『エルトリンデ』の本部‥‥‥その倍は大きかった。
「ここはアストリア王国軍駐屯基地。南の国境付近にあり、防衛のために作られた拠点です」
シレーナが歩きながら説明する。
冒険者ギルドと同じように、王国軍の基地は東西南北にあり、中央の王都ルーデインには軍の本拠地がある。
「王国騎士団は少数精鋭ですので、専用の拠点はありません。その代わり、王国軍の基地を自由に利用できます。ふふん、鼻が高いですよね〜」
「嫌でも目立つって事では‥‥‥?」
セレノアとシレーナの価値観は、全く合わなかった。
「何を言ってるんですか最年少騎士? 名誉税と思いなさい。そんな事では先が思いやられますよー?」
「‥‥‥ごめんなさい」
結果、2人の相性は間違いなく悪かった。口を尖らせたシレーナがそっぽを向き、人差し指を回しながら口を開く。
「はぁ〜‥‥‥今年は厄年ですよ。なんで最年少が2人も入団することに」
「‥‥‥2人?」
セレノアは思わず声を出していた。
彼女が発した2人という言葉が気になった。
その反応を見たシレーナは、『へ』と不機嫌そうに口を曲げて話し出す。
「王国内屈指の名門貴族、フェリクス家の三男。類稀なる実力で、入団試験を突破したらしいですよー。まさに、才能あふれる少年って感じですねー」
「名門貴族、フェリクス‥‥‥」
セレノアは無意識に反芻していた。孤児院での生活が長かったため、アストリア王国に関係する知識には疎い。
「片や平民出身で得体が知れない、ただ実力だけでコネ入団を果たした謎の少年。これは他の騎士から、どんな目で見られることやらー」
「‥‥‥別にどうでもいいです。興味ないんで」
セレノアは淡々と言い返す。本心が口から漏れた。
シレーナは「可愛くないですね」と小言を吐きつつ、話を続ける。
「それじゃあ、今からの親善試合は辞退せずに済みそうですね」
「‥‥‥ん!?」
予期していなかった話を断片的に聞き、セレノアは目を見開いて驚く。シレーナは全く気にしていない。
「これは先輩命令です。その貴族に絶対に勝ちなさい。彼の文武両道みたいな感じ、なんか腹立つんで」
「もっと前から説明してくれませんか‥‥‥?」
セレノアは困惑して問いかける。
「生意気な年下どもが〜」
だがシレーナは伸びをしながら、他には何も話さずに歩いていった。
駐屯基地、訓練場。
木の床に、何人もの足音が響く。
「これより入団試験を突破した両二名。カイン・フェリクスとセレノアの親善試合を行う!!」
審判を務める男が宣言すると、周囲の騎士たちは拍手を始めた。
「ちやほやされてますねー」
「ほとんどの目当てはカイン・フェリクスだろうな。この試合も、セレノアは当て馬にされただけだ」
その中にはシレーナ、そしてハーティアもいた。小声で話しながら事の顛末を見届けている。
(カイン・フェリクス‥‥‥これは手強そうだな)
そしてセレノアは、少し離れた場所で対峙する茶髪の少年を見つめる。同い年の入団者、カイン・フェリクスを。
「‥‥‥」
柔らかそうな茶髪に切れ長の目、幼いながらに男らしさを感じさせる顔立ち。背はセレノアより少し高く、黒を基調とした同じ騎士制服が似合っている。
だが、左肩に刻まれているのは、青の剣。そこはセレノアの黒と違っている。
(友好的な感じじゃないな‥‥‥)
そして何より、彼の全身から発せられる魔力と殺気。自分の強さに誇りを持っている事が伺えた。
「‥‥‥」
対するカインは眉を顰めながら、堂々とセレノアを睨み返している。どう見ても穏やかには見えない。
「ーーー両名、剣を扱うということで木剣を用意しました。攻撃は剣のみ、魔術は一切禁止します。一撃を身体に受けるか、木剣を手放したら負けとなります。2人とも、準備はいいですか?」
「はい」
「‥‥‥」
セレノアは素直に答えて木剣を強く握りしめ、カインは何も言わずに、淡々と構えを取った。
「それでは‥‥‥始めッ!!!」
審判の手が振り下ろされた瞬間、鈍い音が響き渡る。
「っ‥‥‥!!」
「ちッ!」
セレノアとカイン‥‥‥両者の木剣が激しく衝突し、軋みあう。周囲から歓声が湧き上がる。
(強い‥‥‥!!)
セレノアは木剣が徐々に押されていることを自覚した。単純な力比べでは、カインの方が僅かに上回っている。
「っ!?」
カインが突然、目を見開いて息を吐く。
セレノアはわざと力を抜いたことで、滑らかに木剣を受け流した。
カインの身体が前のめりになり、セレノアは彼の背後へ回り込む。
(いけるッ!!!)
セレノアは勢いよく木剣を振り下ろす。カインの背中を、斜めに切り付けるように。
だが彼の背中へ届く前に、木剣が止まった。
カインが右手に持った木剣を、背中に割り込ませた事で防いだのだ。
(なんて反射神経だっ)
セレノアは内心で愚痴を零す。そして、木剣を跳ね返されてしまった。
「はッ!!」
「ふっ!!」
セレノアとカイン。
どちらも体勢を立て直した後‥‥‥目にも止まらぬ攻防が始まる。互いに木剣の連撃を繰り出し、互いに相手の木剣を捌く。
「こ、これが10歳の戦いかよ」
騎士の1人が、汗を流しながら声を漏らした。周囲は沈黙に包まれている。
「セレノアくんって案外、剣を扱えるんですね〜。昨日は私に両手をワキワキしながら、襲いかかってきたのに」
「いちいち余計なことを言わないといけないのか、お前は‥‥‥」
そしてシレーナとハーティアは、小声で会話しながら試合を見ていた。セレノアとカイン、2人の若き新人騎士を観察しているかのように。
「くっ」
だが次第に、2人の間に優劣がつき始める。
セレノアは少しずつ、攻撃の手数が減っていた。
「ーーー」
それはつまり、カインの手数が増えているということ。セレノアは次第に、防戦一方を強いられていく。
「っ!?」
そして遂に、セレノアは木剣を落としかけた。
カインの力強い一撃を受け、手が少し痺れる。
まだ手の小さい10歳の少年が、木剣を握り続けるのは相当な疲労を伴う。
「ッ!!!」
だが、セレノアは諦めていなかった。
力強く握り直し、木剣を横薙ぎに振る。
その刹那ーーーカインが口角を上げる。
「ふっ!!」
カインは左手に持ち替えた木剣を、下から上へと振り上げ、セレノアの木剣を下から叩く。
そして‥‥‥ セレノアの木剣は、回転しながら空を舞った。
「!?」
だが、ここで事件が起こる。お互いに、あまりにも集中した真剣勝負だった。
剣を弾き飛ばされたセレノアは、反射的に身体が動いてしまう。
「ーーーッ!!」
最も得意な素手で、アレンを殴りかかろうとする。
今までの経験で身体に染み付いている、戦闘本能。
それはまさに、今までの剣速を超えた一撃。
「なっ!?」
カインが目を見開いて声を漏らした。呆然と、セレノアの右拳を見つめるのみ。
「ーーーそこまでッ!!!!」
そして、響き渡る審判の大声。
「っ‥‥‥」
セレノアは我に帰り、右手を咄嗟に引き戻し‥‥‥数歩下がる。
「勝者、カイン・フェリクス!!」
こうして、白熱した親善試合は幕を下ろす。
周囲の騎士たちが、歓声と拍手をあげる。
「なに負けてるんですかあの子はー。この私が勝てと言ったのに。それに勢いで殴ろうとするなんて、これでますます周囲の視線が痛くなりますねー」
拍手を続けるシレーナが、ため息を吐きながら目を細めていた。
「‥‥‥この結果が本当の実力差だと思ってるのは、能天気な馬鹿だけさ」
そしてハーティアが不敵に笑い、顎を前に振って彼女へ指図する。
「‥‥‥ちっ」
カインが、舌打ちして歯を噛み締めている。
そんな彼を見たシレーナは「なるほど」と納得し、敗者の方を見つめる。
「こっちは素直に負けを認めてますねー。ほんと素直というか、純粋というか」
「‥‥‥」
セレノアは自分の右手を見つめながら、眉を顰めて悔しがる。
(負けた‥‥‥それどころか、反則寸前だった。もっと心を冷静に、そして強くならないと‥‥‥)
セレノアは自分の弱さを自覚しながら、改めて決意する。
(セリカ‥‥‥もう少し待っててくれ)
最愛の少女と、再会するために。
「なかなか面白い見せ物だった。名門貴族の当て馬にしては」
すると、背後から聞こえる男の声。
セレノアは振り返りつつ、相手の顔を見つめる。
「ーーー!!」
そして、目を見開いてしまう。
「アストリア王国騎士団、一番隊副隊長のルーベルだ」
(セリカを連れて行った男‥‥‥!!)
苦い記憶の中にある、因縁の人物と重なった。




