幕間 試験の後
これは大罪人アベルが、奪い取った薬で倒れ込んだ直後の話。
「‥‥‥よく効く眠り薬ですね〜。私も眠れない時に欲しいくらいです」
右手で口元の血を拭いながら、シレーナが呟く。
「お前に寝れない日なんてあるのか?」
「ありますよ? 女の子の日なんてーーー」
「俺が悪かったから」
するとハーティアが話の流れを切る。彼は視線を逸らして、小さく息を吐く。
「本来は気絶させて無理やり飲ませるつもりでしたのに、先に飲まれちゃいましたね〜」
「
「‥‥‥それに、隊長も悪い人ですよねー」
「何がだよ」
シレーナの言葉に、彼の眉が僅かに動く。漂い始める緊張感の中、声が響く。
「この子が極刑になるよう促したくせに〜」
シレーナが悪びれもなく軽い口調で話し、いたずらっ子のように微笑んだ。
「‥‥‥わざわざ話を掘り返すなよ」
ハーティアが目を細めて踵を返し、取り出した煙草に火を付ける。
「かなり叱られたんじゃないですかー? あのおっかない団長さんに」
「まあな。新人なら恐怖で泣き崩れてるよ。あ〜怖かった。吸わないとやってられないわ〜」
白い煙を吐き、ハーティアは静かに応える。
「‥‥‥そして団長自ら、セリカ・アストリアを案内したそうだ。彼女は少年の首に縋り泣いていたらしい」
「それは‥‥‥あまり想像したくない光景ですね」
「気の毒だが、生かすためには仕方ないだろ。これで少年が死んだという事実が、王国内に広まった」
彼は目を細め、口に煙草を付ける。
「そうまでして、あの子を取り込みたかったんですか〜?」
「‥‥‥ああ」
シレーナの質問に対し、ハーティアは肯定する。多くは語らず、ただ頷くのみ。
「‥‥‥ふ〜ん。そうですかぁ〜」
やがて、シレーナが小さく息を吐く。もう、興味を無くしたかのように肩をすくめた。
「じゃあ、この子が小瓶を奪おうが奪えまいが、入隊はさせる気だったわけですね。相変わらず人が悪いー」
「‥‥‥いや、少し違うな」
ハーティアは首を横に振ると、うつ伏せで眠るアベルを見下ろす。
「この少年は入団させる。俺からの推薦という事でな」
「入団‥‥‥? ぁーーーまさか王国騎士団に!?」
シレーナはここで初めて、感情を表に出したような大声を上げる。
「正直、小瓶を奪えるとは思えなかった。それも9歳の少年が、天才と呼ばれるお前から‥‥‥だ」
ハーティアは不敵に笑い、アベルの前にしゃがみ込む。
「それにーーーいや、なんでもない」
「‥‥‥はぃ?」
シレーナが目を細めて口を尖らせる。
ハーティアが吸い切った煙草を小さな鉄箱に入れ、煙を吐いて目線を下げた。
「こいつを王国軍に置いておくには惜しい。さらに過酷な環境に置いて鍛え上げれば、いずれ」
「‥‥‥だから王国騎士団、ですか?」
シレーナは目を細めて問いかけた。態度から察するに、彼女は納得していない。
「境遇、強さへの飢え、今の実力。俺たちの野望に必要な人材だ」
「‥‥‥それは、まあ。貴族だったら生理的に無理ですけど。でも、それなら‥‥‥」
シレーナは少し不機嫌な表情でジャックを見下ろす。それに気付いたハーティアは不敵に笑う。
「ああーーー最年少の騎士が、今誕生した事になる」
最年少の記録は、2年前に11歳だったシレーナ。
そして、アベルは10歳。
「‥‥‥そういえば、冒険者の3人から荷物を渡されましたよぉ〜。用意していた誕生日プレゼントだから、墓が出来たら必ず置けと」
「それ、少年には言うなよ。決心が揺らぐのは困る」
「鬼ですね〜。まあ、とりあえず保管しておきます。とても大罪人の墓なんて出来ないでしょうし」
つい先日、アベルは牢屋の中で誕生日を迎えていた。状況が状況のため、本人ですら気付いていない。
「あれ‥‥‥もう少し早かったら、9歳で入団してたかもしれないって事ですよね??」
「ああ、かもな」
そして王国騎士団における入団の最年少年齢が、更新された事になる。
「‥‥‥ふん。私、別に負けてませんし」
唇を尖らせたシレーナは、うつ伏せで眠るアベルを見つめる。
「相変わらず、負けず嫌いだねぇ」
ハーティアは苦笑いを浮かべて息を吐き、踵を返して歩いていく。
「あ。早く手当しろよ〜」
だが一瞬だけ足を止め、右手で何かを投げる。
「‥‥‥塗り薬」
左手で掴んだシレーナが、小声で呟く。
それは手のひらに収まる、小さな瓶だった。
「あいつ特製の強力なやつだと」
「この子に随分甘いですね、隊長」
「子どもたちにはな、少し過保護なくらいで良いんだよ」
淡々と呟いたハーティアが、ひらひらと手を振りながら階段を上がっていく。
「‥‥‥っ」
その直後、シレーナが脇腹を抑えてしゃがみ込んだ。
「本当に、クソ生意気な子どもですねっ‥‥‥この私が、魔力を集めて防いだのにっ」
眉を歪めたシレーナが、その場で蹲る。
「‥‥‥これは扱き甲斐がありそうですねぇ?」
そして、うつ伏せに倒れている少年を見下ろした。
その後‥‥‥セレノアという新人の王国騎士が現れる。




