第28話 生と死の狭間
「ーーーてくださ〜い」
どこか心地良い、少女の声。
「てか起きろ〜」
少し棘がある、少女の声。
「この天才騎士シレーナに起こしてもらうなんて、贅沢者〜」
絶え間なく聞こえる少女の声が、何度も耳を刺激する。
「‥‥‥んぅ?」
そして‥‥‥僅かに目を開ける。
視界に入ってくる光は、無機質な人工的な光。
それは暗い場所を照らす植物、光花が発するもの。
「生と死の狭間へようこそ〜。滅多に経験できるものじゃありませんよー」
「生と死の狭間‥‥‥? ていうか‥‥‥だれ?」
次に視界に映ったのは、仰向けに寝転がる自分を見下ろす‥‥‥黒髪少女。制服の胸元には紋章があるが、その意味は知らない。
「だれ、と来ましたか。ほんと失礼で生意気なクソガキですね。最年少で入団した天才騎士シレーナを知らないなんて、よほどの田舎育ちだったんですねー」
「‥‥‥なんで初対面の人に、そこまで言われなきゃいけないんですか」
そう呟き、上体を起こして周囲を見渡した。厳重な鉄格子、石でできた床と壁が広がっている。
「やっぱり‥‥‥か」
そして自分の両手首には‥‥‥頑丈な手錠。
魔力が練れない事から、魔力封じの効果があると察した。また、両足首にも鉄製の拘束具が付けられている。
「あまり驚いてないですね。さすが何も考えず、貴族に刃向かった無謀者は一味違いますね‥‥‥大罪人アベル」
「っ‥‥‥」
胸が苦しかった。張り裂けそうだった。事実を突きつけられて、辛かった。
「もう少し考えて行動した方がいいですよー」
「‥‥‥もう、遅いでしょ」
アベルは今‥‥‥薄暗い牢屋に幽閉されていた。
(とりあえず生きてる‥‥‥いや、これから何があっても絶対に生き延びるんだ)
そして自分の命を現世に繋ぐため、現状から抗う決意を固める。
「あは、今ごろ反省してます〜?」
たとえ、目の前で笑う少女を倒してでも。
「ーーーあの」
やがて、アベルは彼女に話しかける。少しでも、何か情報を引き出そうと。
「‥‥‥あなたの名前は、シレーナさん?」
「え、なんで知ってるんですか。怖〜」
「いや、さっき自分で言ってたじゃないですか」
「なんて言ってました?」
「え?」
「私がなんて言っていたか、さあどうぞ」
彼女の猛烈な誘導に悪意を感じつつ、アベルは渋々と呟く。
「‥‥‥天才騎士、シレーナさん」
「はい大正解〜。まあ罪が軽くなるとかはありませんけど」
(なんだこの人‥‥‥)
アベルはこれほど他者に困惑したのは、今までで初めての事だった。そして、話が全く見えてこない。
「あのっ」
「今度は何ですか?」
「アリシアは無事ですか‥‥‥?」
そのためアベルは、自分が聞きたい事を口に出すことにした。直球の質問を投げ掛ければ、さすがに答えてくれるだろうと。
「あ〜元気あり過ぎて困ってるくらいですね。少し落ち着いてくれると助かるのにー」
「‥‥‥あの時から、どれくらい経ちましたか」
アベルは安堵したのも束の間、別の質問を投げかける。シレーナは隠す気が無いのか、少し目を細めながら口を開いた。
「あなたがぐっすり倒れてた時から数えると、だいたいーーー58時間くらいですね〜」
「58っ‥‥‥!!?」
アベルは思わず大声を出す。
「さぞ疲れたようで、惰眠を貪りましたねー」
「えっ‥‥‥2日半!?」
アベルはまたも、大声を出す。
するとシレーナが、白い目で見下ろしながら一息ついた。
「私の苦労も考えてくださいよね〜。あなたの事を一任されて、本当にめんどくさいんですから」
「今まで知らなかった人の事を、急に配慮しろと言われても‥‥‥」
アベルは思った事を口にした。
そして彼女に対する第一印象は『まともに取り合っても無駄』と定まりつつある。
「あ、そんなこと言うんですね〜。でしたら餌付けの時間は、私の権限で無しにします。どうぞ過度な断食でも初めてくださいー」
「‥‥‥ごめんなさい」
アベルは少しも納得いかないまま、彼女に謝罪することになる。シレーナが、にやりと口を広げて笑う。
「もう、仕方ないですね〜。私は優しいので、許してあげまーーー」
カツ、カツ、カツ。
(誰か、来る‥‥‥?)
謎の足音が少しずつ大きくなり、アベルは身構える。
「けっこう、仲良さそうで安心したよ」
第三者の声が、廊下から響き渡る。
アベルは警戒しながら、開いた鉄格子を見つめていた。
「どうだ、少年の様子は」
中に入ってきたのは、中年の男。
「あ! おとうさ〜ん!」
「誰がお父さんだッ!!?」
シレーナの言葉に大声を出し、彼は頭を掻いて近付いてくる。
「ったく‥‥‥でも、シレーナにしては珍しい。少年の事、気に入ったのか?」
「まさか〜。揶揄い甲斐があるので遊んでますー」
「陰湿だな‥‥‥それにやっぱ気に入ってそうだな」
無造作に乱れた茶髪に顎の無精髭、年齢は30歳前後に見える。
「ーーーッ」
アベルは目を見開き、呼吸を忘れる。
『ーーーこの世界は、強い奴が全てを奪っていく。それが真実だ、少年』
そして脳裏に、甦る。
自分の無力を痛感させた、淡々と見下ろしてくる男の姿を。
「ーーーセリカを返せェェェェッ!!!!」
アベルは大声で叫んでいた。無意識に身体を大きく動かす。
だが両足の拘束具が床に固定されていて、男に近づくことが出来ない。
「っ!! このっ、セリカを返せよッ!!!」
ジャリジャリと、両足から金属音が鳴り響く。
アベルは諦めずに体重を前方へ掛け、歯を食いしばる。拘束具を壊して、男へ近づく事しか考えられない。
「ーーーぐぁッ!?」
だが、アベルは勢いよくベッドに倒れ、うつ伏せの状態から動けなくなる。
「いけませんねぇ。隊長になんて態度を取るんですか、罪人さ〜ん?」
距離を詰めてきたシレーナが、体重をかけて上から押し込んでくる。両手足を拘束されたアベルは、彼女の手から逃れられない。
「クソッ!!! 放せェェェェッ!!!!」
アベルに出来るのは、感情の赴くままに声を荒げるのみ。それを見たシレーナが、片目を閉じて息を吐いている。
「いい反骨精神だ。俺は嬉しいよ、少年」
淡々と見下ろしてくる、茶髪の男。
「黙れッ!!!」
アベルは必死に見上げながら、歯を噛み締めて睨み付ける。
「はいダメ〜。生意気なのは許しませ〜ん」
そう言ったシレーナに腕を捻られながらも、アベルは睨み続ける。
「‥‥‥ん? セリカって、まさかセリカ・アストリアの事ですか?」
そしてシレーナが目を丸くし、捩じ伏せているアベルを見下ろしている。
「それは後で話す。だからシレーナ、まずは俺に話をさせろ」
男が軽く話しかけると、シレーナが唇を尖らせて黙り込んだ。
「さてと、簡潔に話してくぞ〜」
そして男は顔色1つ変えずに、頭を掻きながら話し始めた。
「まず俺の名前は、ハーティアだ。アストリア王国騎士団、五番隊の隊長。お前をこの状況に置いた張本人でもある」
「っ‥‥‥!!」
アベルは息を呑んだ。
自分を牢屋に入れたと聞いて恨みが募る。いや、元々の恨みに上乗せされる。
「そして私はシレーナ。王国騎士団の五番隊所属で、お父さんの娘です」
「だから違うって!? うるせえなっ、話が進まないだろうが!!」
そんな彼女の発言を大声で否定した後、ハーティアが咳払いをする。
「‥‥‥悪いな少年。俺にだって事情があったんだ。上からの命令は絶対。まして、王令なら尚更だ」
「王令‥‥‥?」
「国王からの命令ってことです」
アベルの疑問は、シレーナの言葉によって解消される。
この国の王。それだけで、どれほどの力を有しているか嫌でも分かる。
「結論、どう足掻いても嬢ちゃんは連れてかれた。王国内全体の軍に命令があったからな。下手したら、何千人が孤児院に押し寄せてただろうな」
ハーティアの口から語られる、あの日の真相。
「‥‥‥でもセリカを連れて行ったのは、あんたたちだ。セリカと離れ離れになったのは、全部あんたたちのせいだッ!!!」
アベルは歯を噛み締めて、込み上げる恨みを吐き出していく。
「その通りだ。だから俺は、お前に借りがある」
「‥‥‥借り?」
「ああ。その借りを返すべく、この状況を用意したわけだ」
ハーティアが眉一つ動かさず、淡々と話す。どれだけアベルが暴言を吐いても、彼は感情的にならない。
「‥‥‥‥‥‥」
アベルの口は、次第に止まっていた。
何を言っても‥‥‥自分が惨めに、そして醜くなっていく気がした。
「あの日、お前と嬢ちゃんを見て‥‥‥俺は今まで後悔してる。いくら王令だったとしても、幼い子どもから幸せを奪ってしまった事にな」
そう言ったハーティアが、頭を下げる。するとシレーナが、アベルの腕から手を離して立ち上がる。
「だから、これは俺の自己満だ。極刑となったお前に、チャンスを与える事にした」
「‥‥‥チャンス?」
アベルは思わず、声に出して反応する。少し落ち着いてきた頭には、彼の言葉がすんなりと入ってくる。
「それは後で話す。今は気持ちの整理が必要だろ。俺も、お前も」
そんなハーティアの言葉に、アベルは下を向いたまま小さく頷く。
それを確認したハーティアが、隣に立つシレーナを見つめる。
「‥‥‥シレーナ」
「はい」
「少年に食事を」
「了解しました〜」
短く指示を出し、ハーティアが歩き出す。鉄格子を潜った時、彼の足が止まる。
「後で来る。今は少しでも休んでくれ」
そんな言葉を呟き、彼は今度こそ外に出て歩いていった。
「‥‥‥‥‥‥」
アベルは何も言わず、彼の背中を見続ける。
(何を考えているか分からない‥‥‥でも絶対に生き延びてやる)
そして、生への渇望が滲み出した。




