第29話 心の芯
「はい、あ〜ん」
「‥‥‥」
アベルは自分の口元に運ばれてきたスプーンを、目を細めてガン見する。その態度に、シレーナが溜め息をつく。
「元気ないですね〜」
「‥‥‥」
「まさか、ふーふーまで要求してます〜? 罪人のくせに尊大な態度ですねー」
「ーーー自分で食べたいんですよ!!?」
アベルは終始、彼女との接し方に困っていた。もはや何度、大声を出したか分からない。
「だってスプーンみたいな凶器、渡せるわけないでしょー。目とか抉ってきそうですし」
「食べる時に言うのやめて貰えます!? それに牢屋の外に出ればいいじゃないですか!!」
「‥‥‥ごうか〜く。正常な判断が出来てますね」
「あなたは出来てますか!?」
こんな生産性皆無の会話が続いた後。
アベルは結局、枷を付けられたまま1人で食べた。
「‥‥‥おいしい」
「あはっ♪」
罪人にしては‥‥‥豪華と思える食事を。
「最後の晩餐はどうでした〜? シレーナさんが真心込めて運んできたんですよー?」
「はいとてもおいしかったです」
アベルは無心で声を出す。
シレーナの話を真面目に聞くのは、無意味だと悟っていた。そんな態度に、シレーナが目を細める。
「せっかく餞別として豪華な食事にしてあげたのに、酷い態度ですね。さすがの私も堪忍袋の尾が」
「ーーー思ったよりも仲良さげだなぁ」
階段から声を出して現れたのは、ハーティア。
「あ、お父さーん」
「誰がお父さんだ!!?」
シレーナの一言に男が声を荒げると、わざと咳払いをして視線を下げる。そして牢屋のベッドに腰を下ろしている、アベルと目を合わせる。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
アベルとハーティアは、互いに見つめ合っていた。
「目と目が合う〜」
シレーナの声など、全く届いていなかった。
「‥‥‥ごめんなさい」
するとアベルは、勢いよく頭を下げた。目を見開いて佇むハーティアには気付かず、話を続ける。
「あれから考えて‥‥‥気付きました。ハーティアさんを恨むのは、お門違いだって」
「少年‥‥‥」
「あの日は‥‥‥僕が弱かったから、運命を変えられなかった。それが全てです」
アベルは歯を噛み締めながら、自分の両手を睨み続ける。
「僕は‥‥‥胸を張って生きたい。後ろめたい事や、気になる事なんて無く、ただ純粋に‥‥‥」
『セリカに会いたい』
そんな言葉を、口には出さず心の中で呟く。
それは決して、誰にも話していないアベル自身の‥‥‥心の芯。
「‥‥‥お前は立派だよ、少年」
ハーティアが僅かに口角を上げて呟いた。
アベルは少し気恥ずかしくなり、ぺこりと頭を下げて反応する。
「んじゃ、スッキリした所で俺の話を聞いてくれ」
ハーティアの真剣な表情に、アベルは生唾を飲みながら耳を傾ける。
「まずアリシアという嬢ちゃんと、彼女の母親は無事。王国軍が保護してるから、間違いは起きないだろう」
「っ! そう、ですか。よかった‥‥‥」
アベルは安堵の息を吐き、自然と笑みがこぼれていた。
「次にノール、フィーア、バンギネスとかいう冒険者。特にお咎め無しだ。まあ無関係だから当然だな」
「っ! それを聞いて、安心しました」
アベルは嬉しそうに声を漏らす。
大切な人たちが無事。それを聞いただけで、心残りが解消されていった。
「そして最後、お前の処遇だ。お前は今、世間的に死んだことになっている」
「‥‥‥へ?」
アベルは思わず、素っ頓狂な声を出した。言葉の意味が分からず、無意識に視線が泳ぐ。
「時間でいうと‥‥‥約6時間前だ」
「何が、6時間前ですか‥‥‥?」
「お前の首が見せしめに晒された時刻だ」
「〜〜〜!?」
アベルは不意に自分の首を触る。当然、首は身体と繋がっている。
「あれほど精巧な生首の人形を嬉々として作るなんて、あの人ほんと変わってますよね。さすが五番隊の変人担当」
「それ、お前が言う?」
「はぃ?」
「お前も嬉々として製作風景を眺めてただろうが。『死臭まで再現してる〜!』って面白そうによ」
シレーナとハーティアの会話から、アベルは少しだけ話を理解する。
自分そっくりの首を周囲に見せる事で、死んだように見せかけたと。
「‥‥‥なんで、そんなことをしたんですか」
すると次に来るのは、疑問。
死んだことにされて、自分が生かされている今の状況。アベルにとっては、理解不能の問題だった。
「お前の言う通りだ。当然、こんな回りくどいことをしたのは理由がある」
ハーティアが不敵に笑うと、後ろ手に持った何かをアベルに近づける。
「!? いったい何をーーー」
「じっとしてろ」
やがて両手首の所で回すと‥‥‥嵌められていた手錠が、音を立てて床に落ちた。
「今から試験を行う」
「‥‥‥はっ??」
アベルは声を漏らす間も、足の拘束具が外されていった。




