第27話 死の伝播
眠るように目を閉じている、金髪少年。
ただし、首から下は‥‥‥何もない。文字通り、何も存在していない。
「ゔァァァァァァッ!!!!」
「ッ‥‥‥」
金網越しに泣き叫ぶアリシアと、必死に悲しみを押し留めるノール。
「そんなっ‥‥‥」
「‥‥‥」
フィーアは首を直視できず、顔を下げて嗚咽を漏らす。バンギネスは歯を噛み締めながら、彼女の肩を支えている。
「何が王国軍よ‥‥‥何が王国騎士団よっ‥‥‥何が王国法よ!!? 私は絶対に許さないっ‥‥‥彼を殺した腐ったこの国を、私は絶対に許さないッ!!!!」
アリシアは魔力を溢れさせ、暴発させた。
「きゃっ、何あれっ!?」
「エルフだっ、近寄るな」
「さっさと森に帰れよっ」
周囲の気温が極端に下がり、見に来た人が瞬く間に離れていく。
「‥‥‥気持ちは分かる。でもアリシアさん、復讐のために生きるのはダメだ。自分の幸せのために生きるんだ」
ノールがしゃがみながら、彼女に視線を合わせる。 アリシアはカッと目を見開き、ノールを睨み付けた。
「皆さんは、アベルくんと同じパーティーだったんですよね!? なんで落ち着いていられるんですか!?」
「俺が、落ち着いてるとでも?」
ノールは心外とばかりにーーー金網を殴り付ける。
「っ‥‥‥!」
彼の右腕は凄まじい衝撃と共に金網を貫通し、手首に食い込む。
「俺がアベルを、冒険者ギルドに誘ったんだ。志が高く、血の滲むような努力が見える、魔力総量と強化術。その魅力に惹かれ、俺が引き込んだんだ」
「っ、ノール‥‥‥」
大粒の涙を流すフィーアが、心配そうに見つめている。
「それが無ければ、今のような結末にはなっていないかもしれないのにッ‥‥‥!!!」
ノールは力任せに、右腕を金網から引き抜いた。手首から滲み出す血は、まるで自分自身に課した罰のようだった。
「‥‥‥俺も、どうにかしてしまいそうなんだ。だから俺の前で、刺激するような発言を控えてほしい。全てに‥‥‥八つ当たりしてしまいそうになる」
「ノールさんっ‥‥‥」
アリシアは彼の憤怒を知り、さっきの自分の発言を悔いた。アベルと長い時間を過ごしてきた彼に、食ってかかるような言葉を吐いたことを恥じた。
「それに‥‥‥アベルが復讐を望むと思うか?」
「ッ‥‥‥」
諭されたアリシアは、息を詰まらせて嗚咽を漏らす。アベルが復讐を喜ぶような人間じゃない事を、彼女は充分に理解していた。
たとえ、5日間だけの交友関係だったとしても。
「アリシアさんの行動を、強制するわけじゃない。ただ、今すぐに復讐に走るのだけは‥‥‥間違いだと思う」
ノールは深呼吸して、アリシアを見つめる。
「少し時間を置いて気持ちを整理して、その時に決断した君の行動なら‥‥‥俺は止めるつもりはない」
「ノールさん‥‥‥」
「今は‥‥‥アベルの冥福を共に祈ろう。それが、今の俺たちにできる事だ」
ノールが優しく呟くと、アリシアの両膝が地面に付く。
「っ‥‥‥ゔぁぁぁぁぁぁんッッ‥‥‥!!!」
彼女はその場に座り込んで、感情に従って泣き始めた。
「アリシアさんっ‥‥‥」
「‥‥‥誰が望むんだよ。こんな展開をよぉ」
フィーアが寄り添いながら涙を流し、バンギネスは2人の顔を見ないように、背中を向けて身体を小刻みに震わせる。
「それでいいか‥‥‥アベル」
ノールは空を仰ぎ、一筋の涙を流した。
存在するかも分からない、天国のような楽園を信じて。
「‥‥‥はぁ、やっぱ損な役回りだ」
「仕方ないことです。あの金髪少年には、何も後ろ盾が無かったんですから。ほんと貴族ってうざー」
少し離れた所で、2人の騎士が小声で会話していた。
◆◇◆◇
アストリア王国、アストリア城。
「北の冒険者ギルド『エルトリンデ』所属、最年少冒険者が処刑‥‥‥こりゃまたすげえ記事だな。将来有望だったのに、貴族に刃向かうなんて馬鹿な奴」
第二王子のジーク・アストリアが、新聞記事を眺めて嘲笑を浮かべる。
するとその時、銀髪少女がジークの前を通り過ぎた。
「ーーーなあ、見てみろよセリカ。9歳の平民が処刑されたらしいぜ。年も同じで身分も同じなら、親近感が湧くんじゃないか? なあ、元平民?」
彼女に対し、ジークは嘲笑を浮かべながら名前を呼んで話しかける。
「‥‥‥別に」
第三王女セリカ・アストリア。
彼女は綺麗な銀髪を靡かせながら、早々に歩き去ろうとする。
「おい待てよ。お兄様が話しかけてるんだぞ? ずいぶん早い反抗期だなぁ??」
するとセリカは、目を細めたジークに右腕を掴まれる。セリカは溢れ出る嫌悪感を隠さずに眉を顰める。
「ーーーえ」
そして睨み付けようとジークの方を見た時‥‥‥新聞記事が目に入った。それは、ジークが嫌味っぽく話していた話題。
「‥‥‥ハッ、やっぱり親近感が湧くか? 平民が貴族の屋敷に侵入して全員を半殺し。なかなか刺激的な奴もいるもんだな」
セリカの耳を、ジークの声が素通りする。
彼女は肩を震わせながら、処刑された首謀者の名前を見続けている。
「ーーーアベ、ル」
金髪少年の写真を、血眼になって凝視する。
「おいおい、無視するほど熱心になったのか?? あ、もしかして一目惚れ? いいじゃねえか似た者同士、もうこいつは生きてねえけどな???」
「ーーー貸して!!!!」
セリカは勢いよく、新聞記事をひったくる。
「何すんだ平民ごときがッ!!!」
するとジークが血相を変えて怒鳴りつけた。
「黙ってくれる? 気が散る‥‥‥」
セリカの身体から、規格外の魔力が溢れ出す。その気配に、ジークが渋々黙り込んだ。
彼が何も言い返してこない間に、セリカは新聞記事を手に持って早歩きで出ていく。
「ふ、ふざけんなよ!! 既に死んだ側室の娘ごときが!!! 本当に父上と血が繋がってるんだろうなぁ!?」
その後、ジークの大声が廊下にまで響き渡る。
だがセリカは当然のように無視し、自分の部屋に入って鍵を掛ける。嫌いな兄の事など、彼女にとっては心底どうでもよかった。
「嘘よね‥‥‥アベルっ」
孤児院で共に育った、唯一無二の男の子。
「同じ名前の別人に決まってる‥‥‥今もきっと、孤児院で平穏に過ごしてるはず‥‥‥」
セリカはまるで、自分に言い聞かせるように独り言を呟く。
「こんな立場にある私が近づくと、あなたまで大変な目に遭う‥‥‥そう思ってたのにっ」
無意識に、口から声が漏れ出てしまうほどに。
「ーーー行かなきゃ」
やがてセリカは、勢いよく部屋を出ていく。
「アベルの元へ行かなきゃっ‥‥‥!!」
その目には、涙が溢れていた。
「そんなっ‥‥‥」
そして、辿り着いた先に‥‥‥金髪少年の首があった。王国軍の死体安置所、その片隅に。
「‥‥‥それでは、私はこれで失礼します」
白髪混じりの壮年の男が頭を下げ、扉を開けて出ていく。
「アベルっ‥‥‥!!!」
死臭が漂う彼の顔を両手で抱き締め、セリカは身体を震わせる。
「〜〜〜っ!! ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
まるで、全身を突き刺されたような痛みだった。
心が、目の前の事実を拒んでいた。
どれだけ叫んでも、足りなかった。
「アベルっ‥‥‥アベルーーーッ!!!」
セリカ・アストリアは、自分の運命を呪う。
「‥‥‥私たちのっ」
息を乱しながら、必死に呟く。
「心はっ‥‥‥ずっと一緒にッ‥‥‥!!」
そして、泣き続けた。
今だけは、王女という重荷を脱ぎ去って。
「あの馬鹿者が‥‥‥すぐに消さなくても、他に使いようがあったものを」




