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第9話 聖女の"治療"

「動くな! 少しでも声を上げれば、この娘の命はない!」


深夜の自室。

突然、窓ガラスを突き破って侵入してきた黒装束の男たちが、メルを羽交い締めにしていた。

細い首筋には、鋭く光る短剣があてがわれている。


メルの顔は恐怖で蒼白だった。

「せ、聖女様……逃げて……っ」

「黙れ!」


男は全部で三人。

一人はメルを人質に取り、残る二人が抜刀して私との距離を詰めてくる。

足音を殺した歩法、隙のない構え。ただの強盗や素人ではない。


——聖域の絶対防壁が、音もなく解除されていた。

——内部の権力者の手引きがなければ不可能な芸当。宰相派の暗殺部隊か。

——装備は軽量の短剣と、袖口に隠した毒針。実力は、まあB級といったところ。


私の暗殺者としての本能が、瞬時に敵の戦力と配置を分析する。


「大人しくついてこい、聖女。さもなくばこの侍女の首が飛ぶぞ」


男の低い脅し文句に。

「まあ……」

私はゆっくりと立ち上がり、小首を傾げた。


その顔には、完璧な「慈愛の微笑み」を貼り付けている。


「殿方たちが夜更けに女性の部屋へ押し入るなんて、ひどいマナー違反ですわよ」

「は……? 何を言って——」


「それに、顔色がひどく悪くていらっしゃる」


私は一歩、彼らに向かって足を踏み出した。

一切の警戒心を持たない、無垢な小羊のような足取りで。


「あら、お加減が悪そうですわね。——"治療"して差し上げましょう」


次の瞬間。

私の全身から、部屋を飲み込むほどの強烈な純白の光が爆発した。


「癒しのルミナ・サナトリオ


「なっ!? ぐああっ!!」

「目が……っ!?」


本来は傷を癒すための聖光魔法。

その光を限界まで圧縮して放つ、魔法の「目眩まし(閃光弾)」。

暗闇に慣れていた暗殺者たちの視界は、これで完全に奪われた。


「光」の持続時間は、約三秒。

その間に、私は"聖女の仮面"をかなぐり捨てる。


——気配遮断。隠密歩法。


音もなく床を蹴り、最も近くにいた男の懐へ潜り込む。

掌底で顎を下から跳ね上げ、脳を揺らして一瞬で意識を刈り取る。


「ひっ——!?」

メルを拘束していた男が、視界を奪われたまま異常事態に気付いて短剣を振り下ろそうとする。

遅い。


私は男の手首を掴んで捻り上げ、関節を外す。

短剣が床に落ちる前にキャッチし、同時に男の膝の裏を蹴り抜いた。

体勢が崩れたところを、首筋への的確な手刀で沈める。


残る一人も、怯んだ隙に鳩尾への正確な一撃でくずおれさせた。


——一、二、三。終了。

血の一滴も流させない、完全な無力化サイレント・テイクダウンだ。


光が収まった時。

「聖女様!! ご無事ですか!?」


バンッ! と重厚な扉が蹴り破られ、護衛のクロードが神殿騎士たちを率いて飛び込んできた。


彼らが目にしたのは、床に転がって気絶している三人の暗殺者と。

その中心で、胸に手を当てて祈るように立つ、純白の聖女の姿だった。


「クロード様……!」

私はわざとらしく震える声を出した。

「突然、この方たちが押し入ってきて……神に祈りを捧げたところ、眩い光が彼らを包み込んで……」


「なんと……聖光魔法の浄化の光が、悪意ある賊を打ち倒したのですね……!」

駆けつけた神官の一人が感動に打ち震えて叫ぶ。


「奇跡だ! 聖女様のお力が、我々をお守りくださった!」


クロードは油断なく周囲を警戒しながら、暗殺者たちを縛り上げるよう騎士たちに指示を出した。

だが、その鋭い金の瞳は、不自然なほど外傷のない暗殺者たちを訝しげに見つめている。

——魔法の光だけで、こんなに見事に気絶するものだろうか?

彼の目はそう語っていたが、決定的な証拠は何もない。


「聖女様ぁ……っ!」

拘束を解かれたメルが、大粒の涙を流しながら私に抱きついてきた。

「よかったです……本当に、無事でよかったです……っ!」


「もう大丈夫ですよ、メル。痛いところはありませんか?」

私は優しくメルの赤毛を撫でた。


——前世と同じだ。

私の脳裏に、冷たい雨の日の記憶がよぎる。

私を庇って倒れた、小さな少女の冷たい手。


——結局、私は"殺す"ことでしか人を守れない。

暴力でしか、迫り来る悪意を排除できない。忌まわしい暗殺者の業。

いくら聖女のふりをしたところで、本質は何も変わっていないのだ。


自嘲に沈みかけた、その時だった。

腕の中で泣きじゃくっていたメルが、顔を上げて破願した。


「聖女様が守ってくださったんですね。……ありがとうございます、リーゼ様!」


その純粋な笑顔と、私の胸を濡らす温かい涙。

怯えなど微塵もない、絶対の信頼。


(……いや)

私はメルの手を取り、拘束された際にできた手首の擦り傷にそっと光を当てた。

傷が瞬時に塞がり、メルがぱっと顔を輝かせる。


——今の私には、"癒す"力もある。

——奪うための技術と、与えるための魔法。守るためなら、両方使えばいい。


私が確かな決意と共に、微笑みを深めたその直後だった。


「聖女様! 大変です!」


廊下の奥から、血相を変えた神官が転がるように駆け込んできた。

その手には、王家の緊急の印が押された書状が握られている。


「辺境の街で——疫病が発生しました!」


王宮の闇が、いよいよ外の世界へと牙を剥き始めていた。





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