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第4話 護衛騎士クロード

「——失礼いたします。本日より、聖女様の専属護衛を拝命いたしました」


重厚な扉が開くと同時に、鋼が擦れるような涼やかな声が響いた。

入ってきたのは、一人の騎士だった。


見上げるような長身。百九十センチはあるだろうか。

鍛え上げられた体躯は、重厚な白銀の鎧を軽々と着こなしている。

闇夜のような黒髪に、鋭くも理知的な金の瞳。

十九、二十歳といったところか。まさに「理想の騎士」を具現化したような風貌だ。


「聖女護衛騎士団副団長、クロード・ヴァン・アステリオンにございます」


彼は私の数歩手前で足を止め、騎士の礼を執った。

無駄のない、流麗な動き。

だが、私の暗殺者としての本能が、彼から発せられる微かな「圧」を敏感に察知する。


——こいつ、強いな。

——これまで見てきた神殿騎士共とは、根本的に練度が違う。


「まあ、頼もしい騎士様ですこと。クロード様、よろしくお願いいたしますわ」


私はいつもの聖女スマイルで、優しく微笑みかけた。

守られるべき、か弱く清らかな少女。

その役を演じながら、私は密かに彼の挙動をプロの視点で分析する。


重心の置き方、呼吸の間隔、指先の弛緩具合。

隙がない。

いつでも剣を抜ける状態を保ちつつ、相手に威圧感を与えすぎない絶妙な間合い。

王宮の飾り物ではなく、実戦で修羅場を潜り抜けてきた男の気配だ。


「……聖女様」

クロードが、ふと顔を上げた。

金の瞳が、じっと私を射抜く。


「はい、何かしら?」


「失礼ながら……聖女様は、不思議な方ですね」


心臓が、わずかに跳ねた。

表情は変えない。慈愛に満ちた笑みを貼り付けたまま、小首を傾げる。


「あら、どういう意味ですの?」


「立ち姿です」

クロードが、わずかに目を細めた。

「あなたは先ほどから、一度も背後の死角を作っていない。廊下側の窓、そして私が今入ってきた扉。その両方に即座に対応できる位置を、無意識に選んで立っておられる」


——しまった。

冷や汗が背中を伝う。

宮廷の空気に馴染もうとするあまり、暗殺者の基礎である「生存本能」が勝手に出ていた。

常に背後を壁にし、退路を確保する。

それが染み付きすぎていたのだ。


——この男、勘が鋭すぎる。

——ただの筋肉馬鹿じゃない。プロの戦士の視点だ。


「まあ、見られてしまいましたのね」

私は困ったように頬に手を当て、鈴を転がすような声で笑った。


「女性ですもの。護身のために、本で読んだ心得を少しばかり真似てみただけですわ。変でしたかしら?」


「……左様でございますか。本を読んだだけで、あれほど見事な歩法を身につけられるとは。驚嘆に値します」


クロードの言葉には、あからさまな皮疑が含まれていた。

納得はしていない。だが、深追いをしても無駄だと判断したようだ。

彼は再び一礼し、私の斜め後ろ——完璧な護衛の位置へと移動した。


「では聖女様。今後は私めが、あなたの影となり剣となりましょう」


その声は、驚くほど真摯だった。

私は一瞬、掛ける言葉を失った。


前世の世界で、私の周りにいたのは裏切りと打算に満ちた人間だけだった。

組織のボスは私を道具として扱い、標的は命乞いをし、仲間は隙あらば背中を刺そうとしていた。

「守る」という言葉は、相手を油断させるための甘い毒でしかなかった。


だが、このクロードという男の瞳は。

濁りのない金の瞳は、真っ直ぐに私だけを見据えている。


「命に代えてもお守りいたします。……それが、私の誓いです」


——……前世で、こんな目をした人間は一人もいなかった。


胸の奥が、妙にむず痒い。

信じてはいけない。どうせ、聖女という「地位」を守りたいだけなのだ。

そう自分に言い聞かせながらも、私は彼に背を向けた。


「心強いですわ、クロード。期待しておりますわね」


私は微笑みながら、心の中で自分に毒を吐いた。

さて、どうやらこの専属護衛様を騙し通すのは、並大抵のことではなさそうだ。


聖女の仮面は、ますます重くなっていく。

けれど——。


——治療が必要なのは、私の方かもしれないな。


そんな皮肉な思いを抱えながら、私は不敵に唇の端を上げた。



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